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愚か者の記録



「これからお前には世界を作ってもらう」

「……世界」


 真っ暗な空間の中、一人の神々しいお方が私に声をかけてきた。私は今まで何をしていたのか、まったく思い出せない。


「お前が冒険しながら創造力を働かせる事で世界が作られていくのだ。……ただし、お前は一時間で文字4000字分の冒険をしなければならない」


「もし一時間以内に4000字分の冒険を行えなかった場合、その冒険は強制的にバットエンドとなる。最初はバットエンドばかりになるだろうが、慣れていくうちに間に合うようになるだろう」


「それでは、想像力を働かせながら冒険の旅に行ってこい。……そうそう、この会話の間にも時間は過ぎていっている。もうすでに七分が経過しているので、残り53分だな。健闘を祈のる」


 神々しいお方は光と共に消えてゆき、やがて私は明るく輝く空間へとやって来た。……ダメだ、背景が変わらない。私が何か想像をしなければこの世界には何も増えないのだろう。


 とりあえず、森の中にでも行こうか。……いや、森の中で何すればいいんだよ。どうせならもっと楽しい場所の方がいいな。



 10分経過。残り50分




 その場その場で想像力を働かせるのも悪くはないと思うが、あらかじめ展開を作ってから想像力で世界を広げていくのもよさそうだ。……私は、どっちにするべきなのだろうか。


 よし、とりあえずその場その場で世界を作っていくことにしよう。考えている時間がもったいない。バットエンドを避けるためには素早い想像力が必要だ。……とりあえず、森より楽しそうな場所を想像してみよう。


 いや、でもせっかく出てきた森というアイディアを捨てるのももったいない。どうせなら楽しそうな森を想像してみよう。可愛いキノコがいっぱい生えていて、小さくてかわいい妖精たちがたくさん住んでいるようなところがいいかもしれない。……可愛さを気にしてばかりだな、私。そんなに可愛さに飢えていたのか。


 

 想像を終えた私の目に映るのは深い緑。そしてそれらを彩る、プヨンとした形が印象的な少し大きめのまん丸キノコ。

 色とりどりのキノコが彩る森の様子は、まるでお花畑のようだった。


 そしてさらに、そのキノコの周りには、可愛らしい女性をそのまま縮小したような姿をしている妖精たちがふわふわと浮かんでいたのだ。その様子を見て、私は夢の国を連想したのだ。




 20分経過 ただいま1000文字  バッドエンドを避けるためには、残り四十分で3000字が必要だ。ただいま一時間3000字のペースで進んでいる。……このままじゃ、ヤバイ



 神様からのメッセージが頭の中に聞こえてくる。どうやらこのままではバッドエンドを避けられないようだ。このままでは間に合わない。……思考を捨てて、直感で物語を進めるしかないかもしれない。とにかく頑張ろう。



「やあやあ妖精さん。あなたたちはとても美しいね。お友達になってくれないかしら?」

「……」


 可愛らしい妖精さんの家の一人に話しかける。だが、帰ってきたのは沈黙だ。彼女たちの性格や習性なども、私が考えなければいけないのか。……なんだか、人形遊びをしているような気持になっちゃうな。


 だが、私には彼女たちの性格などを考えている時間はないのだ。それらは速攻で定められなければならないものである。……良し、頭の中にふと思い浮かんだもの、それが今からお前たちの習性だ。




 塩レモン。私の頭の中にはなぜかその言葉が思い浮かんだ。……塩レモンと可愛らしい妖精。何だろう、この奇妙な組み合わせは。しかし、バッドエンドを避けるためには考えている時間なんかない。強引に妖精と塩レモンを結び付ける必要があるだろう。



「人間さん、私は今忙しいの。この森の名物、森レモンに塩分を加えるのが私たち妖精の仕事よ。あなたと会話している時間なんかないんだから」


 残念ながら振られてしまった。……いやまあ、私が速攻で作り上げた設定なんだけれども。彼女たち妖精は、塩レモンを作らなければならない存在なのだ。塩レモンを作る理由? そんなものを考えている時間が私にあるとでも?


 ヤバイ、話が止まってしまった。彼女たちに振られてしまったら、物語が進まなくなってしまう。何とか彼女と私をつなげる設定を作り上げないと。……よし、また一つ何か単語を思い浮かべよう。それが妖精さんたちと私をつなげる魔法のアイテムなのだ




 33分経過 ただいま1800字 残り27分で2200字 このままペースを上げていけばハッピーエンドまで間に合うかも



 私の頭にふと思い浮かんだ単語、それは……『猫』



 フしゃぁぁぁっ!!



