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夏祭り当日。私は既に待っていたアヤお姉ちゃんの元に駆け寄る振りをする。お姉ちゃんが苦笑しながら……でも少し嬉しそうに私に注意する様を見て、私も嬉しくなった。
私が『馬鹿』というか素直な振りをするにあたって、今までの態度も改めてもう結構経つ。姉や幼馴染みの前ではひたすら明るく、元気いっぱいな……よく言えば天真爛漫、悪く言えば年齢の割に幼い言動を意識的にするようにしていた。
最初それは素直さに説得力を持たせるために行っていたことだったが、ある時私は気がついた。私がそういう態度でいるとお姉ちゃんが嬉しそう、というか安心したような表情をすることに。
理由はわからなかったが、お姉ちゃんが喜ぶのであれば私にとってはこれ以上ないことで。例えこの行動を取り続けることで自分にダメージが入り続け、マコお兄ちゃんからたまに蔑んだような視線を送られたとしても、止める気はない。
いつものメンバーが揃ったので、私たちは鳥居をくぐり参道を歩いていた。端に寄りながら屋台を物色する。
私はお姉ちゃんと一番前を歩きながら他愛もない話をしていた。しかし頭の中は先ほどのアヤお姉ちゃんの発言とその後のやりとりについて考えることで一杯だった。
アヤお姉ちゃんが『あの時』のことを覚えているかもしれない。それはまあいい。問題はその事実に私だけでなく光太郎お兄ちゃんとマコお兄ちゃんまで反応していたことだ。
光太郎お兄ちゃんが言おうとして、マコお兄ちゃんに遮られた言葉が何だったのか。いろいろ候補は上がるものの、すっきりする答えは見つからなかった。
「あら、お面屋台。懐かしい」
「……っ。どこだ?」
お面屋台の話がアヤお姉ちゃんの口から出た。それに光太郎お兄ちゃんが反応する。私はお姉ちゃんとの会話から後ろの会話に意識を移した。
「昔は光太郎と真、二人ともお面してたこともあったわよね」
それを聞いて私はやっぱり、と思った。アヤお姉ちゃんはあの時の夏祭りをまだ覚えている。
そこで会話は一度止まった。やがてマコお兄ちゃんが徐にアヤお姉ちゃんに尋ねたのは。
「綾音ちゃん、その時の僕らのお面、どんなのだったか覚えてる?」
まるで確認するかのようなその質問にアヤお姉ちゃんは最初悩んでいるようだったが、「光太郎が狐で真が狸」と答えていた。それを聞いて私は安心する。アヤお姉ちゃんも言うんだったらほぼ確実だ。私が記憶違いをしている可能性は潰えた。
しかしその答えに対し光太郎お兄ちゃんが何かを言おうとする。
「ああ、だけど……」
私は驚いて振り向く。光太郎お兄ちゃんの発言はやはりマコお兄ちゃんに遮られてしまったが、私にはそれで十分だった。
『だけど』って何だ。まるで例外があったかのようじゃないか。
「綾音ちゃん、ミツが狐で僕が狸。それは忘れないでね?」
わざわざマコお兄ちゃんがアヤお姉ちゃんに念を押す姿がちらりと見えて。私は疑惑が膨らむのを抑えることができなかった。
参拝を済ませていつものように皆でおみくじを引く。私は大吉で、思わず声をあげてしまった。ただ総評は『真実について気づきが得られる。間違えるな』というもので、あまり大吉っぽくないなと思った。思いつつも嬉しいという表情を崩さないようにして、恋愛欄をどきどきしながら見る。
『近く将来が定まる』
短く書かれたそれを見て私はこっそり唾を飲んだ。もしこれが本当なら、私は近い将来一緒になる相手が決まるということで。占いを信じているわけではなかったけれど、私も年頃の乙女だ。胸が高鳴った。
その相手が光太郎お兄ちゃんだったらいいな、と何となく思った。
たこ焼きと焼きそばを買い終わり、私たちは食べるところを探していた。同時に私はある屋台も探していたが、これが見つからない。私が思わず嘆くとアヤお姉ちゃんが反応したので、理由を告げる。
