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怪物はいない

 グラルグスをルネスの街に送り届けた我ら親子は、怪物退治の依頼を受け二人だけで怪物の住処に偵察に赴く。

 だが、そこは想像していたよな場所ではなく美しい庭園と手入れの行き届いた屋敷が立っていた。

 戸惑う我ら親子の前に半人半蛇の女が姿を見せるが、それは怪物などでは決してない麗しき女性であった。


 季節の花が風に揺れる中、場違いな殺意とも敵意ともつかぬ空気が流れている。

 護衛二人は明らかに殺気立っているが、主と思しき半蛇の娘だけは諦めているのか、豪胆なのか敵意のような物を感じさせない。

 見事な物だと内心舌を巻く。

 明らかに戦いを生業とはしていないのに、覚悟を決めている様であり、その佇まいには潔さと爽やかさを感じてしまう。


「ねぇ、おやじ様」

「何だ?」

「ここには退治する怪物はいないよ?」


 私の裾を掴んで問いかけるスラーニャの声は思いの他この場に響いた。

 殺意と敵意が渦巻き凝固でもしようかという空気だったのに、その一言で一気に薄まる。

 半蛇の娘は驚きに目を丸くして、そして困ったように俯いてしまった。

 その肩が微かに揺れている。


「おやじ様も化け物はいない、そう言ったよね」

「……ああ」

「それでも、お仕事するの?」


 何と言うか、こういう流れとなったか。

 私は一度だけスラーニャを見やってから、再び半蛇の娘へと視線を投げかけて告げた。


「事の次第によっては、この父はそう言ったはずだぞ?」

「えっと、つまり?」

「話を聞かなくては決めようがない。何故、カムラ王国の王族が身内を討たねばならないのか。そして……何故、王自体は何もせぬのか。カムラの騎士に襲われたグラルグスは言った、それほど呪いが怖いのか、と」


 私の言葉に俯いていた半蛇の娘の頭部にある金色の柔毛に覆われた耳がピンと立ち、ピクリと動いた。

 そして、再び驚きをあらわにして顔を上げる。


「またれよ! カムラの騎士に弟が襲われたと?」

「ああ、グラルグス殿の馬車をカムラの騎士が襲い、グラルグス殿は負傷。ザネスなる御者も討たれ、我ら親子も襲われた」

「ザネスが……逝ったか。……カムラの騎士は? 一騎だけではなかったであろう?」

「三騎おったが娘の命を奪おうとしたゆえ、三騎とも斬った」


 私の言葉が終わると同時に風が吹き抜けていく。

 スラーニャの言葉に薄まりつつあった緊張感が再び鎌首をもたげたかのようだ。

 護衛の二人は再び武器を構えるが、その表情には決死の覚悟が見て取れた。

 ……どうにも、私の言葉は剣呑に響く様だ。


「弟は?」

「ルネスの街にて療養中だ」

「左様か……。娘御を連れて騎士を打ち倒すとは、やはり名うての刺客殿じゃな。余の護衛二人もその名を知っている様子から高名な戦士であろうとは思っておったが。だが、何はともあれ言わねばならぬことがある」


 そう告げながら蛇体をくねるように滑らせて我らの方へと進み出る娘を見やり、護衛二人は慌てて彼女のそばに寄った。

 その様子を気にもしないで、まっすぐに我ら親子を見下ろす下半身が蛇体の娘は深く頭を垂れた。


「愚弟の命をお助け頂き感謝いたします」

「縁あっての事、お気になさいますな。それよりもお主の方こそ、態々刺客の側によるにはいかなる了見か。お命は大事にされよ」


 私の言葉を聞き、再び顔を上げた半蛇の娘はスラーニャに似た緑色の双眸をそれこそまん丸く見開いてから、肩を震わせて大いに笑った。


「ふっ……ふふっ……はははっ。これは可笑しい! 御身はまことに奇妙な刺客殿じゃ! 命を奪いに来た刺客が命を大事にせよとは!」

「でも、お姉さん。おやじ様はまだお仕事するって決めてないよ?」

「再三申しているが、事の次第によってはお命を頂く。だが、そうはならない可能性もある」


 私の言葉に半蛇の娘は微かに首を傾いでから、双眸を細めて告げる。


「弟ほどの報酬は出せぬよ」

「報酬は大事だ。だが、それ以上に先ほど問うた事が気にかかっている。カムラ王国に何が起きている? 我らは部外者、どうしても語れぬと言うのであれば黙って去ろう」

「余の命を奪うのでは?」

「できればお主のような美しい方の命は奪いたくはない」

「おおー。おやじ様もそう言うこと言うんだね」


 スラーニャの言葉に我を取り戻した私は、少し慌ててスラーニャを見やる。

 と、娘はにんまりと笑みを浮かべている。

 その瞬間に自身がとんでもない発言をしたことに気付く。

 ……しまった……何てことを口走ってしまったのだ……っ!

 何でこの様な小恥ずかしく慎みの無い言葉を発してしまったのだろう……。

 ああ……神土征四郎(かんどせいしろう)一生の不覚!

 

「し、刺客殿、その、御身自身の言葉にその様に慌てられると、言い慣れておらぬ感が強くて、その……だな」

「無論、言い慣れてなぞおらん! ……ああ、いや、大変失礼した」

「そこは認めるのか?! いや、な。失礼と言うか、社交辞令として流しにくいと言うか……」


 半蛇の娘との会話が何だか妙な具合に急にぎこちなくなった。

 互いがしどろもどろに会話する様子を、護衛二人は唖然と見ている。

 そんな私たちに背後から追い打ちを掛けるようにスラーニャが告げる。


「おやじ様の本音だと思うけど」

「止めよ、スラーニャ!」


 我が娘よ、父をあまり苦境に立たせるでない!

 こ、これは戦術的な撤退も視野に入れねばなるまいか!

 小恥ずかしさが春の嵐のように荒れ狂っている胸中を悟られぬように、踵を返してスラーニャの手を引っ張って帰路につく。

 スラーニャは私を見やってにんまり笑うと、背後を振り返り屋敷の住人達に手を振った。

 だが、別れの言葉を告げる前に我ら親子を呼び止める声が響く。


「待たれよ! ……そろそろ茶の時間にしようと思っておった所だ。同席していただけんかな? セイシロウ殿、スラーニャ殿。先ほどの疑問にお答えしよう」


 そう告げたのは、もちろん護衛の二人ではない。

 彼女らの主たる半蛇の娘が微かに頬を染めながらそう申し出たのである。


 正直に言えば心が浮き立った。

 だが、即座に戒める。

 私はスラーニャの父である。

 この様に浮ついた心は必要ない。

 その筈なのに……その誘いに抗しきれそうにないとも感じて、自身の覚悟の無さに憤りすら感じる。

 

「それは……」

「丁度お腹空いてたの! 親父様、ご相伴にあずかろうよ!」

「おお、立派な言葉を使えるのじゃな? 父御の教えが良いのかの?」

「うん!」


 で、その娘が率先してご相伴などと言っている訳だが……。

 結局、娘の言葉に逆らいもせず引っ張られるようにして、私は半蛇の娘の招きに応じたのだった。


 これで良いのか?


<続く>

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