5.親友キャラ
お風呂から上がると、スマートフォンの通知ランプが光っていた。もしかして、と期待するようにスリープを解除すると、果たしてそこには光太郎からのメッセージが。わくわくしながらアプリを立ち上げる。
「ええっと、何々……」
『今日言ってた話だけどな、俺の中で考えが纏まったからお前に伝える』
『多分、大筋のストーリーはそう簡単には変えられない』
『だけど、恐らく細部を変化させること自体はそんなに難しくない』
『その方法はお前が言うところの俺みたいなイレギュラーな人間が、何らかの行動で物語に干渉することだ』
『これはもしかしたらそのイベントのシナリオに関係ない奴でも可能かもしれない』
『でもまあ取り敢えずだ。それを繰り返すことで、もしかしたら物語を覆すこともできるかもしれない』
『塵も積もれば、って奴だな』
そこまで読んで気になった点を、彼に尋ねようとメッセージを送る。
『「何らかの行動で物語に干渉」って、具体的にはどうするの?』
答えはすぐに返って来た。
『例えば本来物語にはないタイミングで登場人物にアドバイスをするとか』
『なるほど。それじゃあ細部を変化っていうのは例えば?』
『攻略対象に予定とは違う行動を取らせるとかだな』
ふむ。確かにイレギュラーな存在の忠告によって異なった行動を登場人物に取らせ続ければ、自然と物語も異なってくるだろう。筋は通っている。と、そこで私は一番気になっていたことを彼に聞いた。
『根拠は?』
『何だ、疑ってるのか?』
『そういう訳じゃないけど、やけに断言するなと思って』
そう返信すると、次のメッセージが届くまでに少し間が開いた。
『勘だ』
『え、勘? 何だかあなたらしくないわね』
『別に。たまにはお前みたいに考えてみようと思っただけだ』
『誰が勘だけで生きている野生動物よ』
『誰もそこまで言ってないだろ? 思ってるけど』
『明日、覚えておきなさいよ』
そこで、『がおー』と怒っている虎のスタンプを送る。すると彼は『はいはい』と呆れたような様子で首を振っている狐のスタンプを送ってきた。
『それよりも、だ。これを踏まえて作戦を練り直すぞ』
『わかったわ。確かまだ授業はなかったわよね?』
『ああ。明日学校が終わったら、いつものカフェで落ち合おう』
『了解』
そうして、スマートフォンをスリープモードに戻した。
次の日。流石に効果がないとわかっているのに、自らいつもと違う格好をする気にはならず、普通に制服を着る。不揃いな三つ編みにはしないし、眼鏡もかけない。普段通りの自分がそこにいた。
「この姿を見せたら、吉良先生に失望されるかしら?」
大歓迎だ。
昨日と同じく、迎えに来た光太郎と共に登校する。その最中、彼に尋ねられた。
「そういえば、本来のゲームの主人公の性格って、やっぱりお前とそっくりなのか?」
「……何とも言えないわね。違う気はするけど」
「何でだ?」
首を傾げる彼に、この世界の元になっているらしきゲームのヒロインについて話をする。
「このゲームのヒロインって無個性だったの。選択次第で言動がころころ変わるというか」
元来ゲームの主人公というのは二通りのタイプが存在する。個性的な主人公と無個性な主人公だ。個性的な主人公は感情移入しにくいが物語に組み込みやすくなるし、対して無個性な主人公は感情移入しやすくプレイヤーに受け入れられやすいが存在感が薄くなりやすい。時には無個性主人公は、気づいたら物語の蚊帳の外にいた、なんてこともある位だ。そんな無個性主人公は、選択肢にて自己を主張する。プレイヤーに主人公の意思が全て委ねられているのだ。どのような性格になるかはプレイヤー次第で、『私』の性格に似せようと思えばできるかもしれない。
何故普段ゲームをプレイしない私がこんなに詳しいのかと言えば、それは偏に前世の記憶のお陰である。……正直、今後必要になると思えない知識だ。
「例えば好きですって言った側からその相手を蹴るなんてこともできるって前話したわよね?」
「物凄い豹変振りだよな。まるでお前みたいだ」
そう嘯く彼に若干いらっとする。私はそのまま彼を蹴った。
「……好きですっ」
「ぐえっ、いきなり何すんだよ?」
失礼なことを言うので実践してやっただけだ。
因みにしょっちゅう私が光太郎を痛めつけているように思われているかもしれないが、それは彼が大袈裟に反応するからそう見えるだけだ。実際はかなり手加減しているのでそこまで痛くない筈。私たちなりの戯れ合い方である。
それにもし本気で私が制裁を加えたら、恐らく声も出せない。出させない。
とはいえ、プレイヤー次第とはいうものの、そんな選択肢を用意する製作者側はどうかしていると思う。そして、そういう選択肢ばかり率先して選んでいた前世の私も。
「しかし、その選択肢はある意味罠だよな……まさか好感度が上がるとは誰も思わないぞ」
「理由があるとはいえ、意外よね」
「やっぱりそいつ、実はマゾヒストなんじゃないのか?」