「あのベビーカステラの屋台。今回はやってないのかなあ?」
実はこっそり探し続けていたのだが、似たような屋台はそれなりに見かけたものの、肝心のベビーカステラの屋台が見つからない。かなり派手な屋台で、目を引いたから買ってみようと思った経緯があるので見かけたらすぐにわかるはずなのだが。
アヤお姉ちゃんが今から探しに行こうと提案してくれた。しかしそれをマコお兄ちゃんと光太郎お兄ちゃんが却下してしまう。
彼らの言い分は最もだ。アヤお姉ちゃんは前から変な男に絡まれやすい。実際最近もストーカー被害にあっていたらしいと梓と愛奈から聞いた。そんな彼女が横道に逸れて、万が一はぐれたりなんてしたらどうなるかわかったものじゃない。
これは諦めるしかないかもと思っていると、お姉ちゃんが突然手を叩いた。そして私たち姉妹だけで探しに行けばいいと言い出す。しかしそれも光太郎お兄ちゃんが却下した。
そのまま二人は言い合いを始めてしまう。段々険悪になる雰囲気。私は慌てて言った。
「お姉ちゃん、光太郎お兄ちゃん。私ならいいから。今回は諦めるよ……」
本当は探しに行きたいが、二人が喧嘩するくらいなら諦めた方がましだ。そう思って言ったのだが、そこに大きなため息をつく人間が一人。
つられてそちらを見るとその人はマコお兄ちゃんで、彼は花火までの時間を光太郎お兄ちゃんに確認すると、自分が一緒に行くと言い出した。
私が戸惑っているうちにマコお兄ちゃんはあっさり話をまとめてしまう。そして私たち姉妹の背中を押して歩き始めた。
「香澄さん、リン。これは『貸し』だから」
余計な一言を私たちに囁きながら。
しばらく歩いたところで突然マコお兄ちゃんが話を切り出した。
「それにしても香澄さんは変わりましたよね」
「そうかしら?」
隣を歩くお姉ちゃんが反応する。私は少し後ろから、マコお兄ちゃんが頷くところを見た。
「ええ。昔だったらミツの言うことは何でも聞いてたじゃないですか。でもさっきはちゃんと反抗していたので」
マコお兄ちゃんの話を聞いて、そういえばと思う。昔のお姉ちゃんは光太郎お兄ちゃんの言いなりだった。それはいくら好きだからとは言えちょっと従順すぎないかと心配になるほどで。だから私は馬鹿にしていたのだ、付き合うにしても対等でなければ意味がないだろうと。
だがさっきはどうだ。お姉ちゃんは光太郎お兄ちゃんに反論してまで自身の意見を押し通そうとしていた。光太郎お兄ちゃんと険悪になっても構わずに。
お姉ちゃんは少し戸惑っていたようだが、やがて口を開く。
「……そうね。私も反省したのよ」
そう言うお姉ちゃんはどこか悲しい、寂しそうな笑みを浮かべていた。
マコお兄ちゃんは話を振っておきながら興味なさそうに「ふうん、そうですか」と返していたが、ふとこぼしたのは。
「まあいい変化だと思いますよ。少なくともあの頃よりはずっとましです」
なんて上から目線なんだと私はついマコお兄ちゃんに怒りそうになった。しかしその前にお姉ちゃんがいつもの笑みで応じた。
「そう? それならよかったわ」
お姉ちゃんが何とも思っていなさそうなので、私は何も言えなくなってしまった。
そのベビーカステラの屋台は少し脇道にそれたところにあった。見つかってよかったとほくほく顔で紙袋を受け取る。
「よかったね、リン」
後ろから声が聞こえて振り向くとそこにはマコお兄ちゃんがいて、いつもの微笑みを浮かべていた。
「うん! マコお兄ちゃん、付き合ってくれてありがとう!」
私も今日ばかりは本物の笑みで応じる。すると彼はこちらに近づいてきてこっそり囁いた。
「うまく再現できるといいね。ミツが気に入ってたそれ」
「うっ……」
私は羞恥で顔を赤くする。内心『ばれてた、何で?!』という気持ちで一杯だった。
