第三十四話 交流
オイラー大尉を監視することにしたバウムガルトナーは彼女の行動の一挙手一投足を見つめていた。
まずはタバコを吸うオイラーを監視する。
「じぃー…」
「?何だあいつ…」
次に食事をとるオイラーを影から見守る。
「じぃー…」
「……」
ついに野外でトイレをしようとする時まで監視してきた。
「…何なんだ、流石に注意するぞ」
「えっ…い、いやぁ〜別に理由なんてないですけど…」
「ないわけないだろ。理由なく野ションが見たいなんて一番怖いぞ」
「それは…えっと……そうですよ!私はオイラー大尉の強さの秘訣が知りたいんです!自然体のあなたを見て学べるものがあるかと思って…!」
とっさの言い訳で難を逃れようと図った。
「強さの秘訣…?知りたいのか?」
「はい!(ふぅ〜なんとかバレずに済んだ…)」
「本当にか?教わりたいか?」
「はい!(あれ?なんか話が続いて…)」
「では教えてやろう。こっちに来い」
「………はい!!」
そう言って連れてこられたのは涼しい風がなびくコンクリ製の廃墟の団地の屋上だった。
「これを腹の前に持て」
そう言って足元に投げられたのは一つの土嚢だった。
オイラーは懐から銃剣を持ち出す。
「しっかり持っていろよ、ズレると死ぬぞ」
少尉が腹に土嚢を持った瞬間、オイラーは銃剣を構えてまっすぐ前を見つめた。
「俺が『バヨネットの鬼』と呼ばれる理由がこれだ」
一瞬、まばたきをした間にオイラーは風のごとく距離を詰め少尉の抱える土嚢に突き立てた。
「ゔぐぅ…っ」
後ろに数歩動く少尉。
ゆっくりと銃剣を引き抜くと少尉は土嚢を落とし焦りながら腹を触って確認した。
「はぁっ…はぁっ…!良かった…!刺さってなかった……確かに感触があった…!刺された感覚が…」
「これが刺突だ。
いいか、ただ刺すだけが刺突じゃない。まず刀身を突き入れることでそこが人体で一番弱いところになる。そしてそのまま体重と勢いに任せて柄を握っている拳で腹を打撃する。すると衝撃で内臓に強い負荷がかかり、腹の中に弾けるような苦痛が伝わる。もし刺されればまず立てない」
「…すごいですね、こんなに命を危険を感じた瞬間は久しぶりです…」
「訓練は実戦のごとく、実戦は訓練のごとし。
俺はお前と違って踏んだ殺しの場数が違う、命の尊さなんて死穢に塗れて消えていった」
「…もっと教えてください!私!強くなりたいです!」
「なぜだ」
「シュヴァルツ大尉のためです」
だが実際は違った。
「(これでオイラー大尉の強さのほどがわかる…戦闘力の限界が!もし敵だった場合応戦できるよう弱点を探すんだ!)」
「いいだろう、今のは近接戦で役に立つ。
次は投げナイフだ」
次はドラム缶に縛り付けられた土嚢が的だ。
「投げナイフというのは刀身を持ち的に向かって投擲して突き刺すものだ。こんなふうに」
そう言うと3本を次々と投擲して土嚢にすべて付き入れた。
「おお〜」
「銃剣を投げると刀身は回転する。ちょうど刺さるときに刀身が前を向いていればそのまま刺さる。だがそのちょうどを考えるのが俺だ。
計算じゃない、経験だ。
何回も何回も投げて距離ごとの回転数を感覚で把握し、確実に命中させるんだ。お前も投げてみろ」
同じくして銃剣を3本少尉ヘ手渡した。
「お前にできるかな、まぁ素人が一発で成功なんて…」
軽く見ているオイラーは気休めにタバコの箱を取り出した。
少尉は渡された銃剣を刀身をつまむと腕を振りかぶってそれを投擲する。
連続で3本投げると見事すべて土嚢に突き立った。
「…フン、当然だ。俺に教わるぐらいの気概があるならこれぐらい一発でできてもらわないと困る」
「タバコ逆さです、オイラー大尉」
「……断じて…断じて動揺などしているわけではない。
バウムガルトナー、会得したいのであれば厳しくいくぞ」
その後も大尉と二人で特訓を行っていくうちにだんだんとオイラーの情報を引き出していった。
「オイラーは意外と動揺する…でも表情からは読み取れない…行動によく現れる…」
「なんだ?メモをとっているのか?」
「はい!教わったことを覚えておきたくて」
相変わらず表情は全く変わらなかったが、少尉のオイラーに対する意識は変わり始めた。
ツァーンラント作戦はいよいよ大詰めだ。
黒逸第三帝国首都ハイフェンブルグの総統官邸前の広場では戦意高揚のため、新兵たちの記念式典が執り行われていた。
