第四十話 カゴメの中の小鳥たち
総統が現れると会場は今までにない盛り上がりを見せ、「ヘルダーリン」の名を連呼する声援を浴びながら彼女はマイクの前まで足を進めた。
彼女は長い声援が終わるまでポケットに片手を突っ込んで待った。
次第に雰囲気を察し、会場はまた元の静けさに戻ったところで総統は口を開いた。
「6年前、この国は変わった。我が偉大なる父によって変革せしめられた大帝国は永遠とも思える不景気と王室の圧政を脱し、民族の自由の為に戦った結束党を指導していた。
ところが、その父は志半ばで凶弾に倒れ、惜しまれながら鬼籍に入ってしまった。
空位となった軍の最高司令官、党の総統、国の首相。この地位につけと命じたのは、私の父だった。
父の夢を叶えるべく、私は戦争遂行を決意した」
静かに語り始めた総統はやがてポケットから手を出して身振り手振りで熱弁を振るい出した。
「我々の相手は広大な土地と膨大な人民を抱える赤き連邦、北ナジェージダ連邦である!
ありとあらゆるものが我が帝国より上だった、単純に考え、ありとあらゆる力の差が何百倍も上だった。
だが!我々はその大国相手になぜこの総力戦を遂行できているのか!それは!黒逸第三帝国が北ナ連の無思慮の暴虐、虐殺に立ち向かう大正義だからである!世界を支配しようと水面下で画策する連邦の野望を暴いたのは我々だ!死んだり死なせたり、殺したり殺されたり、滅ぼしたり滅ぼされたりする地獄の統治権を掴み取っているのも我々だ!!
それは戦線で銃を持ち、危険を顧みず悪に立ち向かう英雄と、銃後で生産に勤め党に挺身している我が国民によってなされた奇跡の御業である!!」
群衆は思わず立ち上がり溢れんばかりの歓声と拍手が贈られる。
「私とともにこの国難を乗り越える覚悟はあるか?お前たちはさらなる国難を望みそれを私とともに乗り越える事を望むか?」
「「ヘルダーリン!ヘルダーリン!ヘルダーリン!」」
会場を揺らすほどの熱量が大尉と少佐の胸腔を震わせた。
「すごい演説と民衆だな、国が一つになっている気がする」
演説が一区切りすると総統は話題を変えて戦況について話し始めた。
「さて、今回の軍事作戦は成功した。その輝く大戦果に貢献した一人が今回会場に来ている」
突如シュヴァルツの名前が呼ばれ演台に導かれる。
眩しいスポットライトの光に包まれる彼女の前にはルーン文字のSをあしらった勲章が安置された木箱を持つヘルダーリン総統が立っていた。
「全軍で最も勇敢な軍人に与えられる上位の帝国騎士勲章をシュヴァルツ陸軍大尉に授ける。今回の作戦の武功を私直々に祝おう」
総統の言葉とともに民衆から盛大な拍手が贈られた。
「なんだびっくりしたぜ。少佐も俺をびっくりさせようと誘ったんだな〜?全く、粋なことしてくれるぜ」
大尉は早速木箱から勲章を受け取るとそれを首元に装着する。拍手はより大きくなって大尉は得意げに笑ってみせた。
「へぇ、予告なしに勲章授与か。ヘルダーリン総統も粋なことするな」
不思議に思いながらも少佐も周りに合わせて拍手を贈った。
党大会が終わり、大尉と少佐はレッドカーペットの敷かれた廊下を歩いていると、背後からスーツの男性に声をかけられた。
「あの…すみません。アーデルハイト様とシュヴァルツ様ですよね?よろしければこのあとの祝賀会にご出席していただけませんか?酒宴の席をご用意しておりますので」
そう言うと内ポケットから招待状を2枚差し出した。
「ほう、宴席か。俺はいいぜ、少佐はどうする?」
「…行きたいところがあるんだ、そこに行ってからだな」
「んじゃ俺もついていくぜ。宴は何時からなんだ?」
「午後2時でございます」
まだ時間はたっぷりあった。招待状を受け取ると軍服を着た二人は会場をあとにした。
昼下り、街のレストランのバルコニーで軽食を口に含む。分厚いワッフルにコーヒーのメニューをテーブルを挟んだ二人が嗜んでいた。
「なぁ、寄るところってどこだ?」
「…この街の近郊に私の家族が軟禁されている」
「クロイツ王家か」
「そうだ、これから会いに行くんだ。久しぶりだ、姉さんにも伝えてないからきっと驚くだろうなぁ」
その時の表情はいつも気難しそうにしている顔ではなく、家族として姉を思う心やさしい妹だった。
「さ、行こう。あと5分程で着くぞ」
二人は街の喧騒を離れ人気の少ない路地裏に入る。歩みを進めると街を抜け、のどかな丘陵から見下ろせた。
「あそこだ」
指先には草原に建つ邸宅が見えた。レンガの高い壁が外周をぐるっと囲み厳重な雰囲気が染み出ている。
施錠された鉄格子の門にたどり着くと両端に立っていた武装した国家黒十字軍の歩哨が「止まれ」と呼びかけた。
「私はアーデルハイト・マリー・フォン・クロイツ少佐だ、家族に会いに来た。君たちが私を止める理由はどこだ」
「密談か?今更何を話すことがある。なにか企んでいるな、ヘルダーリン政権の転覆か?」
「家族と話して何が悪い」
「黙れッ!女が喋るな!」
男が拳を振り上げた瞬間、シュヴァルツ大尉が割って入り振り下ろされた拳を片手で受け止めた。