 森の奥の方から、何匹かの猫がこちらにやって来た。奴らは目をギラギラさせながらこちらにやってくる。



「きゃあ、猫よ。襲われてしまう。逃げなければ」

「ふええん、怖いよお」

「大丈夫、私がそばにいるから。泣かないでね」


 妖精さんたちは互いに集まりお互いに恐怖を和らげようとする。……獲物が一か所に集まったら、それこそ捕食者の思うつぼだと思うんだけれど。



「どうやら私の力が必要なようね」


「お。お前は……」

「あんたがあれを生み出したんでしょうが!」

「相手にされないからって、敵を作り出してそれを倒すヒーローになろうとするなんて。情けないと思わないの?」



 40分経過 ただいま2200字 残り二十分で1800字必要



 妖精さんたちが覚めた目でこちらを睨んでくる。……まあ、間違ってはないけど。でも、こちらにも事情があるのだよ。



 ふしゃああああ



 モフモフとした毛玉のように毛をモフモフさせながら、猫は妖精たちにとびかかろうとする。確かに体の小さな妖精さんたちにとっては脅威であろう。……だが、所詮猫は猫だ。人の力があれば追っ払うことはたやすいだろう。



「ウオリャァァァッ」

「ニャァァァァァン」


 猫に向かって叫んでみる。すると猫もこちらに負けずに鳴き声を発する。妖精たちの前で、私と猫は叫びあっているのだ。



「……あんた、本当に何がしたいの?」

「私たちに、何を訴えたいのかな?」

「まじめに怖がるのも馬鹿らしくなってきちゃった」


 震えながら固まっていた妖精さんたちは、冷めた目をこちらに向けながら、くつろぎ始めてしまう。



 ヤバイ。また物語が止まってしまった。また何か一つの単語を思い浮かべてストーリーを進めよう



 ふと思い浮かんだもの、それは……ダメだ。物を思い浮かべても私は心の中でそれじゃ物語は動かないと決めつけてしまう。だんだん頭が固くなってきた。想像力を働かせるのも疲れてきた。話が進まなくなってきた。もう何も考えられないよ。


「ウオリャァァァッ」

「ニャァァァァァン」


 私と猫は、ひたすら鳴き声を発する作業に入ってしまう。思考停止だ止まってしまったのだ、私の思考は。




 ただいま53分経過 2800字 残り7分で1200字


 


 だめだ、もう時間がない。このままではバッドエンドに直行だ。この状況で考えられるバッドエンドはもちろん妖精が猫に捕食されてしまう事だろう。塩レモンも作られることがなくなってしまうだろう。私の能力不足のせいで、二つのものが絶滅してしまう。……なんだか、申し訳なくなってきた。


 妖精さんたちは私に厳しいけれど、森レモンを塩レモンに変えている時はとても楽しそうな様子だった。私の能力不足は、この美しい光景も台無しにしてしまうのだろうか。……そんなのは良くない。


 私には、妖精さんたちと塩レモンを守る義務がある。例えバッドエンドになったとしても、この二つだけは守らなければならない。



 残り三分です 残り三分で800字分の冒険をしてください。さもなければ、バッドエンドに直行です。




 もう、時間がない。妖精と塩レモンを守りつつ別のバッドエンドを用意する必要がある。……一つ、あるじゃないか。妖精さん以外でこの物語でバッドエンドになる可能性のある存在は……既に出てきている。……良し。



「にゃぁァン! ニャッァァァん!」

「フシャアアアアアッ」

「にゃあんやああ」

「っふしゃああああ」


 


 一時間が経過しました。ただいまの文字数、3443字、557字の不足です 4000字に達しなかったためバッドエンドに進みます。







 300年後


「おかあさ~ん、絵本読んで読んで」

「もう、しょうがないわね。一冊だけだから」

「やった~」



 あの後、妖精さんと猫との間で友好関係が築かれる事になった。妖精さんがいなくなると塩レモンが食べれなくなってしまうと猫が気づいたのだろう。



「それじゃ、読むね。『塩レモンの秘密』」

「私、この話大好き」

「エミちゃんはほんとに好きよね、この話。……昔々、私たち人間が生まれる前のお話。森の中で暮らす妖精さんと猫さんが居ました」

「うんうん、それで~」


 

 これは、人が生まれる前のお話。……でも、このお話には一人だけ人間が出てきます。



「おしまいおしまい。……どうだった、エミちゃん?」

「凄く面白かった。でも、どうして人間がこのお話に登場するんだろう? これは人が生まれる前の時代のお話じゃなかったの?」


「事実とは、後世にはねじ曲がった状態で伝わるものなのよ。このお話も、半分は嘘で作られているとおもうわ」



「……やっぱり嘘が混じってるんだね。さすがにあんな情けない人間なんかこの世には存在しないかぁ」

「いえ、そうとも言い切れないわよ。人間の心は案外もろいの。誰にも相手にされないような状態がずっと続けば、あのような人間も生まれてきてしまうと思うわ」


「じゃあ、私もああなっちゃうかもしれないってこと?」

「大丈夫、あなたには私がついているわ。つらくなったらいつでも私に甘えて来てね」

「……おかあ、さん」


 これから作られるであろう人間の世界。そこで、一人の愚か者が歴史に名前を残してしまう事になってしまった。

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