第二話 愚将転生 その2
バウムガルトナー少尉と名乗る少女の額には脂汗が光っている。
敬礼する手は震え、今にも泣き出しそうな声色だった。
「お、お体はご無事でしょうか…?」
「ええっと…バウムガルトナー少尉、だったか。
あぁ無事だ、ほら見ろ、もう歩けるぞ」
シュヴァルツはにこやかな笑顔を向けたがバウムガルトナーは顔を引きつらせたまま変えなかった。
(少尉のこの反応…なんか変だな…いくら大尉が相手でもこんな緊張しないだろ…。
ん?待てよ…この子の反応…なんか既視感が……)
じっと身体を強張らせている彼女を見る、その様子に身に覚えがあった。
それどころか現代日本にいた頃を思い出してしまった。
(この少尉の反応……なんか既視感があると思ったら…思い出したぞ…!!俺が印刷会社で働いていた頃の俺とそっくりだ…!上司にいびられ叱られて…!必死に説教を耐えて聞いているときの俺だ…!!)
ふとバウムガルトナーと過去の自分の姿がリンクした。
そしてそれは自分自身、元々のシュヴァルツ大尉がとんでもないパワハラ野郎だと言うことを意味していたのだ。
(まさか俺…このシュヴァルツ大尉ってまさか…あのクソ上司と同じなのか…ッ!?部下に暴言暴力を振るい平気で人間に手を出す畜生なのかッ!?)
だがそれはまだ予想でしかなかった。
単純にはバウムガルトナーが緊張しやすいタイプの可能性だって十分ある、ひとまずベッドから立ち上がりわざわざ足を運んでくれた少尉を労うことにした。
「ほら見ろ、歩けるだろう?
それにしてもわざわざ足労かけたな、ありがとう」
しかし宅朗、人と接した事が殆どないのである。
なんとか浅知恵を雑巾を絞るようにひねると考えうる『いい上司』を演じるべく、とりあえず少尉の被るヘルメットを撫でて見る。
(やべぇ〜…女子と接したことないから正解がわからない…とりあえず頭なでておけばいいのか…?いや、しかし…そんなんが許されるのはラノベの中だけであって……)
宅朗は今までにないくらい超高速で思考して周りどころか目の前の景色すら情報として目に入ってこなかった。
(セクハラとか言われたらどうしよう…それこそあのクソ上司とおんなじ…)
不器用ながらも精一杯彼なりに接した結果バウムガルトナーは泣き出してしまった。
「えっッ…!?いや…ごめん…!そんな嫌がるとは思わなかった…!」
だが彼女は軍服の袖口で涙を拭いながら話す。
「いえ…違うんです…!まさか大尉の口からそんな…優しい言葉が出るとは思いませんでしたので……!
まるで人が変わったみたいです…大尉…ッ!」
バウムガルトナーはそのままの勢いでシュヴァルツの身体に抱きついてきた。
「お、おい…ッ!?他の負傷兵も見てるだろッ!やめろ!公共の場でお前…!」
こんな経験初めてだった。
まさか女子に抱きつかれるなんて夢のような心地だ。
はじめは気恥ずかしさで拒絶していたシュヴァルツだったが、やがて口だけの抵抗をやめ、胸の中で泣くバウムガルトナーの背中に腕を回した。
そして同時に下心ではない、『パワハラの被害者』としての感情が芽生え始めた。
(…やっぱりこの子は元々のシュヴァルツからパワハラを受けていたんだな…そしてこの子はその被害者…。
俺が変えなきゃな、もうあの地獄のような悲惨な思いをするやつは俺で最後にしなきゃいけない。
バウムガルトナー少尉、この子は俺が守らなきゃ)
ギュッと強く抱きしめ合うとその光景を『尊敬する上司のその部下の感動の再会』だと解釈したベッドの上の負傷兵たちは拍手をした。
