6.占いと導き
「え……」
思わず口に出た驚きの言葉。私にしては珍しく、目を見開いていたと思う。その様子を見て、花園さんはうんうんと、わかっていると言いたげに。
「そうだよね。意外……」
「なんでわかったのっ?」
「えっ」
何事か言おうとした彼女を遮り、思わず大きな声を出す。その様子に彼女は驚いたようだった。
「……ひょっとして、心当たりあるの?」
そう探るようにこちらを見る彼女に全力で肯定する。
「心当たりありまくりよ。それで私がどれだけ困らされて来たか……」
「そうなんだ……大変だったね」
その様子を見て、同情する素振りを見せる彼女。よしよしと私の頭を撫でる振りをしながら、言った。
「でも、もう大丈夫! この私に任せて!」
どん、と胸を一叩き。自信満々に彼女は言う。
「あなたを導いてあげる! だから、私のお願い聞いてくれる?」
花園さんのお願い事とは、こうだった。今日、先生が私を学級委員に指名するから、その時に渋ってくれと。その間に男子の学級委員が決まるので、決まった時点で委員を辞退してくれ、と。
それを聞いたとき、私は心底驚いた。それはまさにゲームのシナリオに沿ったものだったからだ。男子の学級委員とは恐らく赤谷君のことだろう。
確かここで学級委員になると、吉良先生と赤谷君の好感度を上げやすくなるのだ。しかし、好感度なんて上げても悪影響しかないのはわかりきっているので、最初からなるつもりはなかった。だから、彼女のお願いも快く承諾したのだ。因みに学級委員にならずに生徒会に入ると柴﨑先輩と生徒会長の二人の好感度が上げやすくなる。
しかし、気になる点もある。何故最初から辞退しては駄目なのか、と彼女に聞いた所。
『それだと意味がないから』
そう答えられた。正直理解不能だったが、彼女には占いという不思議な力がある。何か私にはわからないものが見えているのだろう、と納得した。
そして今は、丁度吉良先生に指名を受ける所である。指名されない可能性もあったが、昨日の内から好感を抱かれていたようだし、そこは大丈夫だろう。
「今年の一年B組の学級委員は、坂本君ともう一人、男子にお願いしたいと思っている。どうだ、やってくれるか?」
先生にそう言われて、私は返事を躊躇う振りをする。
「ええと、私で大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、君は私が見込んだ生徒だ。うまくやっていけるだろう」
よほどあの制服姿がお気に召したらしい。先生はかなり私を買っているようだった。
私は適当に言い訳を考える。
「でも私、そんなに事務作業得意じゃありませんよ?」
「それなら一緒にやってくれる男子に頼ればいい」
そこまで先生が言った所で、「あの、先生」と赤谷君が声を上げた。先生が名前を呼ぶ。
「赤谷君、何だ?」
「俺、学級委員やりたいです」
「そうか。じゃあ男子の学級委員は赤谷君で決まりだ。皆もそれでいいな?」
異議を唱える声は上がらなかった。よし、と心の中でガッツポーズをする。ついでに花園さんの方を見ると、彼女は笑顔で親指を立ててくれた。
「それで、坂本君はどうする?」
「ええと、やっぱり私は遠慮しておきます」
「……そうか、残念だが無理強いはできないな」
しっかり断れた。これにてミッションコンプリートである。
しかし、赤谷君がまたもや声を上げようとする。
「あの、先生。やっぱり俺も……」
「はいはいはーい! 坂本さんがやらないなら私が学級委員やりたいです!」
何事か言おうとした赤谷君に被せるように、花園さんが大声を上げた。
「花園君、そんなに大きな声を出さなくても聞こえている。今の話は本当か?」
「はい! 私、一度学級委員ってやってみたかったんですよー」
「ふむ、それなら花園君に頼もうか。異論はないな?」
先生が教室を見渡すも、今度も特に文句を言う人はおらず、赤谷君も続きを言わなかった。
「それではこのクラスの学級委員は赤谷君と花園君に決まりだ。皆、彼らに協力するように」
先生の一声でぱらぱらと拍手が巻き起こる。
その後、それぞれの係や委員が順番に決まっていった。私は図書委員だ。事務仕事が苦手と言った口で立候補したものだから、先生が戸惑っていたように見えたが知ったことではない。だって嘘だし。
吉良先生から説明を受けたり教科書が配られたりして半日が過ぎ、無事オリエンテーションが終了した。と同時に花園さんが近づいてきた。
「綾音ちゃん、ありがとう! お陰で私の夢が叶いそう」
「お役に立てたみたいで何よりだわ。でも、よかったの?」