そう、このベビーカステラ。私が惚れ込んでいるから再現したがっているのだと皆は思っているが、実はそうではなく。光太郎お兄ちゃんに一つあげたところ、『思っていたより美味いな』と呟いていたから、今度は私の手で作ったものをあげたいなと思ったからだったりする。
ベビーカステラ風であれば何でもいいかとも思ったのだが、実際にホットケーキミックスで作ったものとここのベビーカステラは何かが違った。端的に言うと私が満足いかなかった。だからここの味そのままか、それを超えるほど美味しいと思えるものができるまで光太郎お兄ちゃんにはあげないと決めている。
割と誤魔化せていると思っていたのに、マコお兄ちゃんにはお見通しだったらしい。うー、と気恥ずかしさから若干マコお兄ちゃんを睨んでいると。
すっと彼の手が伸びてきた。そして少しためらった後、私の頭をぽんぽんと撫でる。
「頑張ってね。僕も応援してる」
そう言いながら笑う彼の姿が何かと重なった気がした。
戻ってきて、皆でご飯を食べながらも私は先ほどのことばかり考えていた。先ほどのこと、というのは勿論マコお兄ちゃんに頭を撫でられたことである。
マコお兄ちゃんが私の頭を撫でることなんてあるんだ、という純粋な驚きもあったが、それよりも。あの撫で方が私の中で気になって仕方がなかった。
少しためらってからというのは、まさにあの時、私を探しにきた狐のお面の彼と撫で方がそっくりだ。それに加えて今日最初の方で、わざわざアヤお姉ちゃんに念押ししてまで自分が『狸』であることを強調していたこと。後ついでに頭をかすめたのは今日のおみくじ結果……『真実について気づきが得られる』というもの。
全てがつながって、私はようやっと気がついた。
光太郎お兄ちゃんが私の頭を撫でるのにためらったことなんてないことに。それはあの夏祭りより前の素直じゃない私に対しても、彼は遠慮なく撫でていた。
どうして気がつかなかったのだろう。あるいは気付きたくなかったのかもしれない。光太郎お兄ちゃんが私を探しに来てくれたと思いこみたかったのだ、私は。
マコお兄ちゃんの提案で、私たちは射的屋台までやってきていた。といっても私たちには関係ないので、近くで待つ。隣にヨーヨー釣りの屋台もあって、懐かしいなと思っていると。
アヤお姉ちゃんが何者かに手首を引っ張られた。驚いて振り向くとその先には光太郎お兄ちゃんがいて。そのまま駆け出すのにつられてアヤお姉ちゃんが駆け出していく。
「綾音ちゃん!」
「光太郎お兄ちゃん?!」
マコお兄ちゃんと一緒になって声を上げるも、既に彼らの姿は見えなくなっていた。私は思わず追いかけようとしたが、その前に手首を掴まれる。思わず振り向いた。
「リン、落ち着いて。またはぐれたらどうするの? 今度は……」
そこではっとしたように口を閉ざす彼の姿を見て、私は確信した。
「『今度は』……って何? 何を言おうとしたの?」
「いや、何でもない。気にしないで」
それでもはぐらかそうとする彼を見て、心を決める。そして、彼の『嘘』を暴くために口を開いた。
「ねえ、私がはぐれたあの時。探しにきてくれたのはもしかして……」
「『光太郎お兄ちゃん』」
私の言葉に被せるようにマコお兄ちゃんは言った。
「あれは『光太郎お兄ちゃん』だよ。探しに行ったのはミツだ」
そうはっきりと言い聞かせるように。しかし目を逸らしながら、彼は言い切った。
私は泣きそうになりながらも、何とか声を絞り出す。
「……そっか」
ああ、やっぱり。探しにきてくれたのは、きっとマコお兄ちゃんだ。光太郎お兄ちゃんはやはりアヤお姉ちゃんの側を離れていなかったのだ。
私たちはそのまま、お姉ちゃんが「とりあえず二人に連絡しておいたわ」と声を上げるまで何も喋らないままだった。
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