12.仲直り
「おっと。ナイトの登場だ」
「俺はそんなタマじゃないですよ、先輩。せいぜいポーンがお似合いだ」
声につられて背後を見る。すると、そこには光太郎がいた。
「光太郎……なんで、こんな所に」
「なんでもいいだろ、行くぞ」
そう言って私を椅子から立ち上がらせようとする。私は慌てて机を指差した。
「待って、まだご飯食べ終わってない」
私のプレートには未だ料理が三分の一程残っている。さっきからずっと話し続けていたから、食べるのが遅くなっていたのが原因だった。それに加えて、食欲が湧かなかったのもある。
光太郎はそれらを一瞥すると。
「……仕方ないな。食べ終わるのを待ってやる」
そう言って、空いていた隣の席に座った。それを見て、柴﨑先輩が光太郎に話しかける。
「優しいんだね?」
「いえ、俺は『人がいい』だけです」
「自分で言う?」
「唯一の取り柄なんで」
言いながら、こっちを見やる光太郎。彼の視線に急かされているような気がして、私は急いでご飯をかき込んだ。……全然優しくなんてない。
「柴﨑先輩、相談に乗ってくださってありがとうございました」
「いやいや。女の子の相談事ならまたいくらでも聞くよ」
手を振ってくれる柴﨑先輩にお辞儀をする。
「それじゃあ、行くぞ」
「じゃあねー」
そして私の手を掴んだままずんずんと進む光太郎に半ば引き摺られるようにして歩いた。彼は教室……ではなく、どこか他の所に行こうとしていた。
「ねえ、どこに行くの?」
「屋上」
「なんで?」
「なんでも」
そんなことを言いあっている内に屋上に着いた。ドアを開けると、昨日ぶりな筈なのに何故か懐かしく感じる光景が広がっていた。屋上に着いた途端彼は手を離し、柵に近づきこちらに振り返って腕を組む。いつものように、人の姿は全くなかった。
「お前の意見を聞こう。昨日俺は何か可笑しなことを言ったか?」
「え……」
「柴﨑先輩に相談していたんだろう、昨日のことを」
「それ位しか男嫌いのお前があのチャラ男と長話する理由がないからな」と何でもお見通しという風に話す彼を見て、煙に巻きたくなった。
「あら、そうかしら。もしかしたら私が心変わりして、柴﨑先輩のことを好きになった可能性もあるんじゃない?」
そう言うと彼は無表情で小首を傾げた。
「そうなのか? だったら今からでも遅くない。先輩のルートに入れるように努力すればいい」
「……」
あまりに淡白なその様子に私は思わず口を閉ざしてしまう。彼はその様子を気にも止めず続きを口にした。
「別に俺はどのルートでもいいんだ。ただ、お前が……」
彼はそこまで言ってから、「今話すことじゃないな」と首を横に一振り。そして私の発言を促した。
「さあ、文句があるなら言えばいい。昨日は俺も平静じゃなかったからな、お前の話を聞くのを忘れていた」
「それじゃあ言わせて貰うけど、正直今回のことは天城さんの自業自得だと思うのよ」
私が正直な気持ちを話すと、彼は鼻で笑うように。
「じゃあお前は、人は絶対に間違わないとでも言うつもりか?」
「そんなこと言ってないわ」
そう言うと彼はわかっているとでも言いたげに頷いた。
「そう言えばお前は赤谷の恋愛事情に対しても言ってたな……自業自得だって」
「それが何?」
「いや? ただ冷たい人間だな、と思って。一時の過ちすらお前は許せないんだな、と」
彼はせせら笑うようにして言う。私は頭に血が上って行くのを実感した。
「そんなことない」
「それなら天城のことも許せる筈だろう」
まるでそれが当然だとばかりに話す彼に、否定するように首をぶんぶんと横に振る。そして彼をきっと睨みつけるように見つめた。
「許せる訳ないでしょう?」
「何故だ?」
そう言われてどうしてか考える。私は何故天城さんを許せないのだろうと。理由は一つしかない。
「だって、だって……彼女は、あなたに不名誉な噂を着せた」