「ならば女に喋りかけるな」
拳を掴んでひねると男は苦しそうに歯を食いしばって悶える。もう一人の男も加勢してくるが軽い足蹴りでいなすと二人まとめて壁に投げ飛ばした。
「さ、入ろうぜ」
ぐったりして動かない警備を尻目に鉄格子の扉を押した。
「流石だ」
「なぁ、俺ってなんか習ってたのか?」
「え?確か格闘技習ってなかったか?君が忘れてどうする」
「(へーそうなのか、俺が習ってなくとも動くわけだ、シュヴァルツ本人の意識が消えても習ってきた技術は身体が覚えてるらしい)」
狭い中庭を抜けると玄関にたどり着いた。
ドアノブに手をかけると扉は開いた。
「鍵かかってないのか」
「侵入者が玄関前までたどりつけないからな」
中に入ると薄暗い廊下が伸びてその左側にリビングらしき空間が広がっていた。ゆっくりと侵入した二人がリビングまでやってくるとそこに彼女はいた。
暗く元気がなさそうな少し大人びた少女は安楽椅子に座り薄い金髪のストレートのボブショートを揺らしながら手元の小説を黄色い目で見つめていた。
窓辺から差し込む光を一身に浴びていた彼女が目線を本から外し来訪者へと移した。
「…ハイジ?」
「姉さん…」
アーデルハイドはおまわず駆け寄り椅子から立ち上がった姉とギュッと抱き合った。
「良かった…!ハイジが無事で…!」
「姉さんこそ…ッ!」
するとその騒ぎを聞きつけたのかキッチンの方からも
二人の夫婦が顔を出した。
立派なカイゼル髭を蓄えた堀の深い男と化粧を落とした質素な婦人だった。
「アーデルハイド、帰ってきていたのか!」
「ただいま、父さん、母さん」
完全に孤立したシュヴァルツ、棒立ちしていると少佐の姉がそのことに言及してくれたことによって大尉も輪に加わった。
「紹介する、私の姉のカーチャ・シシー・フォン・クロイツ、20歳。
そしてあの髭の人が最後の皇帝アダルヘルム・フォン・クロイツ5世、52歳とその妻、つまり私の母さんだ」
「は、はじめまして。俺ヒルデガルト・シュヴァルツって言います。アーデルハイト少佐の部下として勤務してます」
「あら、じゃあちょっとまっててね、今茶菓子持ってくるから」
お母さんの方は席を外してキッチンへと戻っていった。
時間ができるとシュヴァルツはテーブルの席に座って茶菓子を待った。
「皇帝の前に俺いるのか…なんだかすごいな」
「正確には元だけどな。父さんはもう元首から下ろされているから」
アーデルハイトが指摘するとクロイツ5世は表情を険しくした。
「ヘルダーリンが自身を国家元首と名乗っているがワシは認めんぞ、結束党などという独裁政権に国が破壊されてたまるか」
「パパもう政治の話はいいでしょう?今はゆっくり過ごしましょう」
カーチャがなだめるとクロイツ5世はシュヴァルツの前の席に腰掛けた。
「シュヴァルツ大尉、貴官の働きは新聞で見ているよ。ワシが聞いていた風説とはだいぶ違った」
「皇帝陛下からそんな…俺は…あ、いや私は普通のことをしただけで…」
慣れない敬語を使いつつ皇帝陛下と言葉を交わす。すると陛下は想定外の行動に出た。
「どうかアーデルハイトを頼む」
「えっ…」
まさかの皇帝陛下が頭を下げたのだ。ただの大尉であるシュヴァルツに対して。
「や、やめてください…!俺…私はただの兵士で…」
「ワシらクロイツ家の末路は定まっている。いずれ党の命令で軍人であるアーデルハイトを除いて全員が殺されるであろう。そうなると彼女だけが心配だ。どうか娘を守ってやってくれ」
深々と頭を下げられると大尉はしばらく黙り込んだ後口を開いた。
「わかってるぜ、今までも、そしてこれからもそのつもりだ」
「ありがとう、大尉」
「…あっ…つもり、です!」
慌てて敬語を使うとちょうどお母さんが皿に盛られたマカロンと紅茶がトレーに乗せられて運んできた。
するとカーチャがシュヴァルツの元に近づいてきた顔を観察してきた。
「じぃ~……」
「な、なんだ…?」
「貴方がシュヴァルツって言うのね、こんな可愛らしい女の子が怪物だなんて信じられない」
「シュヴァルツは私のお気に入りの一個だ、使い勝手がいい」
「おい少佐、俺は道具じゃないぞ!」
「道具が喋るな!」
「じゃあ話しかけるなハイジ!」
「私の名前を愛称で呼ぶなッ!」
大尉は椅子から飛び上がり小馬鹿にしてくる少佐を追いかけて中庭まで飛び出した。
追いかけっ子をする二人を窓越しに見ていた王族たちはびっくりして見ていた。
「ハイジが敬語を使われなくても怒らなくなってる…」
「階級とかそういうもの一番気にするあの子がねぇ、軍人根性を忘れるほどって、それほど親密なのね」
本当はただ単純に大尉を下に見ていた少佐が敬語を使えないだろうと馬鹿にして使わなくていいと見くびっていたから、なんてことは流石の王族にも予想できなかったであろう。
大尉が顔を合わせたアーデルハイトの王族の人々。囚われの彼らとの初めての交流だった。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




