3.入学式(2)
またもや作戦が失敗に終わったことを光太郎に話す。そして彼と私は肩を落としながら、入学式の会場に向かって歩いていた。
「まさか吉良先生があそこまで鈍いとは思わなかった……」
「見た目からしてそうかなと思ってはいたが、あの人、絶対に女子のおしゃれに疎いよな」
「ええ。もう少し女の子の姿形に気をやって欲しいものだわ」
まあ私の場合、褒められたかったんじゃなく叱られたかったのだが。
ふと、先程の光太郎と見知らぬ女子のやり取りが頭に浮かんだ。何となく気になっていたことを尋ねてみる。
「そういえば、さっきの女の子とは知り合いだったの?」
「いや、自己紹介もまだだが。何でそんなこと聞くんだ?」
「いえ、まるで彼女の名前がどこにあるかわかっているようだったから」
てっきり、既に名前を知っていたから、彼女より先に見つけてヒントをあげたのかと思ったのだが。光太郎の反応を見る限り違うらしい。
「じゃあ何で、一番左にあるってわかったの?」
「んー……何となく? あいつの位置から一番見えにくい場所を示しただけだ」
「そういうのって大抵見てない所にあるものだろ?」そう言って口端を持ち上げる彼を見遣り、何となく腑に落ちないながらも納得した。
「それより、次だ。確かクラスメイトになる予定の男子だったか」
「ええ。赤谷君ね」
彼は何と、私に一目惚れしてくるキャラである。柴﨑先輩のような人が私は一番苦手だが、初対面時から惚れられるのも御免被りたい。よって今回の対策は、彼に私の顔が見られないようにするというものだった。その為の伊達眼鏡である。
「予言してやる。絶対途中で外れる」
「ちょっと、不吉なこと言わないでよ」
「いっそサングラスにするべきだったか?」
「……それでも外れたら意味ないんじゃない?」
真剣に悩む光太郎に冷静に突っ込みを入れていると、記念会館の入り口が見えてきた。今日はここで入学式が執り行われる予定である。
そこで彼は立ち止まり、手を挙げて言った。
「まあ今回は俺は手出しできない。せいぜい頑張れ」
「ええ、任せておきなさい」
どん、と胸を叩く私に彼は心配そうな視線を向けるも、貼られた紙を確認するとさっさと自分のクラスの場所に向かって行った。私も早く確認して、自分のクラスの所に行かなくては。
因みに、私と光太郎は別のクラスで、彼はA組である。しかしそのことは別に予想外でも何でもなくて、よって残念でもない。何故ならば……。
ふと、紙を見つめる私の隣に誰かが立った気配がした。何となくそちらを見る。
「……っ」
そこにいたのは、件の赤谷君だった。彼も席を確認しに来たらしく、私と同じく紙を眺めていた。ちょっと、こんな所で出会うとか聞いてないんですけど、と内心動揺していたが。
「……」
「……あ、行っちゃった」
彼は私に目をくれることもなく、普通に自分の席に向かって行った。そのことにほっと胸を撫で下ろし、同時にこの眼鏡は有用であることがわかり思わずガッツポーズをしてしまった。正直ここまで全く自分の変装が功を奏していなかったので、若干自信を失くしかけていたのだ。これならいける、と確信した。
それがよくなかったのかもしれない。
「何言ってんだよ、馬鹿じゃねーの?」
そう言ってふざける男子生徒がこちらを見ずに腕を伸ばす。気分よく入場を果たした私は、油断していたせいでその腕を避けることができなかった。手が顔に当たる。その拍子に外れる伊達眼鏡。かしゃん、と空虚な音がした。
「きゃっ」
思わず声を上げる。そして慌てて眼鏡を拾うためにしゃがもうとした。しかしその前に私の眼鏡を拾う手があって。
「大丈夫か?」
そう言って私に眼鏡を手渡そうとするのは件の赤谷君で。目と目が合う。私は心の中で呪った。どうして前を歩いているのが彼で、拾ってくれたのが彼なんだ。いや確かに向かう先が一緒なのだから当然ではあるのだが……。
「……っ!」
顔を真っ赤に染め上げる彼を見て、ああ、と思った。光太郎が余計なことを言うから、本当になってしまったじゃないか。しかも、最悪のタイミングで。
私に眼鏡を差し出す形で固まる彼に、いたって平坦な声で言った。
「拾ってくれてありがとう。それじゃあ」
「あっ、ああ……」
ほとんど放心状態の彼は言われても立ち上がる気配はない。
私は眼鏡を掛け直し、立ち上がった。そしてそのまま彼を通り過ぎて自分のクラスの所に向かう。確か今日はクラス毎に場所は決まってはいても席は自由だった筈だ。今後のことも考えると、なるべく壇上から離れた所に座りたい。そんなことを思いつつ、赤谷君のことは頭から追いやった。
