20.生徒会会議
その日の休み時間。花園さんが教室から出て行った途端、赤谷君が近づいてきた。
「……なあ、花園にあのこと言ってくれたか?」
『あのこと』とは恐らく赤谷君に呼び出されたときに言われたことだろう。私は首を振った。
「ごめんなさい、まだ言えていなくて……」
「そうか。まあ花園はあの調子だし、最近は余り寄ってこなくなったから別にもう言ってくれなくてもいいぞ」
「……そう?」
「ああ。別に俺は花園のことを嫌っている訳じゃないしな。……鬱陶しいとは思っているが」
そう告げると、彼は自分の机に戻っていった。
そして、放課後になった。私は教室の掃除を終わらせると待ってくれていた光太郎に話しかける。
「光太郎、お待たせ」
彼は持っていた本を閉じると仕舞う。そして私に笑いかけた。
「それじゃあ、生徒会室に行くか」
生徒会メンバーが全員揃ったことを目で確認すると、会長が立ち上がり高らかに声を上げる。
「皆席に着いたようだな。それでは今日の議題を発表する」
そう言うと会長はホワイトボードに文字を書いた。そしてばんっ、と白板を叩く。
「今日は『生徒会主催イベント』について話し合おうじゃないか!」
言い終えていつものようにふんぞり返る会長を前に場が静まりかえる。いやいや前回の『美化委員のサボり問題』から話題が飛びすぎだろう。というか何だ生徒会主催イベントって。
と、心の中で突っ込みを入れていたら、ふとゲームのことを思い出した。そうだ、ゲームの設定で確かそんな話が……。
私が何かを思い出そうとしている間に、副会長が手を上げて発言する。
「会長。議論を始める前に一つ質問があります」
「何だ、椿」
そして彼女はいつものように淡々と、会長に疑問を呈した。
「これは決定事項ですか?」
「ああ。開催にあたって否は認めない」
厳かに告げる会長に私は耳を疑った。いつもは『決行するかどうかも含めて検討する』とかそんな感じなのに。
しかし、その言葉でスミ姉と柴﨑先輩にかかっていた魔法が解けたように、二人とも話し始めた。
「あら会長、それはとても楽しそうですね。宣伝のし甲斐がありそうで」
「そうは言うけど橘ちゃん、開催費用はどうやって捻出するのさ」
「それは会計の柴﨑君の手腕にかかってるわね」
笑顔で茶化すスミ姉に苦言を言いつつも、やはり同じように笑っている柴﨑先輩。どちらもすっかり会長の言を受け入れているようだった。急な展開について行けていないのは私と光太郎の二人だけらしい。
「開催するのは決まりみたいですが、具体的に何をやるのかは決まっているんですか?」
……訂正。光太郎は早くもこの場の空気を察し、議論に参加していた。置いて行かれているのはどうやら私だけのようだった。
「坂本光太郎。それは今から皆で案を出して決めようと思っている」
って何するか決まってないのか、それじゃあ完全な見切り発車じゃないか。ある意味この会長らしいと言えばらしいが……。
とそこで心の中で首を振る。今考えるべきはそのことよりゲームの設定についてだ。確かあのゲームでも生徒会主催と銘打たれたイベントが存在したはず。
「イベントと言ってもいろいろありますが、私たちが開催できる規模のものというと……なかなか思いつきませんね」
「ある程度は俺様が援助しよう。規模についてはこの際考えなくていい、柔軟な意見が欲しい」
そう、あれも会長が突然言い出したという設定だった。何故言い出したのかまでは分からなかったが、前世の私はこう思ったのだ。きっとゲーム内のイベントを増やすために作られた設定なのだろうと。
「ハンドメイド教室とか、お料理教室とかはどうかしら?」
「橘ちゃん、それは女子受けはいいかもしれないけど、男子は興味ないんじゃないかな」
じゃあそのイベントって何だったっけ、くそう喉元まで出かかってるのに。あと少し、何かヒントさえあれば……。
「会長、開催する時期は決めてたりしますか?」
「うむ、俺様は長期休み直前がいいのではないかと思っている。ただ夏休み前となると用意する時間がない。かといって春休み前は卒業式などで忙しい。ということで冬休み前が狙い目だと……」