「……は?」
口を開いて心底驚いた顔をする彼に更に苛立ちが募る。彼に詰め寄るようにずんずん近付く。
「それだけじゃない、その噂を使ってあなたを無理矢理こき使った」
「ちょっ、ちょっと待て」
「きっとスミ姉だって怒るわ……とにかく、私は」
「落ち着けっ」
光太郎に脳天チョップを食らわせられてようやく私は立ち止まった。光太郎はその様子にほっと一息つくと。
「昨日も言っただろう。俺は噂なんて気にしてなかったって」
そう言う彼に言ってやる。私の気持ちを。
「あなたが気にしてなくても、私が気にするのよ。それとも何、私がそんな噂流されててもあなたは気にしないって言うの?」
その言葉で彼ははっと目を見開いた。それはまるで夢から覚めたかのようで、私はようやっと気持ちが通じたことに安堵した。
「……それは」
「私がこき使われてたって聞いても、あなたは何もしてくれないのね」
だが、まだだ。そこまで言ってくるっと彼に背を向けた。そして、大根役者の泣き真似をする。
「ぐすぐす、冷たいのはどっちよ……」
「あー……その」
しばらく後ろでああだのううだの言っていた光太郎だったが、やがて観念したように。
「うん、俺が悪かった。すまん」
そう謝る彼に、確認するように尋ねる。
「……わかった? あなたのことを心配する人だっているってことを」
「ああ。理解したよ」
「来栖さんには?」
「来栖には……ああわかったわかった。謝るから」
言われて私は光太郎の方に向き直る。彼は気まずそうに頰をぽりぽり掻いていた。
私は最後の仕上げとばかりに彼に告げる。
「だからやっぱりあなたは天城さんにすぐ抗議するべきだったのよ。もし本当に私たちのことを思うのなら」
「そうだな……」
彼はどこかぼんやりとこちらを見つめていて。からかいついでに現実に引き戻してやった。
「……天城さんのことが好きなら仕方がないけど」
「はあっ?」
彼の驚愕の声に合わせるようにチャイムが鳴った。私はさっさと扉に向かい、教室に戻ろうとする。そんな私を引き止める声。
「おい」
「……何?」
「今日は一緒に帰るぞ。……それと」
光太郎はそこで一拍置き。
「俺のこと、気にするって言ってくれて嬉しかった……ありがとう」
その時私は彼に背を向けていたせいで、結局彼がどんな表情をしているかは窺い知れなかった。だけど、きっと笑っていたのだろうと思う。
今日もやっぱり花園さんは休み時間の度に何処かに行ってしまって、私は赤谷君の頼み事を果たせずにいた。そのまま放課後になってしまう。
A組に行くとまだホームルームが終わっていなかった。壁にもたれかかって待つことにする。折角だからと来栖さんから貸して貰った本を読もうと鞄を漁っていると。
「照の教室は確かここだったな」
「はい。私の大事な光太郎ちゃんと同じA組です」
廊下の先から誰かの声が聞こえてきた。何となくそちらを見ると、そこにいたのは生徒会長とスミ姉だった。思わず声を上げかけるも、何とか堪える。その代わりにスミ姉に話しかけた。
「スミ姉、どうしたの?」
「あら、アヤちゃんもいるのね。これは益々気合いを入れてかからないと」
尋ねてみるも、返ってきたのはよくわからない言葉だった。言い募る。
「何か用事?」
「そうだ。俺様は今日このクラスに用がある。まあ見ているといい、観客は多いに越したことはないからな」
何故かスミ姉ではなく生徒会長が答えた。だからその用って何と思っていると、二人は扉の前に立った。そしてガラッと開ける。いやまだホームルーム中……。
「たのもう!」
「こんにちは、皆さん」
そんなことも気にせず、ずかずかと入室する彼ら。私はそれを廊下から見ることしかできない。
突然入ってきた二人にA組は騒然となった。
「え、えっと……生徒会長、まだホームルーム中なんですが」
「だからどうした。俺様には関係ないな」
