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7.赤谷ルート

 何となく気まずくなって、その後は会話もなく光太郎と別れた。そのまま帰宅し、着替える為に自分の部屋に入る。


「光太郎、何に対してそんなに遠慮しているのかしら……」


 着替えながら呟く。彼は昔から私に対して何か思うことがあるのか、妙な所で私に気を遣う節がある。その度に私は気にしなくていいと言うのだが、それでも彼は申し訳なさそうにするのだ。そのせいで内心彼にはこの手の頼みごとをし辛いと思っている。これ以上気を遣わせたくないのだ。彼か真にしか頼めないことだからこそ尚更。

 彼の人生は彼のもので誰のものでもないのに、もっと自由に生きて欲しい。そう願う私の思いがいつか彼に届いてくれたらいいなと思った。




 カフェのカウンターでいつものようにコーヒーを頼む。そして一足先に来ていた光太郎の下に行った。私が椅子に座ると、彼は口を開く。


「それじゃあ、改めて確認するぞ」


 そう言う彼は既にいつも通りで、私は密かに胸を撫で下ろした。メモのコピーを見ながら、二人でこのゲームの概要を確認し合う。


「この世界の元になった乙女ゲーム、これには共通ルートと個別ルートがある」

「ええ。そして個別ルートは四つあるわ。加えて、恐らく隠しは一つ」

「確かまずは共通ルートをプレイして、その最中に好感度が一定値以上を超えたキャラのルートに入るんだったな」

「その通りよ。このゲーム頭可笑しいけど、そこら辺は割と普通なのよね」


 そうなのだ。てっきり変なシステムとかが介在していそうに思われるかもしれないが、そんなことはなく普通に選択肢を選んでテキストを読むタイプのアドベンチャーゲームである。ただ基本的にシナリオと選択肢が変で、共通ルートにおける選択肢の出現回数が通常より多過ぎるというだけで。一応制作会社は前世では割と老舗だったと記憶しているので、普通のシステムなのはその辺りも関係しているのかもしれない。

 まあだからといって簡単だとは限らない。特に共通ルートの選択肢の量が半端じゃなく多く、相当人を選ぶゲームだったのは間違いない。それでも前世の私は時間をかけてでもクリアし切っていたのだから、ある意味凄いと思う。頭のおかしい暇人だったのかもしれないが。

 私は一瞬ゲームシステムに飛んだ思考を現実に戻した。そして隠しルートについて言及する。


「ただし真のルートだけは条件を満たせば好感度関係なしに個別ルートに入るわ」

「そうしないと隠しルートにいつまで経っても入れないもんな」

「まあ今回は関係ないわね。切っ掛けも潰れているし、彼が私に惚れることなんてないもの」

「……」


 そこで光太郎は押し黙った。そして、盛大に息を吐き出す。


「……さて、その上でどうするかだが。俺に考えがある。お前には酷な話かもしれないが」

「乙女ゲームのヒロインより酷なことなんてないわよ」

「そうか。それなら」


 一拍置いて、彼は言い放ったのだ。


「お前、赤谷ルートに入れ」




 光太郎と作戦の練り直しをして、今は丁度帰宅した所だ。帰って早々、私は自分のベッドに仰向けになった。


「いきなりルートに入れって言われても……」


 彼にそう言われて、最初は抵抗した。しかし言い返された。曰く『最も被害が最小限に抑えられるから』とのことだ。それでも納得のいかない私に彼は言う、『個別ルートに入らなくて済む方法が他にあるならそれでもいいぞ』と。

 そうだ。私の記憶ではこのゲーム、共通ルートのみで終わるエンドと言うものが一つしかなかったと思う。公式では『友情エンド』と名付けられているこのエンドは通称『逆ハーレムエンド』と呼ばれている。その内容は、真を除く攻略対象全員と仲良くなったヒロインが彼らにちやほやされるというもので、私が最も敬遠したいエンドの一つだった。

 少しずつ変化を続ければもしかしたらエンドも変わるかもしれないが、うまくいく保証はない。シナリオの大筋をすぐに変えるのが難しいとわかった今、このエンドを回避するには個別ルートに入るしかなく、そうするということはつまりそのルートの攻略対象と恋愛しなくてはいけないということで……。


「赤谷君、か」


 天井を見上げながら、彼の姿を思い浮かべる。短く刈られた黒髪に体育会系らしくしっかりした体つき。加えて精悍な顔立ちの彼は世間一般に言ってイケメンに属すると言えるだろう。

 しかし、彼もまた光太郎と同じくモテないキャラだった。正確には自分が好きになった相手に尽く振られるという、ある意味光太郎より可哀想な設定の持ち主である。それも私から言わせれば、毎度毎度顔だけ見て惚れるから痛い目に合うんだと思う。やはり人間、性格第一だ。