「そうじゃないと思うけど……多分」
心底気味悪そうな顔をする光太郎に自信なさげに答える。
実は先程の『蹴る』という選択肢、これが驚いたことに正解なのだ。そんな引っ掛けのような選択があると聞くと、一見難しいゲームに思われるかもしれないがそこはそれ、蹴るという選択肢以外に、まともなもので大正解も存在する。一応ネタ選択肢を一番に据えない分別のよさは製作者側にもあったらしい。
まあ前世では必ずと言っていい程蹴っていたが。何故それを選ぶ。
「そろそろ学校だな。念の為に話を切り替えるか」
そう言って、世間話に話題をシフトさせる光太郎。それに合わせて、私も前世のことは忘れて最近あった出来事を頭に思い浮かべることにした。
光太郎と一緒に確認した所、彼の所属するA組と私の所属するB組は隣同士だった。どうせ同じクラスになんてなれないのだから、教室が近い位置にあるだけでも喜んだ。折角なのでそのまま一緒に教室まで行くことにする。
とりあえず、何とか攻略対象と鉢合わせずに教室に入ることができた。まあこのタイミングではイベントは起きない筈だし、いざという時の光太郎もいるので、あくまで念の為の警戒であるが。
黒板に席順が書かれていたので、それに従い自分の席に座った。その時、誰かの視線を感じそちらを見る。果たしてそこにいたのは、昨日入学式が始まる前に睨みつけてきた少女だった。
「……」
「……はっ」
彼女は最初両目を真ん丸にしてこちらを見つめていたが、しばらくして我に返ったようだ。手鏡で自分の顔を確認すると、よし、とばかりに首を一振り。そしてこちらにやって来た。
「初めまして! 私、花園麻由って言うの! あなたのお名前は?」
「……こちらこそ初めまして。私は坂本綾音よ」
「綾音ちゃんって言うの? これからよろしくね!」
「ええ、よろしく」
そう淡々と返しつつ、心の中は動揺で一杯だった。何故彼女は今、自己紹介しているのだろう。だって彼女の出番はもっと後、今日のオリエンテーションが終了して帰ろうとした所に接触して来るというものだった筈なのに。このタイミングで話しかけて来るなんてフライングにも程がある。
「昨日の入学式の時いなかったよね? お休みしてたの?」
「え? いたけど……」
「えっ、嘘だー! こんな可愛い子、私が見逃す筈ないよ!」
そう言って馴れ馴れしく手を握って来る彼女。そういえばこの子は可愛いものには目がないという設定だった。確かそれで入学式の時にヒロインを見初めて、友人になろうとして来る。所謂ヒロインの親友ポジションという奴だ。
彼女の役目は主人公の為にヒーローの情報を流すことである。そしてヒーローと主人公をくっつける為に色々画策するのだ。時に攻略対象と二人っきりにしてみたり、時に二人の障害として立ち塞がったり……。その方法は多岐に渡る。まさしく恋のキューピッドとは彼女のことだと思う。
しかし今回はそんなサポートは全く必要ない所かこちらから願い下げだったので、彼女との接触もなるべく控えようという話になっていた。それなのに、と彼女を見やる。何となく次に言われる言葉がわかった気がした。
「ねえねえ! 友達になって?」
「丁重にお断りするわ」
「ありが……ええっ! 何でー?!」
納得いかないという風に唇を尖らせる彼女を無視して、頬杖をつきそっぽを向く。そんな私を気にもせず、彼女は話し続けた。
「ねえ、冗談だよね?」
「……」
「……私何か気に障ること言っちゃった?」
言っちゃったというかこれからするのだが。そうとは言えず、しかし今にも泣きそうな声を上げる彼女を放っても置けず。はあ、と溜息一つ。どうせ柴﨑先輩の時のように、認めなければ彼女は離れてくれないだろう。
「……わかったわ。友達になりましょう」
「え、本当に?! やったー!」
彼女の方に向き直り渋々認めると、彼女は大輪の花を咲かせた。そして去っていくのかと思いきや、まだ喋り足りないらしい。彼女は話し続けた。
「実はね、私占い得意なの!」
「へえ」
彼女にそんな設定あったっけ、と思いながら気のない返事をする。
「友達になってくれたお礼に一つ占ってあげる!」
「そう」
「いくよー、えいっ!」
そう言うと彼女は私の手を離し、両手を広げてこちらに向けた。え、と思う。普通こういうのって何がしかの道具を使うものなんじゃないのか、そんな簡単にできてしまっていいものなのかと疑問を抱いたが、そういえばと思う。
彼女は普通知り得ないことまで攻略対象のことを知っていた。単なるゲーム的な都合かと思っていたが、もしかしたらゲームの彼女もこうして情報を手に入れていたのかもしれない。
ただでさえ突っ込みが追いつかないゲームだったのでどちらでも当て嵌まりそうな気がした。
「ふんふん、なるほど……」
「……それで、結果は?」
それでも期待はせずに促す。すると彼女は……。
「あなたには、女難改め男難の相が出ています!」
とてもいい笑顔で、そんなことを言ったのだった。




