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怪物退治の依頼

 街道にて街を目指して歩いていた我ら親子の前で馬車が襲われた。

 襲われたのはカムラ王国の王の甥、襲撃者はカムラ王国の騎士。

 目撃者を消せとばかりに我ら親子にも騎士が迫った故にその命を頂戴する運びとなった。


 そして、騎士たちは皆命を散らして今に至る。


「ナムアミダブツ」


 倒れた骸に片手を顔の前で立てて片合掌を行いながら祈りの言葉を投げかけると、背なの娘も同じく片合掌を行い死者を弔った。

 死ねば皆、覚者の道に至ると言う……が、この世界の者もそうなのかは知らない。

 ただ、我ら親子は送り方をこれしか知らないのだ。


 感傷もそこそこに傷を負った青年の元に向かう。

 青年は肩の傷を抑えながらも気丈にも顔を上げて私たちを見ていた。


「俺は運が良い、のか? 連中が貴公に手を出さなければ、死んでいた」

「こんな目にあって運が良いとも言えんが、あの騎士たちには不運だったのは確かだ」

「おかげで命を拾ったが……所でザネス……御者の男は無事だろうか?」

「……見てみよう」


 望み薄だと言いそうになったので、少しばかり急いで大地に投げ出され離れた場所で横たわったままの御者の側による。

 背中で娘が小さく息をのむ声が聞こえた。


「大丈夫か?」

「……」


 返事はなかった。

 荒い呼吸は繰り返しているから気を失っているだけならば良かったのだが、馬車の破片が腹に深々と突き刺さっている。

 これはこのまま逝くかも知れぬと思っていると不意にその目が見開き薄青の瞳が私と娘を捉えて微かに揺れ動いた。


「……あるじ……は……ご無事……で?」

「生きている、致命傷でもあるまい」

「さようで……ございま……すか」

「あまり喋るな、傷を見る」


 告げてから今にも死にそうな壮年の狐獣人の男をまじまじと見やる。

 顔は既に血を流しすぎたか土気色に変わりつつあり、既に死相が浮かび上がっていた。

 腹に突き刺さった破片は、引き抜くだけで一層に内臓を傷つけて死を早めるだけであろう。

 治療術師でもない私にはどうする事も出来ない深手だ、と言う事だけは分かった。


「あるじに……お伝え……ください。姉上様を……お大事に、と」


 私に言伝を伝えると、その後激しくせき込んで御者の男は動かなくなった。

 未練があるのか見開かれた目から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 ああ、戦地ではよく見た光景だ。

 そして、この地でも良く見る光景だ。

 だが、見知らぬものであれ不慮の死に立ち会うのは何度経験しようとも慣れるものではない。


「お伝えしよう」


 だから、眠れとまでは告げずその見開かれた双眸に触れて、瞼を閉じさせた。

 その動作の最中に娘が背なで祈りをささげる、ナムアミダブツと。

 

 青年の元に戻り御者がたった今逝った事を伝えると、青年の落胆は大きく毅然と上げていた顔をがっくりと下を向いた。

 御者などの使用人と言えども家族同然の付き合いをする貴族もいる。

 御者と青年もそう言う間柄だったのかも知れない。


「姉上様を大事にされよと御者殿は言っていたぞ」

「……姉上……。――ああ、そうだ、俺はここで打ちひしがれている訳にはいかない」


 その発言に私は微かに眉根を寄せた。

 妙な違和感を感じたからだ。

 言葉自体に妙な所はないが、その物言いと言葉との間に微妙な齟齬そごを感じた。


「……名うての剣士と見込んで頼みがある」

「護衛は引き受けぬぞ、我が子を守るのに精いっぱいだ」

「怪物退治は、いかがか?」


 ……何故そうも怪物退治と告げるのに悲壮な決意をみなぎらせているのか。

 まるで親族を討ってくれとでも言わんばかりの悲壮な決意を、目の前の負傷した青年から感じ取るが、一応詳細を聞いてみる。


「いかなる怪物か?」

「半人半蛇の女の怪物だ。このままでは我が国に災いをもたらすことになる」


 半人半蛇の女の怪物と言えば若者の生き血を啜ると言うラミアが有名だ。

 だが、ラミア一匹で国に大きな災いが起きるとは到底思えない。

 ならば、ラミアではないのだろう。


「私も子を育てる親だ、子育てには先立つ物がいる。善意だけでは動かんぞ」

「無論、報酬は払う」

「なれば……騒動に巻き込まれたのも何かの縁であろう。それに、何ら事を起こさぬでは斬った連中にも悪い」


 憎くて斬った訳でもない、ただ命を奪おうとしたから逆に奪ったに過ぎない。

 それでも、ただ殺してお終いではいささか寝覚めが悪い。

 事の顛末は見届けても良いだろう。

 それが更に寝覚めの悪い結果を引き起こすかもしれないとしても。


「そ、それでは!」

「引き受けよう。ただし、お主をルネスの街に連れて行ってからだ。治療もせねばならんだろうし……何より娘が腹を空かせている」

「そうだ! お腹空いた!」


 私がそう告げると背中のスラ―ニャがそうだそうだと空気を読まずに騒いだ。

 子供とはそう言うものだとは言え、何ともバツの悪い……。


「おあつらえ向きに騎士たちが残した馬がいる。ここに倒れる者達を埋葬するにしても人手はいるだろう。ともかく街に向かおうではないか」


 バツの悪さを極力表に出さないように青年い提案すれば、彼は頷きを返して立ち上がった。

 が、すぐにバランスを崩して倒れそうになったので、慌てて支える。

 娘を背負いながら若い男を支えるなど、普段の鍛錬が無ければ潰れていたぞ、まったく……。

 

※  ※


 馬を借りて街に向かいながら怪物の所在地を聞くと、何とルネスの街から三日ほど進んだ場所に怪物のねぐらがあると言う。

 カムラ王国の貴族がかつて持っていた別荘と言う事だが……。


「知り合いが戻っていれば声をかけて共に向かおうと思うが、いなければまずは我ら親子のみで偵察に行こうと思う」

「娘を置いていかないのか?」

「我ら親子は共に修羅場を歩く事にしている。それがこの子の望みであり、私の望みでもあるのだ」


 こんな物言いをしていては酷い親だと思われるだろう。

 私とて、以前は平和に暮らす夫婦などにスラーニャを養子として預けようかと言う気持ちもあった。

 私のような血なまぐさい男と一緒では、この子の将来が……いや、将来を迎えるどころの話では無いかもしれない、と。

 だから、娘が四、五歳の頃気立ての良い商人の家に預けようとしたこともあった。

 血の繋がりはないが訳あって親子として過ごしてきた日々を思えば、思わず目頭が熱くなったがこれも娘の為と思って。


 だが、彼女は私から離れようとはしなかった。

 旅立とうとする私を裸足で追ってきて、外套の裾を掴んで大いに泣いた。


отец(アチェーツ)! スラーニャも一緒に行くの! 一緒になのっ!」


 あの頃はまだ彼女の母国語と思われる言葉で私を父と呼んでいた。

 そして、一緒に行くのだと泣き叫ぶ娘を振り払って旅立つことは出来なかった。

 その一件が大層堪えて、それ以来いかなる場所でも娘スラ―ニャを連れて歩いている。

 あれから五年、娘は私とほとんど離れずに一緒に行動している。


 そいつを態々説明したりはしなかったが、私の言葉に何を感じてかカムラ王の甥グラルグスはそれ以上問うたりはしなかった。


<続く>

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