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13.問題解決

 光太郎が口を開く。その様子を生徒たちは黙って見つめていた。


「俺は、確かに天城さんにいいように使われていました」


 それを聞いた天城さんは可哀想なくらい顔面蒼白になっていた。そうとは知らず、「ただ」と光太郎は続けた。生徒会長が目を細める。


「何か言いたいことがあるようだな?」

「はい。ただ、それは天城さんを途中で止められなかった俺の責任でもあります」

「え……」


 天城さんが思わずといった調子で振り向く。光太郎は相変わらず無表情だったが、私にはわかる。


「俺が最初に、噂の存在を知った時に、天城にちゃんと言っていればこんなことにならなかった」


 「それに」と話を続ける。皆、何も言わない。


「その後も、彼女の頼み事を唯々諾々と引き受けていなければ、きっと彼女はいじめられることもなかった」


 この場で今、最も注目を浴びている彼は天城さんを安心させる為に、何とか笑おうとしていた。

 突然、ばんっと音がした。スミ姉が机を叩いたのだ。天城さんも驚いて前に向き直った。


「そんなことないわ! 光太郎ちゃんは悪くない!」


 この空間を切り裂くようにスミ姉が叫んだ。そのままつかつかと天城さんの方に行こうとして、会長に止められる。


「橘、落ち着け」

「これが落ち着いていられるものですか! 光太郎ちゃんが傷つけられたのよ?! あなたのせいで!」


 そう言い募り、天城さんを指差すスミ姉の様子にやっぱり、と思った。下火になっていた噂話に再び火をつけたのはスミ姉だというが、この様子を見るに違うのだろう。しかし彼女をよく知らないA組の生徒たちはその姿に違和感を覚えたらしい。一人の生徒が手を挙げて発言した。


「あのー……二年の橘先輩ってあなたのことですよね?」

「ええ。私は確かに橘ですけど?」

「俺、あなたが坂本の……ええと、ロリコン疑惑を認めたって聞いたんですけど」


 そうすると周りの生徒たちも続々と発言し始める。教室内が俄かに騒めき立った。


「私もそれ聞いた。ねえ、あんたもだよね?」

「うん。私も……」

「俺も俺もー」


 そこにスミ姉の鋭い声が響き渡る。


「お黙りなさい! どうしてよりにもよってこの私が光太郎ちゃんの不名誉な噂を認めるというのですか!」

「あー……橘? 気持ちはわかる、だが落ち着け」


 生徒会長に宥められて漸く我に返ったスミ姉はこほんと一つ咳払いをした。そして言ったのだ。


「私は今日それもあってこちらに参ったのです。この、私にとっては限りなく侮辱的な噂を否定する為に」


 そしてスミ姉は語る。そんなことを男子生徒に尋ねられた覚えはないどころか、光太郎に会いに来てすらいなかったと。


「もしそんなことを聞かれていたら、私はきっと……」


 ぶつぶつ呟きながら暗い雰囲気で笑うスミ姉に恐怖を感じていると、誤魔化すように会長が咳払いをした。


「とにかく、橘の噂話は嘘ということだ。恐らく悪意ある者が広めたデマだろう。それよりもだ、俺の大切な照を実際にいじめたのは誰だ? おっと、自己申告でなくても構わんぞ。ただ、今ここで黙っていてもいいことにはならないのは確かだな。なあ、照?」

「……」


 天城さんは会長に呼びかけられるも、何も返さない。ただ俯いて、スカートをじっと見つめていたので私にはその表情を窺い知ることができなかった。

 しかしその様子が不気味に思われたのか、A組の人たちは次々に他の人の悪行をばらし始めた。それはそうだ、あの天城グループを敵に回したら、この先生きづらくなるのは明白だろう。結局天城さんの机を汚した犯人も見つかり、この場はお開きになった。




 皆が帰った後。最後までスミ姉に引きとめられていた光太郎を待っていると、生徒会長が彼の前に立った。


「ふむ、皆帰ったか。それでは坂本光太郎、礼を言おう」

「……俺は何もしてないですよ」


 光太郎は力なく首を横に振った。それを見て会長は目を細める。


「いや、お前は照のことを責めるどころか庇った。しかも照がいじめられていると橘に告げたのもお前だろう」

「俺は当然のことをしたまでです」


 向かい合う光太郎と会長。そこに天城さんが割り込んで来た。


「坂本、あんただったの。兄貴に余計なこと言ったの。お陰で全部台無しよ!」


 そう言って光太郎を殴りつけようとする彼女を会長が抑える。


「こら、照。彼は助けてくれたんだ。お前も礼を言え」

「嫌よ! 私の青春が……」

「別にいいですよ。さっき言ったことは確かに俺の本心ですし」


 そう光太郎が言うと、口元に手を当てて何事か悩む生徒会長。


「お前は本当にできた奴だな、生徒会に欲しい位だ。どうだ、興味はないか?」

「いえ、俺は『人がいい』だけです。その話は光栄ですが、俺は学級委員ですし……確か生徒会に入る為には委員を辞める必要があるんですよね?」


 ちら、と天城さんの方を見る光太郎。何も言わなくても彼が何を言いたいのかわかった気がした。

 生徒会に入ると、様々な理由から今の係や委員を辞めなくてはいけないという話がゲームに出てくる。しかし役職的にそう代えられない学級委員は基本的に生徒会には入れないという設定があるのだ。よって攻略対象四人とも好感度を上げやすくはできず、その旨は一応光太郎には話してある。

