第二十七話 地獄のヒーロー
「お前は誰だ?」
シュヴァルツ大尉が尋ねると姿を現さないクチンスカヤたちはしばらく顔を見合わせてから答える。
「私達は狙撃連隊の一等兵よ、残念だけど名前は明かせない。
でもあなたが探しているっていう人物を私達は知っているかもしれない」
「…嘘はつくなよ」
突撃銃を構え、内部の機構がぶつかりカチャリという音が、クチンスカヤたちを威圧した。
「…実は私の連隊の政治将校が二人の女の黒逸兵を捕まえたと言っていた、名前はアナスタシア・アガンベギャナ、18歳の少佐。
確か第5区画、80番地の大きなアパートの4階、101号室。少佐は生粋のサディストで、捕らえるのも情報を引き出すためじゃなくて単純に痛めつけたいからなんだ、だからもし助け出したいのならばすぐに向かったほうがいい、敵味方関係なく気分で軟禁し、3日として正気を保てた奴はいない」
「いいの…?そんなに教えちゃって」
アバカロヴァは心配そうに小声で聞くが「私、あの少佐嫌いだし」と返されると黙り込んでしまった。
「おうおう!そうかッ!ありがとな!感謝するぜ狙撃兵さんよぉ」
そう言って大尉がくるりと振り返って玄関から出て行こうとした瞬間、クチンスカヤはモシン・ナガンを持って飛び出して大尉の背後に立って銃口を向ける。
「…何のつもりだ?」
「あなたを捕まえて晒し首にしてあげるわ、あなたがいると私たちが苦しむことになりそうだし。さ、手を上げて」
このとき初めて二人は顔を見合わせた。
クチンスカヤは正面を向け、大尉は背後の敵に横目で鋭い視線を送った。
「動かないでね、私は『白い未亡人』と呼ばれて恐れられているんだから」
「…なるほど、凄腕のスナイパーってことか。
んじゃあちょいと前の偵察兵を撃ち殺したのもお前だな?女一人と男二人の偵察隊を撃ち殺したのも」
「…そんなこともあったかもね」
「んじゃあ土産やるよッ!!冥途の土産をなッ!!」
すかさず身を翻して靴投げの要領で軍靴を飛ばすとそれがクチンスカヤの顔にあたった。
「なッ!?」
そしてその隙を継いで腰のベルトに差し込んでいた柄付手榴弾を投擲した。
手榴弾を飛ばすと同時に柄から紐がすり抜け繋がったピンが抜け、発火するのだ。
「柄付手榴弾ッ!?伏せろッ!!」
三人は室内に逃げ込み身を伏せる。
「靴は回収!」
大尉が軍靴を取り戻し退室した瞬間、ドカンと爆発を引き起こし建物全体がグラグラと揺れた。
「何だ何だ」と出てきた敵兵たちを大尉の逃走ついでに撃ち殺しながらすたこら逃げていった。
「ゲホッゲホッ……ほらやっぱりあの怪物に勝てるわけがないんだよ!」
「全く、兵長の命令もなしに飛び出すなよな」
「うぅ…ごめん…みんな…」
爆発をホコリが舞い上がる室内で悔しがるクチンスカヤ。
「クソ…怪物め…人らしく死ねると思うなよ…!」
負け犬の遠吠えの内容は決まって強気なものである。
果たしてクチンスカヤがシュヴァルツを撃つことのできる日は来るのだろうか。
大尉が向かって来ているとも知らずにアガンベギャナ少佐は脱走を試みたバウムガルトナー少尉たちを散々に、今までより一層執念深く痛みつけていた。
「このバガ犬がァッ!犬が首輪を外すかよッ!!コップの破片で縄を切るなんて姑息、神経を逆撫でされるくれェイライラするぜェッ!!このカスがッ!!」
そう言い執拗にハーン曹長の顔面を何度も踏みつける。
「少佐…!死んでしまいます…!」
「うるせぇェーーッ!!デカブツは引っ込んでろッ!!はい次だッ!バウムガルトナーッ!お前だぁッ!!」
前よりキツく縛られた少尉が引き出され野戦服をまくられて白い背中が露わになると、瞬間、何度も背中を鞭打たれる。
「グッ…!ぐぁッ…!!」
皮膚を裂くように痛々しい打撃音が何度も何度も鳴り響く。
「や、やめて…!背中に…もう…傷をつけないで…ッ!」
「Shit!!死体が喋るなッ!!」
永遠かと思われるほど長く悲痛な拷問に歯を食いしばって涙を絞り出す。
「や、やめろ…少尉の背中だけはやめてやれ…ッ!」
「まぁ〜だ喋る死体がいるのかッ!」
少佐の鋭い蹴りをくらいハーンはついに伸び切ってしまった。
周囲には痛々しい拷問を物語る血の血痕が飛び散っていた。
「し、少佐…総司令官からお電話です…」
