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11.喧嘩

 今朝、赤谷君と一緒に教室に戻って来てから、花園さんの様子が可笑しくなった。休み時間になると常に教室の外に出て行ってしまい、チャイムが鳴るまで戻ってこないのだ。わざわざ彼女を追いかけてまで赤谷君の頼みを伝えるのは気が引けて、タイミングを計っているとすぐに昼休みになってしまった。




「お前らに聞きたいことがある」


 いつものように屋上に全員が集まったことを確認すると、突然光太郎が言った。どうしたのだろう、と思っていると。


「……!」

「来栖は黙ってろ」

「ちょっと、そんな言い方……」


 来栖さんに命令するかのような言い方を咎めようとすると、それを遮るように彼は言った。彼は無表情だった。


「今朝、A組で何があったか知ってるか?」

「知ってる訳ないじゃない。何だか騒ぎになってたみたいだけど」

「そうだよな。お前は赤谷と一緒だったらしいしな」

「何で知って……」


 そう言うと光太郎に「もっと噂に敏感になれよ」と鼻で笑われた。その人を馬鹿にした感じがいつもの彼らしくなくて違和感を感じたが、それでも私は普段通りに振舞おうとする。


「何よ、うるさ……」

「おっと、今日は受けてやらねえ。そんな気分じゃないんだ」


 私の放った手加減パンチは彼に簡単に受け止められてしまった。相変わらず彼は無表情のまま。


「お前はすぐに手を出そうとするな。もっと自分で考えたらどうだ?」

「……余計なお世話よ」


 普段はつき合ってくれる茶番も今は必要ないとばかりの態度に私は憮然となった。彼のことを睨みつける。


「ああそうだな、どうやら俺はお前のお世話をし過ぎたみたいだ」

「どういう意味?」

「そのままの意味さ。結局お前は立派になんかなってなかったんだ」


 光太郎が何を言いたいのかわからなくて眉を顰める。


「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」


 私がいらいらしながら光太郎に促す。それを受けて彼が苦々しげに、それでいて無表情に告げたのは。


「今朝、教室に入ったら落書きされた机を必死に拭いてる天城がいた」

「え……」


 何だそれは。本当なのか確かめるように来栖さんの方を見ると彼女は頷いた。


「しかもクラスメイトに聞きまくったら、どうやらある日を境に彼女は嫌がらせを受けていたらしい。それがいつかわかるか?」

「それは……」


 ようやっと彼が何を言いたいのか察した。来栖さんが首を振る。


「……!」

「じゃあ何が違うか言ってみろよ来栖」

「……」

「『彼女は自分に利用されただけ』って本当にそう思うか?」


 そう言って私に背を向け来栖さんの方を向く光太郎。彼女は首を縦に振っていた。


「もしそうなら、俺はお前を絶対に許さない」

「待って」


 彼が何をするかわからなくて、咄嗟に声を上げる。とりあえず何でもいいから話さなければ! そう思って出てきた言葉はあの日のことだった。


「あの日、授業が始まった日。放課後来栖さんと二人になって、それから彼女に入学式の日あったことを話してくれって頼まれたの」

「……頼まれただけか?」

「違うわ。そのとき私は天城さんにとっては知られたくないことだとわかっていたのに、話したの。皆に聞こえるように」

「そうだよな。でもまだその時点では知らなかったんじゃないのか? A組内で何が起こっていたのか。何せ噂に疎いお前だしな」


 感づいた。その日あったことを話すように誘導されている。しかし未だ彼は来栖さんの方を向いていて、何をするか、何をされるかわからない現状、口を閉ざす訳にはいかなかった。


