84.護法術式
「ええーっと…ええーっと…」
黒いローブを身に纏った短い黒髪の少女はどう逃げるか模索していた。
「アンタ何者なの?」
魔導書を開いたまま尋ねる。少しでも怪しい動きでもすれば魔術を放つ勢いだ。
「えっと…わた、私は……その……あれだ!通りすがりの一般人だ!」
「一般人?んなわけねえだろ…嘘を付くにしろ、まともな嘘を言えってんだ。お前どこから出てきた?」
「え?さ、さあ?どこからかな?」
ルークスの問いにも真面目に答えないようだ。
この場所で知られたくないことでもしていたのか?
注意を呼びかけるようにエララが話す。
「みんな気を付けて、コイツ人間だよ。星導光惑星の奴かも」
丁度ルークスも彼女と同じことを考えていた。
「確かに…こんなところに居る人間なんてあいつらぐらいしか居ねえよな」
相変わらずオドオドと挙動不審な動きを見せる少女はルークスに尋ねる
「えっと…君達はその星導光惑星で…その……用があって来たとか?」
「だったらなんだ?」
少女に向けて牽制するように剣を鞘から引き抜き、剣先を向ける。
危険と感じたのか、大声で叫びだす。
「逃げろぉぉぉぉ〜〜!!」
叫びながら逃げようとする少女からコトンと小さなものが落ちる。
「ぐっ、なんだコイツ!急に叫びやがって!」
かなりうるさく、そんな些細なことに気付いている暇は無かった。
少女が落としたモノから白く濁った煙が勢いよく発射される。
「な、なに?!煙!?」
ステラは慌てたように手で煙を払っていた。
だが、その程度で煙をどうにかできるものでは無かったため、あっという間に煙が充満した。
「ちっ!」
タルボスとエララの様子がおかしい。
「お前らどうしたんだ!」
両手で鼻を覆い辛そうに話す。
「に、ニオイが…」
「うぐぁ……臭い…」
「ニオイ?ニオイなんてどこにも…?」
獣人族だけが感じ取れるニオイがあるのか?
「吹っ飛べ!」
ミルキーの魔術により、遺跡内に充満していた煙を吹き飛ばす。
「二人とも大丈夫?」
苦しんでいる二人の元に駆け寄る。
「あ、ああ。だいぶニオイも薄れた。助かったぞ」
タルボスはすぐに立ち直り深呼吸する。
だが、エララの方は気持ちが悪いのか、優れない表情をしていた。
「うう…」
「エララ大丈夫?」
ステラの呼び掛けに彼女はさっきの敵のことを気にする。
「あ、あたしのことはいいから…さっきの奴を…」
辺りを見渡すと既にあの少女の姿は消えていた。
「アイツもういねえな。逃げられたか」
敵が居ないことを確認するとルークスは剣を鞘に収める。
「うう…気持ち悪ぅ…」
鼻を片手で隠したまま、しゃがみ込んでいる。
彼女の様子にステラは提案する。
「ねえ、本当に大丈夫?よかったら一緒に外に出よう。外の方がニオイもマシだと思うから」
彼女な提案にエララは首を縦に振る。
「ごめん…そうさせてもらうよ。タルボスも来る?」
「いや、俺なら大丈夫だ。お前達二人で行ってくると良い」
そう言うとエララは覚束無い足取りで立ち上がろうとするが、途中ステラに体を支えてもらいながら遺跡の外に出る。
「それにしてもさっきのは何だったんだ?あいつらの罠か?」
「トラップ…にしては向こう側も驚いてみたいだったけど…」
「なあタルボス。あいつのことは知ってるか?」
すると彼は肩をすくめて話す。
「知らないな。というより前に来たときにアイツは居なかった」
星導光惑星の人間が来ていた時、タルボスはそのニオイと目を頼りに彼らを監視していた。
だが、さっきのローブを着た少女の姿は確認できなかった。
「見過ごしてたとかじゃねえのか」
「俺達の鼻をくぐり抜けてここまで来るなんて、それこそあり得ないな。人間のニオイは独特で強烈なニオイを発している。気付かないはずがない」
獣人族は嗅ぎ分ける能力を持っている、ひとりの人間を見逃すはずがない。
ミルキーは手を顎に当てて考え込む。
「もしかしたら…」
「ん?心当たりでもあるのか?」
「うん。アンタよ」
ピッと指をさす。
「俺?」
「そうよ。アンタは星導光を使わずに魔術、武術を使える…そしてそれは妨害にも使える。これを意味することと言えば…」