私が疑問を呈すると彼女は不思議そうに小首を傾げた。
「何が?」
「学級委員受け持っても。大変そうじゃない」
そう言うと、「ああ、うん。なりたかったからいいんだよ」と目を泳がせる彼女。もしかして私が学級委員を断りたがっていたことを知っていて、代わりになってくれたんじゃないかと思っていた私は気が気でない。
「無理しなくていいのよ? 何なら今から先生に頼んで役割を替えて貰っても……」
「わーわー! 余計なこ……ごほん。気を遣ってくれなくても大丈夫だから!」
両手をばたつかせて全身で制止しようとする彼女に、これ以上言っても仕様がないかと思い、口を閉ざした。代わりに心の中で感謝しておく。
「それよりも! 折角だから一緒に帰らない?」
花園さんがゲーム通り一緒に下校しようと言い出した。だがゲームのヒロインとは違い私には光太郎がいる。丁重にお断りさせて頂く。
「ごめんなさい、既に約束している相手がいるの」
「……へ?」
そう言うと彼女はぽかんと口を半開きにした。まるで予想だにしていなかったという感じで。
私は気にもせず、お別れの挨拶をして帰ろうとする。
「それじゃあ、さようなら」
しかしそんな私の腕を花園さんが掴んだ。彼女の方を見る。
「何かしら?」
「えーと、んーと……その相手って誰なのかなって」
必死な様子でそう尋ねてくる彼女に、不思議に思って尋ねる。
「あら、さっきの占いで何でもお見通しなんじゃないの?」
「あ、あはは……そこまで万能じゃない、みたい」
みたいって自分のことじゃないのか、と首を傾げた。すると教室の扉前から「おい、帰るぞ」と光太郎の声が聞こえてきた。
「ちょっと待って。という訳で、人を待たせているから」
そう言って、彼女の手を振り解く。案外あっさり外れたな、と思っていると。
「……」
彼女は頬を染めて、扉前を見ていた。正確には、扉前にいる光太郎を。
「へえ……」
思わず呟いてしまった。やっと彼にも春の風が吹いてきたらしい。
その場で固まっている花園さんを放置して、光太郎の下に行き学生鞄で叩く。そして彼に耳打ちする。
「よかったじゃない。来年はチョコ、一個多く貰えるかもよ?」
「は? 何の話……って置いて行くなよな」
「俺が待ってた側なのに」と文句を言う彼を放って先に進んだ。
帰り道。光太郎に今日あったことを報告する。
「……という訳で、学級委員にならなくて済んだの」
「ふうん。よかったな」
そう言う割に何かが奥歯に挟まったような顔をする光太郎。
「どうかした?」
「いや……何か臭うな、と」
言いながら口元に手を当てる彼を私は茶化した。
「自分の体臭の話?」
「違う。物理的な臭いじゃなくて、何て言ったらいいか……」
そこで首を横に振り、「いや」と呟く彼。そして私の目を見つめて言った。
「やっぱりお前は知らなくていい」
「何? そう言われると気になるんだけど」
「何でもいいだろ。それよりそいつだ。確か花園だっけか」
「そうよ。私の親友になるかもしれない筈だった子」
すると彼は真剣な声音で言ったのだ。
「そいつとはなるべく関わるな」
彼に忠告されるかのように言われて、私は若干頬を膨らませる。そして拗ねたように言った。
「言われなくてもわかってるわよ」
しかし彼はまた首を横に振りかけて、途中でやめた。代わりに頷く。
「そういう意味じゃない……が、今はそれでいいか」
「それより」と話題を変えようとする光太郎に合わせて頭を切り替える。
「結局お前は何係になったんだ?」
「私? 私なら図書委員だけど」
「はあっ?」
自分の委員を言うと、何故か盛大に驚かれた。その様子を見て、唇を尖らせる私。
「何よ、何か文句あるの?」
「いやない。ないけどこれは……」
「もう、はっきりしなさいよ」
彼にしてはさっきから曖昧な返事ばかりで、もやもやする。言いたいことがあるならはっきりして欲しい。
「俺は今、後悔している。お前ともっと係について話し合っておくべきだったと」
「どうして?」
「俺、学級委員になったんだ」
「え……何で?」
あの面倒なことは頼まれないとやらない光太郎が、どうしてわざわざ仕事が多い学級委員なんかになったのか。理解できず尋ねる。
「何でも。どうしようもなかった。それでだ、これからは多分一緒に帰れない日も増えると思う」
「ごめんな」と眉を下げて笑う彼を見て、今度は私が首を横に振る。
「どうしてあなたが謝るの。あなたは何も悪くないわ」
「そうだな、そうだけど……」
どこか遠くを見つめて、彼は言った。
「またあいつに怒られるなあ……」
「あいつって、誰のこと?」
その疑問に答えはなかった。