何とか空いている席を見つけ、そこに座る。ふと、視線を感じた。そちらを見ると、一人の少女がこちらを睨みつけていた。え、と不思議に思う。彼女には見覚えがある。当然だ、だって彼女は……。
私が見ていることに気づくと、彼女はふんっとばかりに前に向き直り、そして誰かを探すようにきょろきょろと周囲を見回し始めた。
……何をしているんだろう。考えてもわからないので彼女のことも頭から追いやった。
しばらくして、入学式が始まった。この手のイベントはいつまで経っても慣れない。でも、校長先生の長話に慣れきってしまうのも、それはそれで問題な気がした。
誰にも気づかれないように欠伸を嚙み殺しながら、そろそろか、と緩んだ緊張の糸を引っ張る。
「在校生代表、どうぞ」と呼ぶ声に応えて、現れたのは……。
「諸君、この度は入学おめでとう! 生徒会長であるこの俺様から直々に祝いの言葉をくれてやろう!」
そう偉そうに胸を張るちびっこ……もとい生徒会長であった。そして、ここまでキャラが濃い男子が、ヒロインである私と無関係な筈がない。そう、もうおわかりの通り、彼はヒーローの内の一人だ。因みにこの外見で年上である。
どっちもあり得ない……と思うのだが、事実である。前世の私は何を思ってこのゲームをやり込んだのか。プレイ中は基本的に爆笑していたので、前世の私も大概性格が悪いというのだけはわかるが。
「この学校に入った諸君は幸運だ。何故ならこの俺様が生徒会長なのだからな! どうだ、俺様を崇めてもいいんだぞ? わーっはっはっ!」
いや理由になってないし、ここの新入生はまだあなたの功績を知らない人ばかりだと思うんですけど……と思っていたら、いつの間にか会長の隣に立っていた女生徒が彼に何事かを耳打ちしていた。
「……む、あまり時間がない? そうか、それなら用件を手短に伝えよう」
そこで溜めを作ると、彼は拳を突き上げる。
「我が生徒会は今期のメンバーを募集している! 我こそはと思う者、大歓迎だ! 生徒会室まで来てくれ、以上!」
言い終えると、会長は壇上から降りて行った。入学式の祝辞で生徒会に勧誘をする人間などいないと思っていたのだが、私の世界が狭かっただけらしい。
それはともかく、彼との出会いイベントはこれにて終了だ。このまま生徒会室に行かなければ、彼と話すことは基本的にない。ある意味一番安全と言える。性格は意味不明だが、こればっかりは評価したい。
それ以降もつつがなく式は進み、無事入学式は終了した。
その後、すぐに光太郎と家族と合流し、記念写真を撮って帰宅した。そして、彼と約束した通り近所のカフェで落ち合った。今はそのカフェで今日の反省会をしている。
「じゃあ結局赤谷って奴とのイベントは避けられなかったのか。まあ予想通りだが」
「不甲斐ない自分を責めたい気分だわ……」
「あのとき油断さえしなければ……」と打ちひしがれている私に、光太郎は言った。
「思っていた以上に運命の強制力ってのは凄いんだな」
「本当に、そう思うわ……」
「まあこれで、お前の言っていることは妄言でないと一応は証明された訳だ」
「信じてくれてなかったの?」
信じられない、という顔で彼を見る。そうすると彼は呆れたように言った。
「いやいや、信じてた信じてたー」
滅茶苦茶棒読みだった。絶対信じてなかっただろう。
でもまあ、今更である。
「それじゃあ、話を戻して」
「取り敢えずは今後のことだな。今のままだと八方塞がりだ」
「だが……」と口元に手を当てる彼を期待した目で見る。
「何? 何かいい方法があるの?」
「……ああ、まあ一応は」
「聞かせて」
瞳を輝かせながら身を乗り出す私をどうどうと宥めながら、彼が口を開きかけた、丁度その時。私の携帯が音を鳴らした。
「……先に見ていいぞ」
「ごめんなさいね」
確認すると、『彼』からメッセージが飛んできていた。慌てて返信する。
『始業式、やっと終わったよ。君の方は?』
『私の方はもう終わった。今は光太郎と近所のカフェにいるの』
『近所のカフェってあそこだよね。折角だし、僕も行っていい?』
『いいわよ。光太郎にも伝えておくわ』
「という訳で、真もここに来るわ」
そう言うと彼は少しうんざりしたような顔をして、しかしすぐに無表情に戻ると。
「何が『という訳』なのか俺にはわからないが、そうか。じゃあこれにて一旦反省会はお開きだな。さっき言おうとしたことは、正直纏まってないから後でメッセージでも送る」
私はどうしてそんな表情をしたのか聞こうか迷ったけれど、流した。代わりにお礼を言う。
「ありがとう。まだ役に立つかはわからないけど」
「……お前な、感謝するなら素直にそうしろよ」
そう文句を言う彼に、誤魔化すように笑いかけた。




