春の葬式
春は首を吊って死んだ。16歳だった。
ドアノブと縄さえあれば人は簡単に死ねるという事を、
春は最期に教えてくれた。
冷たくなった春をどうしていいか分からなくて、俺は救急車を呼んだ。
もちろん俺たちに救いなんかなかった。春は病院についた時にはもうとっくに死んでいた。
病院の霊安室に運ばれて、苦しそうな顔のまま硬直して死んでいる春を見て、
俺はそっと顔に手をあてて、まぶたを閉じてやった。それしか出来なかった。
その後しばらくしたら病院指定の葬儀屋とかいうのが来て、
後から来た父親と金勘定をし始めた。
そして、何日か経って春の葬式が始まった。
葬儀代を父親にケチられて、結局春は火葬だけしかしてもらえなかった。
ひどい話だ。棺桶に入れるものや花も、俺が全部用意した。
死化粧をされた春はとても綺麗な顔をしていて、
いつもの様に笑顔で、俺に話しかけてくれるんじゃないかって期待した。
遺書は俺の布団の下にあった。父親に見られるのは春も嫌だろうと思って、
全部読んでからこっそり俺の机に入れた。返事は棺桶の中に手紙で入れておいた。
春は葬式の時も安いボロボロの服だった。
憧れてたワンピース、生きてるうちに買ってやれなくてごめんな。
お前に笑ってほしかった。お前に幸せになってほしかった。
お前に安心できる居場所を与えてやりたかった。
お前と、一緒に幸せになれるもんだとばかり思ってたんだ。春。
*
春は気弱だったけど、とっても優しい子だった。
困ってるおじいちゃんおばあちゃんを見つけたらすぐ手伝うし、子供にも優しかった。
なぜか兄の俺にまで優しくて、よくマンガを貸してくれたりおやつを分けてくれたりした。
服はボロボロだし、父親によく酒瓶で殴られてたから身体はアザだらけだったけど、
それでも可愛いと思えるくらい、春は整った顔立ちをしてた。
そのせいで学校の女子からいじめられてたんだけどな。
学校から帰ってきた後は、よく泣きながら俺の部屋に駆け込んで来てた。
正直、俺なんかよりずっとつらい思いをしてたと思う。
それでも春は明るく振舞ってた。健気だった。
一回、なんでそんなに明るくいられるのか聞いてみたことがある。
そしたら、
「お兄のおかげだよ」
と帰ってきた。その時は嬉しかった。
今思えば馬鹿な話だ。春は俺の前で無理してただけだったのに。
つらい事もたくさんあったけど、楽しい思い出もたまにあった。
例えば、父親がたまたまパチンコで家にいなかった時に、二人で一緒の布団に入った事。
家族と呼べるのがお互いだけだった俺たちには、そのぬくもりが心地よかった。
あとは暴れた父親から逃げ出して、二人で家出をした事。
深夜でもやってるゲーセンで、貯めた少ないお金を使って遊んだな。
休日は家にいてもろくな事がないから、二人で公園に行って鳩を眺めてた。
春の作った卵焼きが美味しかったのを今でも覚えている。
服屋さんに行ったときには、桜色のワンピースが欲しいって言ってたよな。
春によく似合ってたし、お金があれば買ってやりたかった。
……今思えば、春はずっと逃げたかったんだと思う。
いじめが起こる学校から。
暴力を振るう父親から。
そして、この世界から。
春は優しすぎて、人の悪意にやられてしまっていたんだと思う。
でも俺に心配をかけたくないから、ひたすら耐えてたんだ。
今言っても本当にどうしようもない事だけど、家族の俺をもっと頼ってほしかった。
苦しみも悲しみも、俺にも背負わせてほしかった。
もう一度お前に会えたら、ごめんなって謝りたい。
不甲斐ない兄貴でごめん。
*
拝啓 お兄へ
私は学が無いから、遺書に拝啓ってつけるのかわからないけど、
大事なお手紙なので一応つけておきます。
多分これを読んでいる頃には私はこの世にはいません。
後遺症とか残って生きてるかもしれないけど、その時は私を殺して下さい。
ちょっと死ぬのが怖いし、お兄と会えなくなるのはとても怖いので、
泣きながら文章を書いてます。支離滅裂だったらごめんね。
まず伝えたいのは、感謝です。
私が生きて来た16年間、つらい事や苦しい事はたくさんありました。
それこそ、数えきれないほどに。
でも、それでも生きてこられたのは、お兄がそばにいてくれたからです。
本当に今までありがとう。あなたのおかげで、私にはたくさんの思い出が出来ました。
ずっとそばにいるって言ってくれたの、忘れないよ。
次に伝えるのは、気にすんなって事です。
私が死んでも、お兄の人生は続きます。
だから、私の事で思い悩まなくていいよ。お兄のせいじゃないよ。
一人にしてごめんね。私の分まで幸せになってね。
最後に。
愛してるよ。ずっと。
春より
*
俺は幸せになろうと頑張った。
生きられなかった春の分まで背負うと決めたからだ。
頑張って勉強して、バイトと奨学金で大学に入って、まともな会社に就職した。
上司に叱られたり、仕事での失敗もたくさんあったけど、
春がいなくなった時のつらさよりずっとましだった。
いい服を着て、それなりにおいしい物を食べて、安心できる居場所があって。
少なくとも春がいた頃よりかはいい生活が出来るようになった。
俺は幸せ……なんだと信じたい。春が安心して眠れるくらいには。
*
「春」
俺は、春の眠るお墓に向かって話しかけた。
お前の好きだった桜が満開だぞ。
今日はいい天気だよ。風も強くないし、日差しも温かい。
俺がおにぎりを作って、お前がおかずを作って、ピクニックに行きたかったな。
「まあでも、これで勘弁な」
俺はそう言って、お墓の前におにぎりを置いた。
今日は春の十三回忌だった。
「俺はもうとっくに大人になっちまったよ」
今の俺を見たら、春はなんて言うだろうか。
「幸せになったね」なんて笑ってくれるだろうか。
「今日は来れて良かった」
春も、この満開の桜を眺めているのだろうか。
そうだったらいいな、と思った。
「俺がそっちに行ったら、今度こそ二人でピクニックしような」
失った季節は戻らない。死んだ人も帰ってこない。
それでも人は進まなきゃいけない。いろんなものを置き去りにして。
「また来るからな、春」
俺は、春のお墓を撫でてやった。
読んで頂きありがとうございました。