歩兵装備で規律正しく並んだ一万の兵士たちが演台に立つ総司令官の言葉を聞く。
「まず初めに、本日ここに参集された貴官らに対し、敬意を表するものである。私は黒逸第三帝国、国家黒十字軍総司令官のベッケンバウアー大将である」
集まった聴衆も国旗を降るのをやめ清聴していた。
「貴官らは今日この時をもって栄えある帝国陸軍の軍籍に入った。そのことを忘れず、日々精進されんことを期待する。
さて、現在、我が帝国を取り巻く状況は、まことに芳しくない状況にある。特に各方面部隊はことごとく打撃を受け、敵数は増大の一途をたどるばかりだ。我が軍はただいたずらに時を過ごすばかりで、敵の攻勢に対して有効な反撃手段を持たないまま、無為に時間を過ごしてきたことは事実である。この事態は、ひとえに我が軍の作戦指導の不手際によるものであると断言せざるを得ぬ。このような状況下で、貴官らは栄えある我が総司令官旗下に編入されることとなった。そのことの意味するところを考えてみろ。
貴官らに求めるものは、名誉ではない。義務でもない。それは死地に赴く勇気である!貴官らが本日の式典に参加した理由を考えればわかるはずだ!それは、貴官らの心に正義があるからだ!」
演説は最高潮に達した。
民衆の歓声の中,耳あたりのいい言葉を発する。
「敵国に地獄の安息を与えよう!紅旗軍の時代を終わらせるのだ!!」
大地を揺るがすほどの歓声の中、くるりと背を向けて総司令官は立ち去った。
そうして式典が終わった歩兵たちは道路沿いの民衆に見送られながら列を組み小銃を肩に乗せて出兵していくのだ。
「あとから行くぞーーッ!!」
「帰ってこいよぉ!」
民衆と兵士たちの熱狂を、ヘルダーリン総統は官邸の窓から眺めていた。
「総統閣下、フンドールでは歩兵が市街戦を展開、敵が反攻計画を企てる前に、市街地の中心に追い込んだ敵兵を壊滅するべく、激しい一進一退の攻防戦が繰り広げられています」
ベッケンバウアーの報告に総統は少しだけ笑った。
「残るは大聖堂、つまり敵司令部だけか、防衛も手厚いだろうな。
攻撃日時は考えたのか?」
「はい、閣下。考えるに今月の25日が適当かと」
「それではその日をもって送り込む全兵力を使い包囲殲滅を執行する。奴らに黒逸の地を踏みしめたことを後悔させてやれ」
「これで総統の夢、国家郷の実現に近づけますね」
それを聞いた総統は夕日の映る窓ガラスに手を添えて語る
「私の夢ではない。私は父の見果てぬ夢を見果てたのだ
国家郷の建設を、輝く明日の黒逸を建設せんとする待望の夢を。
無謀だが優艶な夢。それが父の夢だった。
父よ見ているか?お前が望んだシャングリラに大陸から極東まで、世界のすべてが平伏する日を私は築くぞ」
その頃ちょうど、日も暮れ始めた。
戦地フンドールではオイラーによる特訓を生き延びたバウムガルトナーが大の字になってへばっていた。
「疲れました〜…しごきが激しいです、オイラー大尉」
「大尉でいい」
オイラーはフェンスに寄りかかってタバコに火をつける。
一瞬ライターの火に照らされて顔が明るく見えたが、表情はいつもの変わらない。
「これだけ一緒に特訓した仲なんですから、もっと仲良くしましょうよ」
「…理解できんな、いつ死ぬかわからない戦地で友を持つなど心の自傷行為だ。
部下を多く持ち、墓参りが大変になって困っている俺の気持ちがわからないか」
今までのんきな顔をしていた少尉もそれを聞くと少し顔を暗い方へ変えた。
「俺は誰が死んでも悲しまねぇ、でも馴れ合うと情が湧く。だから一人でいいのにお前ときたら…」
「私は死にませんよ」
少尉は身体を起こしてぺたんと地面に座る。
「私には頼もしい大尉が二人もいるんです。
一人は地獄に嫌われすぎて死なない怪物、そしてもう一人は怖いように見えて意外と心優しいあなた。そんな二人の面目に泥を塗るような事はしません!」
「…」
自信満々の少尉を見てオイラーは呆れたようなに吐き捨てた。
「俺が『心優しい』、か。みんなそう言って死んでいったな。もう言わせないようにしていたのに」
「あっ!おいて行かないでください!」
スタスタと立ち去るオイラーを追いかける少尉。
まもなく軍の全面衝突が始まる。
黒逸の攻勢と北ナ連の防衛、滅びの日の25日に勝利の女神が微笑むのはどっちか!
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