ドン引きしている部下が少佐を呼び出すと息の荒い少佐は大男一人を残して部屋を出た。
「はいもしもし?アガンベギャナ少佐です。何の用ですか、アクサナ・ヤロスラヴォヴナ・コチェグラ司令官」
「はい、よく出てくれました」
受話器の向こうから冷酷そうな女性の声が聞こえてくる。
「ココーシナ書記長が反攻作戦を急いでいますよ、まだ黒逸の掃討は終わらないのですか?」
「え、ええ、やってますよ…でも奴ら強くて」
「弱音が聞きたくて電話したわけじゃありません。吉報を聞きたくて電話したのです。まさか自分の趣味の拷問に精を出しているわけじゃありませんね?」
「ち、違いますよ!」
「敵前逃亡という愚行を起こす者も増えています、しっかり督戦隊を指揮してくださいね、では」
「は、はい…!」
電話が一方的に着られると少佐は電話機ごと持ち上げて部屋の壁へ向け投げ飛ばした。
「クソ…総書記の腰巾着がッ!威張り散らしやがって…」
悪態をついているとドタバタともう一人の部下が報告をしに走ってきた。
「今度は何だッ!」
「大変です!黒逸の快進撃を抑えられませんッ!!後方部隊も攻撃されていますッ!!ここにいると危険ですッ!!すぐに市の中心に退却しましょうッ!!」
焦る部下と、現実を受け止めきれない少佐。
「ははっ、虚報ばっかり言うな…軍部の悪い癖だぞ…あはは…」
もはや笑うしかない少佐だったが、事実、統率された部隊を指揮するアーデルハイド少佐の大隊が猛攻撃を仕掛けていた。
野戦砲が火を吹いて防御陣地である町中の塹壕を攻撃し、戦車部隊が廃屋を馬力にものを言わせて押しつぶしながら町中を疾走する。
そしてそれに随伴する勇敢な黒逸兵士たち。
もはや戦力差は歴然であった。
「怯むなぁァァーーッ!!後ろにはシュヴァルツ大尉がいるぞぉーーッ!!国母を守れーーッ!!」
おそれを知らない黒逸兵が次々と向かってくるのを見ると戦闘をしている紅旗軍の兵士たちも思わず怯んでしまう。
「なんて奴らだ…まるでスパルタ軍じゃないか…!何だ…何が奴らを突撃させるのだッ!!」
町中の塹壕で応戦していた兵士たちも次々と銃器をすてて塹壕から飛び出して撤退していく。
だがその行為は督戦隊が許さない。
「警告する!お前は戦いから逃げようとしている!逃亡者は我が督戦隊によって銃殺される!!」
瓦礫や土嚢の影でDP28軽機関銃を構えている督戦隊たちが警告をする。
それでも逃亡者は後をたたない。
「有産階級共が…ッ!命まで惜しいかッ!撃てーー!!」
その瞬間、引き金が引かれ逃亡者は次々と警告通り銃殺されていった。
「いいかッ!この銃火器はお前たちを支援するためのものではない!!売国奴のような逃亡者を屠るためのものだ!敵陣に向かって前進しろ!!敵を銃殺しろ!
敵の頭蓋を石で砕き、衣類で絞め上げ、指を食いちぎれ!!死んだ兵士だけが真の愛国者だッ!!進め進めェーーッ!!」
その警告に、生き延びた逃亡者たちは立ち止まる。
そして背後の督戦隊、そして前方に見える敵兵、黒逸部隊を見比べた。
そして一人の兵士が涙を浮かべながら叫んだ。
「全弾撃ち尽くすまで生き残れるやつはいない!だから残弾を気にせずに撃ち続けろ!!
最後の少尉命令だァ!全員突撃だァァーーッ!!」
部下たちは従順だった。
その声を聞いた全員が武器を持って、あるいは何も持たずにそれぞれの表情を浮かべて突撃、否、死にに行った。
すぐに黒逸部隊の弾幕が彼らの身体を貫いた。
一秒、また一秒と死体が増える、血の海が広がる。
指が、歯が、目がポップコーンのように弾けてとんだ。
非効果的な反撃はアガンベギャナたちを撤退に追い込んだ。
「よく聞け、俺たちは戦略的撤退によりこの場を離れなきゃならなくなった」
少尉と曹長を監視する大男は言う。
「散々遊んでおいてポイか…」
「ああ、おもちゃで楽しく遊んだあとはお片付けしろと躾けられたんでな」
大男は腰の拳銃をホルスターから抜くと銃口を彼女の額へと向けた。
少尉はもはや満身創痍だ。
鼻は折れ、全身あざだらけで血が滲んでいる。
絶望のなか、まるで期待しているかのように笑ってつぶやいた。
「助けて、黒い怪物」
その名を呼べば、怪物は来る!
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