そうだ、あのイベントは冬だった、ということは……。
「クリスマスに仮面パーティー!」
その声はいつもより大きく、生徒会室に響き渡った。しまった、と思ったときにはもう遅く。メンバー全員が私を見ていた。体中から冷や汗が出るとはこういうことなのかと全身で理解する。
「……あ、あのすみません。今の発言は」
「面白い!」
慌てて撤回しようとする私に被せるように会長が大声を出した。
「クリスマスを開催時期とするのは俺様も考えていた。丁度二学期の期末試験が終わるのもそのぐらいだしな。だが仮面という発想はなかった」
その言葉に追随するようにスミ姉と副会長、柴﨑先輩が次々と発言する。
「アヤちゃん、それってもしかして仮面舞踏会から来てたりする? いいわよね、私も憧れちゃう」
「仮面を付けるのであれば、普段人前に出るのを躊躇う生徒であっても出席しやすくてよさそうですね」
「パーティー形式なら男女共に参加し易いだろうし、僕は賛成」
最後に光太郎が一言告げた。
「俺も賛成です。……くく」
笑いを堪えながら。……後で絶対絞める。
最後に生徒会長が、決定の合図をした。
「それでは坂本綾音案の『仮面パーティ』に決まりということで、これから細かいところを詰めていこうじゃないか!」
「ねえ、アヤちゃんに光太郎ちゃん。今日は驚いたんじゃない?」
光太郎とスミ姉の二人と下校中、突然スミ姉が話題を変えてきた。それにいち早く反応する光太郎。
「ああ。会長、言動の割にいつもはあんなに強硬姿勢じゃないよな。スミ姉たちはあんまり動じてなかったけど」
「うーん、私たちは慣れちゃったのね、きっと。会長がたまに強引にことを進めるのは前からだから」
「それはいつもじゃないとは言え大変じゃない?」
会長は周囲の人間を振り回す癖がある。しかも無自覚じゃなくて自覚的に行っている節があるから厄介だ。だけどスミ姉は笑って。
「大変かもしれないけど、でもねアヤちゃん。その内に楽しくなってくるのよ、次は何をするんだろうって。巻き込まれるのも悪くないって思えるぐらいにはね。それに」
そこで一旦言葉を区切ると私に向かって微笑むスミ姉。
「会長は多分、アヤちゃんの意見が欲しかったんじゃないかしら?」
「私の?」
一体どういう意味だろう。考え込む私を尻目に光太郎が呟く。
「ああなるほど、だからか」
「ええ、だから会長も嬉しかったんじゃないかって……まあ完全に私の憶測に過ぎないけれど」
二人は理解しているようだったが、私は未だにわからないままで。何となく悔しかったから光太郎を蹴ろうとして……側にスミ姉がいるのを思い出して、やめた。
スミ姉と途中で別れて、今は光太郎と二人きりだ。少し歩いたところで光太郎が口を開く。
「で、今日のは何のイベントだったんだ?」
「イベントじゃないわ……設定なら知っているけど」
「設定?」
光太郎に先ほど思い出したゲームの設定の話をする。ちなみに何故この話が設定止まりなのかというと、単純にこんな早いタイミングで生徒会入りすることがゲームでは不可能だからである。
「じゃあもしお前が別のイベントを提案していたら設定ごと変わってたかもな」
「そうかしら? 多分却下されて終わりなんじゃない?」
「いや……」
そこで光太郎は首を一振りし、私をじっと見つめた。そして言い聞かせるように。
「なあ、お前さ。あんまり生徒会の会議で遠慮すんなよな」
「……どういう意味?」
尋ね返しながら内心冷や汗をかいていた。正しく図星だったからだ。何となく生徒会というだけで意見の重みが違う気がして、発言するのに躊躇してしまうのだ。それでも無難な意見はちゃんと出していたから、まさか気付かれているとは思っていなかった。
「何でも。ただ何が正解か不正解かなんて誰にもわからないんだから、下手に言わないよりは言った方がいいぞ。今日みたいに」
「お前は野生の勘だけは優れてるんだから」と最後に余計なことを付け加える光太郎に先ほどの仕返しも含めて、殴った。だけど彼はいつものように痛がらず、ただ笑っているだけだった。




