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呪炎剣の征四郎

「おやじ様、腹減ったよ」


 何事かをぼんやりと考えていたスラーニャが不意に口を開いて眉根を下げながら言った。

 言われてみれば確かに腹も空く時刻だろうか、頭上に輝く一つだけの太陽が最後に飯を食った頃よりだいぶ傾き始めているのを認める。

 娘のスラ―ニャは育ちざかり、時が過ぎれば腹も減るのは道理である。

 が……。


「先ほどお前が食べた干し肉で最後だ。街まで我慢せよ」

「えー」

「えー、ではない。食べる時に説明しただろう? 街まであと半刻ほどだ、行くぞ」

「疲れた、おんぶ」


 金色の髪をいじくりながら、唇を尖らせて娘が言う。

 緑色の双眸鋭く、私の様にいっぱしの剣士なるだろうと良く言われているが、まだ子供である。

 互いに足を止め暫し見つめ合えども、スラーニャは退く様子を見せない。

 本当に疲れているのかも知れぬと私も思い直して、無言のままに背を向けて屈み、それから告げた。


「乗れ」

「……良いの?」

「良い。お前が嫌ならやめるが?」

「嫌じゃないよっ」


 ドンと音を立てそうな勢いで私の背にぶつかるように抱き着いて、両腕で肩に掴まった。

 娘の掌は少々硬くなっている。

 私を真似て剣の稽古を始めて既に二年は経とうか。

 最初の内は何度も豆がむけて痛々しい様子だったが、最近はすっかり掌も硬くなり剣士の手になってきている。

 これで果たして良かったのかどうか……。

 だが、ここでは余程の良家の子女でもなければ艶やかな繊手など望めまい。

 誰しも日々を生きるのに必死なのだ。


 この父の心など知らず、スラーニャは私の背なでご満悦な様子で少し調子の外れた歌を歌っている。

 眠りについていると伝わる勇者殿を歌ったこの歌は、大陸では有名な歌だ。

 その様子がおかしくも愛らしく、背中にある背嚢はいのうよりも軽いながら、命の重さをずっしりと感じ、もう何度目か分からぬ決意を新たにした。

 この子をしっかり育てる、例えこの手を血で汚そうとも……。


 そんな事を考えながら進んでいると、もうだいぶ街に近づいていた。

 目指すルネスの街にはもうすぐたどり着けるだろう。

 今回の旅程も無事に終わるかと安堵しつつ娘を背負って歩いていると、後方より地鳴りにも似た音を響いた。

 それが回る車輪の音だと気付くのに少し時間を有した。

 どこぞの貴族の馬車が通るにしてはここは辺鄙な場所だからだ。

 そんな場所に馬車の車輪音が響く事はまずもって珍しい。


 微かな予感に僅か緊張し身を固くすると、娘にもそれが分かったのかぎゅっとしがみついてきた。

 馬車を避けようと道を外れて振り返ると、確かに二頭立ての馬車が砂埃を舞い上げて走って来る。

 黒塗りで四輪の馬車は高価そうに見えたが、あぜ道を激しく揺れながら急いでいた。

 御者台の男は必死な表情で馬に鞭を入れて速度をさらに早める。

 何者かからか逃げるように。


 これは……まずい所に立ち会ってしまったかも知れぬ。


 私の予感の正しさを証明するかのように、数頭の騎馬武者とでも言うべき完全武装の騎兵が駆けてくる。

 掲げる旗印は……盾を前に交差する二本の矢の紋章、確かカムラなる国を表す紋章だ、そいつをわざわざ掲げていると言う事は……カムラの騎士か。

 追われる馬車の車体に描かれているのも同じ紋章。

 これは……お家騒動であろうか?