「……そうよ。知らなかったけど、でも、来栖さんに教えて貰ったの。あなたが不名誉な噂を立てられてるって」

「それこそ、余計なお世話だ。俺は別に気にしてなかったし」

「でも」

「人の噂も七十五日って言うだろ? 事実無根なことなんて放っておけばいつか鎮火する」


 そう言う彼はまるで本当に気にしていないようだった。


「それより天城の話だ。お前は彼女がいじめられる可能性があったのに、何もしなかったのか? それとも、その可能性すらわからなかったのか?」

「それは……」


 ようやっと彼はこちらを見た。目が泳ぐ。少なくとも彼にとっては、それが答えだった。


「違うクラスのことだったから何もできなかったか? だったら俺に一言でも相談してくれればよかったのに」


 「俺、そんなに信用ないか?」と、そういう彼はやっぱり無表情で。だけど泣き出しそうに見えた。


「ちが……」

「俺は今日は別の場所で食べる。じゃあ」


 私の話も聞かずにそう言って、彼は屋上から出て行ってしまった。


「……」


 呆然としていると、近くに来栖さんが立っていた。そちらを見るとぺこりと謝られる。そして、彼女は手に持ったお弁当を持ち上げた。


「……」

「そうね。ご飯、食べないとね」


 今日のお弁当は、いつもと同じように作ったはずなのに味がしなかった。




 食べ終えて、彼女と一緒に教室に戻る。そこで別れようとすると、彼女に制止のポーズを取られたので待つことにした。やがて彼女が持って来たのはスケッチブックで。


『私もしばらくは教室で食べます』


 そう簡潔に書かれた文を見せて、A組の教室に戻って行った。今度は引き止められなかった。




 その日の放課後。光太郎が迎えに来なかったので、A組の教室に向かう。


「あー、坂本ならもう教室から出て行ったけど」

「え……そうなの。教えてくれてありがとう」


 扉の近くにいた生徒に取り次ぎを頼むも、既に彼は帰った後だった。




 次の日の朝。当然のように、光太郎は迎えに来なかった。




「はあ……」


 本日何度目かわからない溜息をつく。結局光太郎とは全然会えていなかった。休み時間にA組の教室に行くことも考えたが、それでも彼が会ってくれるとは思えなかったし、会っても何を言えばいいのかわからなかったのでやめた。

 そしてそんなことばかり考えていたら、既に昼休みになっていた。今日はお弁当を作る気力が湧かなかったので学食だ。適当に今日のおすすめランチを選択した。どうせ何を食べても味なんかしない。

 机にトレーを置き、適当に空いている席に座ると、また溜息をついた。


「はあ……」

「浮かない顔だね」


 突然前から声がして、驚いてそちらを向く。するとそこにいたのは。


「……柴﨑先輩」

「名前を覚えて貰えていて光栄だよ、久しぶり」


 「前、座っていい?」と言う先輩に断れる理由も気力もなく、ただ頷いた。彼はそれを見て取ると微笑み、トレーを置いた。先輩も同じランチだった。


「入学式以来だね。その間にこんなに見違えて……いや、むしろ入学式のときの姿が世を忍ぶ仮の姿だったのかな?」

「……私が誰だかわかってるんですか?」

「入学式のとき三つ編みをしていた伊達眼鏡の子だろう?」


 本気で驚いた。私だと気づいていることまでは予想内だったが、眼鏡が伊達だと気づいていたとは。


「よくわかりましたね、伊達だって」

「度が入っていなかったからね。それよりさっきから憂鬱そうな顔してるけど、どうかした?」

「ええと……」


 確かに先輩とは知り合いだったが、攻略対象ということを除けばそれ以上でも以下でもない間柄だった。こんな相談、たかが知り合いにしてもいいものなんだろうか。そう悩むもなるべく顔には出さない。


「そんなに悩まなくても」


 苦笑する柴﨑先輩。努力してもやっぱり、彼には全てお見通しだったらしい。よくよく考えたら、この常に無表情な私が浮かない顔をしているとすぐにわかる人だ、わからない筈がない。この人の観察力には誰にも敵わない気がした。


「ほとんど知らない人だからこそ話せることもあるし、わかることもあるよ」


 そう促されて、決心がついた。


「少し長くなりますが、聞いて頂けますか」

「ああ、勿論!」


 彼は満面の笑みでそう言った。




「という訳で、喧嘩してしまったんです」

「ふうむ……」


 口元に手を当て悩む柴﨑先輩。やがて、彼は口を開く。


「僕としては無条件で君の味方をしてあげたいけど。それじゃあ納得いかないんだろう?」

「はい。私は間違ったことをしてしまったので」


 そう言うと彼は苦笑気味に、正すように言った。


「僕から言わせれば、君はそこまで間違えていないと思うよ。あくまで噂の訂正をしただけだ。それに君が悪いというなら、その怒ったっていう彼だって悪いと思うし」


 先輩は既に完食している。少し長めの茶髪をいじる彼の言に異を唱えた。


「彼は完全に被害者ですよ? 悪い訳ないじゃないですか」

「いや、悪いね。明らかに悪いことをしている子猫ちゃんをちゃんと窘めなかったことが」


 私は思わぬことを言われて目を見開く。驚きの声が漏れた。


「え……」

「噂が広まる前にちゃんとその彼女を叱っていたら、多分今頃そんなことにはならなかっただろうさ」


 確かに、彼がもし不名誉なことを言われていると知った時点で、天城さんに文句を言っていたのなら。もしかしたら彼女は反省して、やめてくれたかもしれない。

 なのに、どうして少しも抵抗しなかったのか。それは彼の『人がいい』からだ。だけど……。

 彼は人がよ過ぎるきらいがある。だけどそれは優しさや強さから来るものではないのかもしれないと、今日初めて思った。


「加えて、その自分の非を棚に上げて怒ったこと。全く男の風上にも置けないよ。だから君が彼に遠慮することはない。はっきり言ってやればいい。『お前のせいだろう』ってね」

「……私は彼に怒っていいんですか?」

「ああ! だからその彼なんてやめて僕と……」


 その時、背後から声がした。と、同時に肩を掴まれた。


「そこまでだ」

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