通常、星導光を使用しなければ人は術式を組み上げる事が出来ない。
だが、ルークスにはそれを必要とせずにチカラを振るうことができる。
それと同時に彼にはもう一つのチカラがあった。
「光星エネルギーの吸収か」
「おそらくさっきの奴は周辺の獣人族に術式を発見されないために残っていたんだと思う」
「なるほどな…けど、わざわざ残る必要があったか?星導光だけ置いて行っても良かったんじゃねえのか?」
一見そうとも言えることにミルキーは否定する。
「出来なかったと思う。星導光って言えば何でもできる便利な物と認識してるけど、実際はそうとも言えないのよ」
「どういうことだ?」
「術式の複雑さよ。そうね…アンタの村に照明星導光があるでしょ?あれは星のエネルギーを光星エネルギーに変えて、さらにそこから電気エネルギーに変換し照明として機能する。術式のレベルを5段階で例えると、これはせいぜい1ね。特に日用品に使用してる殆どの星導光が当てはまるわ。そしてこの術式の構造が複雑になっていくと、あるエネルギーが必要になってくる」
「生命エネルギーか?」
「アンタにしちゃ珍しく覚えてたのね。そうよ、術式のレベルが上昇すると生命エネルギーが必須になってくる。そこらにある日用品の星導光が生命エネルギーを使用しないのは構造の違いと単純な術式…そして出力範囲を超えて暴発しないようにするため。それらを特化した星導光が2つある。それが魔術星導光と武術星導光なの」
「つまり、さっきのやつは魔術を発動させて、ずっとここを隠してたってことか。俺がその術に触れたことによって光星エネルギーを吸収して術式を破壊した…」
「アタシ達の目を欺き、獣人族の鼻ですら感知出来なかった。このレベルの術を発動させるのは魔術星導光以外ないわ」
二人の話を聞き続けたタルボスは口を開く。
「星導光のことはヒマリアから聞いたことがあるが、まさかここまで複雑なものとはな…それで人間が隠してたものはこれか?」
タルボスが指をさした方向に目を移すと、そこにはさっきまで何もなかったはずの空間に術式の模様と真ん中に謎の星導光が地面に突き刺さっていた。
「ええ、見てみるわね」
ミルキーは術式に近付き、しゃがみ込む。
「これは…」
すると彼女は驚いたように口が少し開く。
「どうした?」
「ううん。ちょっとビックリしただけ」
普段からこのようなリアクションをしないため、気になり何があったのかを尋ねる。
「何があったんだ?」
「これを見て」
徐ろに腕を動かし、中央にある何の星導光かもわからないものを指をさす。
「星導光か?」
「そう。これは結界術の一つ護法術式よ」
「護法術式?」
「特定の場所を遠隔で守る術式。特殊なやり方で生命エネルギーを必要としない数少ない術式よ。本来なら魔術星導光を使うはずなんだけど…これ全部、加工されてないものよ。ありえないわ…」
「加工してない…?星導光は星導光じゃねえのか?」
「アタシ達がよく見る物は、それ専用に加工されたものなの。光星エネルギーを扱う以上、色々と工程を踏んでから安全性の確認が必要になる。でもここにあるもの全部が加工される前…迂闊に触らないで」
タルボスは術式を観察しながら尋ねる。
「……どうやって解除する。術式を解くには触らなければならないだろう?」
小さな胸にポンッと軽く手を当てて答える。
「アタシに任せてちょうだい。こういうときのためにアタシが居るんだから」
「大丈夫なのか?術式の破壊なら俺がやったほうが安全だと思うんだが…」
すると、ミルキーは丸いレンズを頭に装着しながら準備を進める。
「アンタの力でやれば術式は簡単に壊せるかもしれない。でもアンタだって安全に居られるわけじゃないわ。今までは何事もなかったけど、次も何も起こらない保証なんてない。光星エネルギーがどう来るか分からない部分も多いし…アタシがやるわ。ちょっと離れていて、巻き込まれるから」
「なにかあったらすぐに言えよ」
「ええ」
軽く返事をすると術式を解除する作業に入った。