「ホームルーム中にごめんなさい。今日はこの時間を少しばかりお借りさせて頂きますね」
踏ん反り返る会長とぺこりとお辞儀はするものの有無を言わせないスミ姉に、担任教師は壇上から追いやられてしまった。
ふと一番扉に近い生徒が目に入る。彼女はぷるぷると震えながら、顔を青ざめさせて、壇上の二人……正確には会長の方を睨みつけていた。
「俺様はまどろっこしいことは嫌いだ。……単刀直入に聞こう、俺様の可愛い妹、天城照をいじめたのは何処の誰だ?」
その言葉を聞いた生徒たちによって、場が更に騒然となる。
私もあっと驚いた。やっぱり彼女は会長の妹だったのか。
この学校のちびっ子生徒会長はとても有名だった。そりゃそうだ、ある意味で目立つその容姿にその傲岸不遜な性格。これで印象に残らない者などそうはいないだろう。
しかもそれに加えてその態度に見合った功績もちゃんと挙げているので、実は教師からの覚えもいい。だからこそ彼は生徒会長になれたのだ。
その上で、あの天下の「天城グループ」の御曹司である。生徒の覚えめでたいのも頷けるだろう。
しかし、彼に妹がいることを知る者は限りなく少ない。もしかしたら柴﨑先輩辺りは知っているかもしれないが、彼が話そうとしないのだ。単に口にする機会がないだけかと思いきや、ゲーム中でも彼は妹の存在をなかなか明かそうとしない。
それでは妹の存在を疎ましく思っているのかといえば、むしろ目に入れても痛くない程可愛がっているようである。結局周りに言わない理由は、ゲームでは語られないままだったが……。
「え、天城さんってあの生徒会長の妹だったの?」
「前聞いたとき、違うって全力で言われたから関係ないのかと……」
「ていうかやばいよね、これ……」
再び騒然となる場に立ち上がった天城さんの大声が響き渡った。
「ちょっと、兄貴! 何勝手にばらしてくれてんのよ!」
彼女は生徒会長が兄妹だと明かしたことに相当ご立腹のようだった。
「それは約束を守り切れなかった照が悪い。それに『お兄様』と呼べと何度も言っているじゃないか」
「嫌よ気持ち悪い! それに私はまだ頑張れる、これは前哨戦なのよ!」
突如始まった兄妹喧嘩に教室内が唖然となる。
私はなるほどと納得していた。何故かはわからないが天城さんが会長に兄妹だとばらさないように言い含めていたから、終盤会長がその存在をぽろっと零すまで語られないままだったのか。てっきり前世の私は……。
とそこで、不思議に思う。言葉のその先が出て来なかったのだ。喉元まで出て来ているのに。
私が心の中で唸っている間も彼らの応酬は続く。
「前哨戦も何もあるか。自分から問題を起こしておいて、よく言う」
「うっ……。わ、私は何もしてない」
天城さんは目を泳がせた。それでもそんな彼女を愛しむ顔をしながら、会長は続ける。
「言っただろう。俺様の目に余る出来事が起こった時点でも皆に打ち明けると」
「私、私は……」
誰かに助けを求めるように視線を彷徨わせる天城さん。しかし視線を向けられた途端その生徒は天城さんから目を逸らした。
「照、噂は俺様の耳にも届いているぞ? 何でも無実の生徒を幼女趣味と言って回ったとか」
「ち、違……」
「違うのか? それならばその噂を使って命令していたというのも、嘘か?」
「……」
黙り込む天城さん。会長はその様子を見て、目を細めた。そして、一人の生徒に声をかける。
「そこの者。その話は嘘か?」
「えっ! いや……事実っすよ。何人も見た人がいるって話だし、俺も坂本に色々言ってるの見たことあるし」
「そうか。お前は?」
「私も……彼と同じです」
話を聞き終わると、会長は言った。
「ならば坂本とやら、お前の意見は?」
突然水を向けられた光太郎は、最初戸惑っていたようだった。しかし、漸く決心したというように口を開く。
「俺は……」