「おお、恩師と部下の再会か、良かったなぁ」
「なんかよくわからないが感動っぽいな、上司に会っただけで泣けるなんてさぞかしいい上司なんだろうな、羨ましいぜ」
事情を知らない負傷兵たちはのんきに笑顔で拍手を贈る。
喝采のような拍手に包まれていたシュヴァルツだったが、胸に顔を埋めたバウムガルトナーの言葉が胸腔にくぐもって響いた言葉を聞き逃さなかった。
「…でも今までの所業、忘れてませんから」
小さく聞こえた言葉が宅朗を少し不穏な気持ちにさせたが、それでも。
(その気持ち、大いにわかるぞ…
その凍った心を解すために、俺は態度で示さなきゃな。
少しずつ…お前の中で最底から最高になってやる。
それまでもう少し、待ってくれ)
宅朗はバウムガルトナーの閉ざした心を、こじ開けるのではなく、優しくノックして開こうと決めた。
自分と同じ思いをしていた少女を、幸せにする。
何もなかった宅朗に1つ、大きな目標が聳えた瞬間だった。
北ナジェージダ社会主義共和国連邦
首都シムトカフ
北ナ連は北ナジェージダ共産党の一党制であり共和制の北の雪国。
30年ほど前皇帝が暗殺され、帝政が崩壊。北ナジェージダ共産党により北ナジェージダ社会主義共和国連邦を設立した。
北ナジェージダ共産党の最高指導者により工業化や集団農地化を果たし計画経済を実施している。
間接代表制を拒否し、労働者の組織「評議会」が最下位単位から「最高評議会」まで組織されることで国家が構成されていた。
しかし評議会のすべてが北ナジェージダ共産党の支配下にあり事実上の一党独裁体制が築かれている。
紅旗軍という共産党の軍隊であり国軍が存在する。陸海空軍。
北ナ連軍は北ナジェージダ共産党の指導者による粛清や恐怖での支配などにより戦地での残虐行為やPTSDが目立っている。
国土は広大な雪国であり、ツンドラやタイガが広がっている。
国旗 真っ赤な背景の真ん中に黄色い歯車。
党旗 真っ赤な背景の真ん中に黄色い歯車、それを囲む黄色い星の枠が重なっている。
紅旗軍軍旗 真っ赤な背景に黄色いクロスした鍬と重なったコンパス。
識別マーク 戦車や航空機に描かれる。
二本の黄色い麦穂。
帽章 赤い星を囲む二本の麦穂。
階級やそれを表す襟章、肩章、袖章、兵科色及びはソ連の赤軍と全く同じ。
兵器や装備はソ連の赤軍と同じ。
戦場の兵士たち。
ソ連軍のルバシカM43の野戦服。
将校も下士官も戦場ではこれを着る。
ソ連軍のヘルメット、略帽としては帽章のついたピロトカ帽。
制帽には帽章である赤い星を囲む二本の麦穂の刺繍。
顎紐は将校が金のアルミモールを使用し、兵士・下士官は革の物を使用した。
襟章、制帽や肩章の縁取りには兵科色で歩兵を表す赤いラインが引かれている。
歩兵の装備は肩がけのマガジンポーチ、サスペンダーで提げた腰のベルトの前部に手榴弾ポーチと拳銃のホルスター、後部に水筒、飯盒、折りたたみ式の陣地構築用スコップ。履物はブーツ。
防寒具としてはパラトカ(ポンチョ)やグローブ、ウシャンカ防寒帽、キルティングジャケット。
紅旗軍には赤星を象った勲章が存在する。
級が上がるにつれ装飾が豪華になる。
勇敢な行為や戦闘、任務などを遂行すると与えられる二級である祖国労働勲章の略章は第二ボタンホールに留める二級勲章のリボンに付け、さらに優れた軍功を残すと一級である祖国挺身勲章の略章は左胸の一級鉄十字章の上に付けるのが一般的である。
さらに全軍で最も勇敢な軍人に与えられる上位の祖国英雄勲章は首元に着ける。