 そして前にも言った通り、彼はヒロインに一目惚れする。今回も顔を赤くしていたから恐らく私に惚れたんだろう。その証拠に私が学級委員に選ばれた途端、自ら立候補した。いい加減懲りろよと思うが、人を好きになるということは理屈ではどうしようもないのかもしれない。誰かを恋愛感情で好きになったことがない私にはわからなかった。

 とにかくそんな業の深い彼を制作側が不憫に思ったのか、彼のシナリオやエンドは比較的どれも穏やかだ。今回は私側の事情によりバッドエンドを目指すので、酷いことになる他のルートに比べれば大分ましだろうという考えである。

 それに光太郎が言うには『設定が可哀想過ぎるから、せめて少しの間だけでもいい夢を見せてやりたい』ということだった。私としては全部彼の自業自得だと思うし、下手にいい夢を見せられる方が辛いと思うのだが。

 ごろんと転がり、身体を横に向ける。思わず呟いた。


「嫌だなあ……」


 そうは言っても、それしか方法がないのだから。私より頭の回る光太郎でさえそう言うのだから仕方ないな、と思った。




 次の日。ゲームでは好感度もボタン一つで見れたのだが、現実ではそうはいかない。早速赤谷君に接触して好感度を測れとのことだったので、嫌々ながらも彼の所に行く。

 彼はもう友人を作ったのか、輪の中心で笑っていた。しかしこちらに歩いてくる私の姿に気づいた途端、無表情になる。そのことに気づいた周囲の人間も黙った。私はそれには気づかない振りをして、赤谷君に話しかける。


「赤谷君、おはよう」

「……あっ、ああ。おはよう」


 明らかに挙動不審になる彼。私は私で話しかけたはいいものの、特に話題もなく。結果、挨拶した所で会話が止まってしまった。どうしよう、と悩んでいると。


「綾音ちゃん、おはよう! セッキーも!」


 そこに花園さんが笑顔で割り込んで来た。

 ……正直、天の声かと思った。もしかしなくても私が困っていることに気づいたから話しかけてくれたのだろうか。それなら感謝しなくては。

 花園さんに声をかけられて、ようやく我に返ったらしい赤谷君が挨拶を返す。


「花園、おはよう」

「もう、花園じゃなくて麻由でいいって言ってるのに」


 そう言いつつ、頰を膨らませる彼女。それに対し、何故かこちらをちらっと見ながら赤谷君が言った。


「そうはいかないだろ。勘違いされてもいいのか?」

「じゃあじゃあ、セッキーが決めてよ。私のあだ名!」

「……ゾノ?」


 いつの間にか仲良くなっていた二人のやり取りを眺めながら、いやそのあだ名はないだろと心の中で突っ込みを入れる。花園さんもそう思ったのか、唇を尖らせながら。


「可愛くなーい! もっと、ハナとかそういうのがいいな」

「じゃあハナで」

「えー……まあゾノよりいいか」


 「これからはハナって呼んでね!」と赤谷君に念押しする彼女を見て思った。あれ、これ何処かで見たことあるぞと。何処で見たのかと考え込んでいると、突然彼女に話を振られた。


「綾音ちゃんも、これからハナって呼んでね?」


 そう笑う彼女に曖昧に頷きながら、記憶を辿る。その間も彼らの会話は進んで行く。


「ところで、花ぞ……ああわかったわかった。ハナ、何か用があるから話しかけて来たんじゃないのか?」

「あっ、そうそう! 学級委員の仕事について話があるって先生が言ってたの!」

「それなら行かないとな……じゃあそういうことだから」

「綾音ちゃん、またねー!」


 笑いながら手を振る二人を見送り、こちらも手を振り返した。

 さて、当初の目的である赤谷君の好感度測定ができなくなった。なので自分の席に戻ろうかと思った所、残された男子がぽつりと言った。


「……花園さんって可愛いよなー」

「そうだな。でもあの感じ、やっぱり赤谷狙いなのか?」

「あーあ。イケメンはいいよなあ!」

「ねえ、坂本さんもさあ。やっぱりイケメンの方がいいの?」


 右端の男子に話題を振られる。それにも既視感を覚えた。そうだ、確かここで『彼女』は。


『ううん、だけど……』


 そう言って首を振る『彼女』の姿を幻視した。


「……いいえ。顔がいいに越したことはないけれど、やっぱり人間中身が第一よね」


「そうだよな! 坂本さんわかってるー!」


 ヒュウと口笛を吹く彼らに手を振り、自分の席に戻る。椅子に座ると、私は机に突っ伏した。思い出した、あれは……。

 でも、何故今ここで? このイベントが起こるのは赤谷君のルートに入ってからの筈だったのに。考えてもわからない、わからないが……一つだけ言えることがあった。


 何か可笑しなことになっている、そう思った。

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