 しかし、だからというより彼は天城さんを心配しているから躊躇っているのだろうと思った。このまま彼女を一人にしても、学級委員を無事に勤めあげられるとは思えない。


「あら、詳しいのね。そんなこと光太郎ちゃんが気にすることないのよ。学級委員のことだって私たちでなんとかするし」

「スミ姉、そうは言ってもだな……」


 そこに、丁度議論の的になっていた彼女が声を上げた。


「入りなさいよ……」

「え?」


 驚いたように目を見開く光太郎。それに対し天城さんは畳み掛けるように叫んだ。


「生徒会に入りなさい! これは私の最後の命令よ!」

「いや、だが……」


 尚も渋る光太郎に、天城さんは焦れたように。


「いいから! 兄貴に告げ口するような奴と一緒に仕事したくないの!」

「しかし、今のままでお前クラスメイトをまとめ切れるのか?」

「それ位私一人でもできるわよ! だから……もう、私を惨めにしないで」


 その言葉で光太郎は、目が覚めたような顔をした。そして、彼女に向き直ると。


「ごめん、天城」


 そう、謝ったのだった。その謝罪は抗議しなかったことに対してでも、早々に学級委員を辞めることに対してでもないような気がした。


「それでは、坂本光太郎。お前は生徒会に入るということで相違はないな?」

「はい……ですが、その前に」


 そこまで言うと何故か扉前までやって来る光太郎。


「お前も中に入れ」

「え? きゃあっ」


 有無を言わせず、引っ張られる。そしてそのまま教室内に入り込んだ私を指差して、彼は言ったのだ。


「こいつも一緒に生徒会に入れて下さい」

「え……」


 呆然とする。だって、生徒会に入るということはつまり会長と柴﨑先輩の好感度を上げやすくなるということで、それは同時に赤谷君のルートから遠ざかるということでもある。

 それに、この二人のルートに入ろうものなら大変なことになるのはわかっているだろうに。まさか昼休みの話を本気にした訳でもあるまいし……。

 思わず彼の顔を見上げる。彼は意外な程真剣な顔で会長の方を見ていた。


「あら、アヤちゃんも一緒? それは私、大歓迎よ」

「……ふむ、橘がそう言うのであれば問題はないだろう。元々生徒会には有望な一年を男女一人ずつ迎え入れるという慣例があるからな。そこの、お前もそれでいいか?」


 確認を取られ、もう一度光太郎の顔を見る。彼はこちらを見て一つ頷いた。それで、私は決心がついた。彼が何を考えているのかはわからないが、きっと大丈夫だろうと。


「はい。よろしくお願いします」




 帰り道。天城さんは『一人で帰る』と言って先に教室を出て行った。スミ姉は一緒に帰りたそうにしていたが、まだ仕事が残っているとのことであの場で別れた。よって、今は光太郎と二人きりで帰宅している。


「……ねえ、何で生徒会に入ったの?」

「問題が解決したし、天城に命令されたしな」

「問題って、天城さんの?」

「そうだ。あのまま彼女を放って置けなかった」


 と、言うことは。彼は本当は最初から生徒会に入る予定だったということだ。何故入るのかは結局わからないままだったが……今聞いても答えてくれないような気がした。だから、私は質問を変える。


「それじゃあどうして私も?」

「お前、柴﨑先輩に惚れたんだろう?」

「……まさか、本当にそれを信じて?」

「違うのか?」


 そう言って笑う彼の横顔を眺めながら、腕を叩く。今日は避けられなかった。


「当たり前じゃない」

「そうか? 案外赤谷より好感度高かったりして」

「うっ、それは」

「……赤谷の奴が浮かばれないなあ」


 光太郎は苦笑した。……正直、基本的に会話が成立しない赤谷君より、相談に乗ってくれた柴﨑先輩の方に軍配が上がっている。

 ただ、彼のルートは命の危険がつきまとう。本当にそれが起こるかはわからなかったが、その問題を承知した上で彼のルートに入る気にはならなかった。


「まあ俺も赤谷ルートでいいと思う」

「そうよね。それなら何で? 赤谷君以外の人の好感度を上げたら不味いのよ?」

「それは……」


 そこで光太郎は考える素振りをした。そして、こちらを見て。


「……だって、そうしないとお前と一緒に帰れないだろう?」


 彼はとてもいい顔で笑ったのだった。

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