プロローグ
「これは終わりではない。終わりの始まりですらない
だがおそらく、始まりの終わりなのだ」
Winston Churchill(1874~1965年)
とある都内のボロい安アパートの暗い四畳半の畳の部屋でしわくちゃの布団の上にあぐらをかきながら小さいテレビから放たれるブルーライトを浴びる男がいた。
カチャカチャとコントローラーをいじくり回してどうやらFPSゲームをしているようだった。
「あんの芋砂野郎…!卑怯な真似を…ッ!!」
彼の名前は古森宅朗、28歳。
なんの変哲もない、中肉中背の髭面の目のクマが濃いジャージ姿の男だ。
小さなローテーブルには空のカップ麺の集団、ビールの空き缶が立ち並んでいるが、壁には異質なものが飾られている。
ソ連のプロパガンダポスターや『武運長久』と書かれた日章旗。
他にも米空母『エンタープライズ』の白黒写真が入った額縁、アドルフ・ヒトラーの肖像画、イギリスの雷撃機『ソードフィッシュ』の編隊が映るカラー写真などだ。
そう、彼は生粋の第二次世界大戦のミリタリーオタクであった。
現に彼が今プレイしているようFPSも第二次世界大戦時をモチーフにしたゲームだ。
「クソ〜…やられた、角待ちショットガンはズルいなぁ…」
一見するとだらしがない宅朗だったが、実はわけがある。
彼は今は亡き父親の影響で小学生の頃からミリタリーにハマりだした。
小中校までは『陰キャなミリオタ』程度の認識をクラスメイトたちの思い出に残して卒業した。
だが彼の人生が狂ったのは、社会に曝されてからだった。
大学在学中、新卒カードを使い印刷会社に就職したがそこはあまりにブラック過ぎた。
残業代は支払われない、過度なノルマを課しそれが達成できなければ自爆営業、または罰金のうえ暴言は当たり前。
休日出勤は当然のとこ、出退勤もまともに管理されず雇用契約書が守られることは殆どなかった。
強制参加の社内イベントに参加しなかったことにより社内での居心地も悪くなり、結局鬱状態のまま半年で辞めて1年浪人、新卒を逃してしまい必死に就活をしたが失敗。
ハローワークの紹介でようやくパン工場のライン工の職に就けた。
それから数年必死に働いていたが退屈な毎日。
既卒でライン工から転職しようにも三十路近い宅朗にはすでに何もかもが手遅れであった。
結果、そのまま職を放置し自宅の安アパートに引きこもり、今は貯金を切り崩しながら大好きなミリタリーに没頭して過ごしていた。
「…コーラも無くなったな、新しいの出すか」
空のペットボトルを傾けた彼はそう言ってあぐらを崩し立ち上がった瞬間、胸に激しい痛みが走った。
「ッ!?」
宅朗は突如胸を抑えてそのまま散らかった畳の上に倒れこんでしまった。
(く…苦しい…ッ!胸が…!)
胎児のように丸まり、荒い息を吐いて呼吸する。
そしてやがて悟ったかのように表情は穏やかになっていった。
(日頃運動してなかったからな…こんな生活してたらそりゃあ…こう…なるよな………。
いいさ…どうせ思い残す事なんて……。
お母さん…親不孝でごめんなさい…お父さん…今…逝くよ)
ブルーライトに包まれた部屋で宅朗は息を引き取った。
誰にも知られない寂しく悲劇的な孤独死で彼は生涯を終えた。
そんな現代社会が生んだ底辺に神のいたずらか。
手が差し伸べられた。
その手が神の救いの手か悪魔の手引きかは誰にもわからない。
宅朗の意識は暗くなにもない空間に漂っていた。
(ここが死後か…?
死んだらなにもないとは聞いていたが…まさか永遠にここで一人か…?極楽も地獄もない、あの社会と同じようなこの世界で一人ぼっち…。
嫌だ…!俺は…俺はそんなものは望まない…!もう一度…俺にチャンスをくれ…!虫にでもいい…動物でもいい…!俺にもう一度一生を歩ませてくれッ!!)
そう願った。
社会の軋轢に潰された最底辺の人間の切なるたった1つの願いだった。
すると暗闇の果てから針の通し穴程度の大きさの光が現れ、それが暗闇と宅朗の意識を包んだ。
(ま、眩し……ッ!)
そう思う間もなく彼は目を覚ました。
見上げるとところどころ黒いシミがついた木の板の天井が視界に飛び込んできた。
「…?どこだ…ここ…」
彼はベッドの上に寝かされている。
掛け布団を取っ払って当たりを見渡してみる。
どうやらここは木造の集団病室のようだった。
窓際と廊下側にずらりと並んだ鉄パイプの骨組みのベッドには軍服を着た男たちがいる。
そして若い看護婦らしき女性たちがネズミのように小走りで移動したり時々話しかけたりしていた。
(あれは…!野戦服か…?しかもあれは…!)
彼ら患者が着ていたのはナチスドイツの国防軍や武装親衛隊のフィールドグレーのM40野戦服と呼ばれる軍服だ。
頭部や腕には包帯を巻いている。
どうやら負傷兵のようだ。
すると目を覚ました彼に看護婦が近づいてきた。
「えっ!目を覚ましたんですか!」
驚いた表情の看護婦だったが驚きたいのは宅朗も山々だ。
「お、おい…!ここはどこだ!」
すると看護婦は首をかしげた。
「…?野戦病院ですけど…。
もしかして記憶が飛んじゃったんですかね」
「何を分けのわからないことを…
……ッ!?」
宅朗は看護婦に指を向けたが、その手がどうも普段と違うことに気がついた。
「あれ…?なんだこの手は…?俺の手はもう少し男っぽくて…毛が生えていて…」
宅朗は自身の身体をよく見ると他の患者たちと同じような野戦服に身を包んでいることに気がついた。
「…ッ!?この身体は…!俺は誰だッ!まるで身体が女みたいに…!」
「何言ってるんですか、貴方は元々女だったでしょう、ほら鏡を見てくださいよ」
看護婦は小さな手鏡を宅朗に差し出した。
そこに写っていたのは黒髪のショートカットの触覚ヘアと深紅の瞳を持つ少女だった。
野戦服の襟の左には白い背景に銀色のS字の蛇が描かれた襟章、右にはナチスドイツの大尉を表す襟章。
軍服をよく見ると大尉の階級の肩章や袖章が入っている。
驚いてなんの言葉も出ない宅朗だったが看護婦はすかさず言った。
「貴方の名前はヒルデガルト・ティーナ・ロットゥヒェン・シュヴァルツ。
ヒルデガルト・シュヴァルツ大尉じゃないですか。
第206歩兵連隊、第20歩兵大隊の第54歩兵中隊を指揮する大尉ですよ貴方は。
砲弾の破片が頭部に直撃して…破片の摘出手術は無事成功しましたけど数週間意識を失ってもはや回復不可能と判断されていたんですが…まさか復活するとは…」
するとあんぐりと口を開けていた宅朗、及びシュヴァルツは可愛らしい女声で話し始めた。
「…まさか…!俺は…!
女の子に転生したのか!俺の魂が…!この大尉にッ!!
そんなこと、あるはず無い…だって俺は…ただのミリオタだったんだぞ」
なんと宅朗はヒルデガルト・シュヴァルツ大尉と呼ばれていた少女兵士へと転生を果たしたのだ。
だが彼はまだ知らなかった。
転生先のシュヴァルツ大尉が帝国最悪の愚将と馬鹿にされ忌み嫌われているということを…。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