 どんな世界であれ、どんな種族であれ、権力を持つ者同士の争いはろくな物ではない。


 騎士たちは見る見る馬車に追いついて、各々の武器を振り回して車輪辺りを攻撃する。

 一、二度車輪が攻撃されれば車輪の一つが外れ、その拍子に馬車は派手な音を立てて倒れた。

 馬は足をもつれさせて転び、御者は地面に投げ出され激しく体を打ち付けた。

 ああ……あれでは助かるまい。

 そう思った矢先に倒れた車体のドアが開き、頭から血を流した金色の髪の青年が剣を手にどうにか外に出て叫んだ。

 襲撃者も襲われた方も互いに金色の柔らかな毛に覆われた尖った耳が頭頂部に見える事から狐獣人フォクシーニであろう。


「さがれ下郎どもっ! 俺をグラルグス・ルタ・カムラと知っての狼藉かっ!」

「応よっ! 王の甥御であらせられるグラルグス殿とお見受けいたす! 王命により、死んで頂く!」

「……誰かと思えば叔父上の差し金か……それほどまでに呪いを恐れるかっ!」

「問答無用っ!」


 負傷して剣を持つ青年と馬上にあり武器を振り回す騎士が三名では話にならない。

 彼は可哀想に早々に死ぬだろう。


「目撃者だ!」

「可哀想だが殺せ」


 身を低くして事の成り行きを見守ろうとしたが、目が良いのがいるのか見つかってしまった。

 やれ、これは厄介な……。

 

「子連れか……自身の運の無さを嘆けっ!」


 背なのスラーニャもろとも殺そうと片手斧を掲げて突っ込んでくる騎士が一騎。

 全身を鎧で固めた男が乗る騎馬が速度を上げて迫るのだ……ふつうは死は免れまい。

 だが、我が子を巻き込まんとした時点で《《死ぬのは》》免れない。

 その様に私の中で何かがかちりと切り替わる。


「振り落とされるなよっ!」


 背中にそう声をかけるとスラーニャは返事の代わりに一層強く腕に力を込めた。

 その感触を感じながら、私は迫る騎士が掲げる片手斧を……ではなく、彼の目を見続けていた。

 歴戦の強者であろうとも武器を振るう瞬間に瞳は動く。

 その視線を、その意図を察する事で振るわれた片手斧の風巻き起こす様な一閃を紙一重で飛び避けて、中空で騎士とすれ違いざまに抜刀し、水平に薙いだ。

 冷たい金属音が響き、舞い散るのは赤と黒。


 すれ違い少し進んでから馬首を翻した騎士の目がかっと見開かれた。

 胴を守る鎧に横一文字に走った刀傷に、そして血しぶきと共に吹き上がる黒炎に驚愕したのだろう。

 呪炎剣と名付けたこの技あればこそ、板金鎧を切り裂くなどと言う芸当が可能なのだ。

 刀傷を受け黒い炎にその身を焼かれ、苦悶の内にある騎士が呆然とつぶやく。


「黒い髪、赤土色の瞳を持つ男……そして髪色の違う娘を連れている……貴様が……貴様がそうか! 呪炎剣のセイシロウっ!!」


 叫びをあげて気合を奮い立たせながら斧を振り上げるも、そこで力尽きたか騎士の目から光が消えて、どさりと落馬した。


「ナムアミダブツ」


 私が刃を鞘に納めて死者に祈りをささげると、背なの娘も同じく祈りの言葉をつぶやく。

 だが、一騎倒せば予想外の敵に残った騎士が全てこちらに向かってくるのは道理。

 振り返れば既に騎士はこちらに向かっており、王の甥だという青年は肩を抑えてうずくまっていた。


「呪炎剣……まさか名うての呪術戦士に出会うとはっ!」

「運が無きは我らか……。されど、王命っ! 退く訳にはいかぬっ!」


 騎士たちの言葉を聞きながら、私はスラーニャに声を掛けた。


「……今少し、しっかり掴まっておれ」

「あい、おやじ様」


 宮仕えの悲しき性、向かってくる騎士にその様な思いを抱きながら、私は刃を振う。

 そして、本日は骸が更に二つ増えることに相成った。

 それは無論、私と娘スラ―ニャの物ではない。


<続く>

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