105.退屈
コーディリアの商業区にフォンセは一人片手に衣服の入った袋を持って宿に帰る最中だった。
夜なので辺りは暗く普段人通りの多いこの場所も今は少なくスムーズに歩を進められていた。
「……………」
衣服は安物を選び派手なものではなく質素で動きやすい服、とても女の子が喜ぶような内容物では無かった。
傭兵になった時から、ずっと一人で行動をしてきた。
誰かと共に行動することは稀にあったが……
(俺は……何をやってるんだ?)
時々、彼は自身に疑問を投げつける。
(売れるか分かんねえガキの世話をして…そこらの依頼を受けたほうがよっぽど楽だ)
ミラを稼ぐ手段ならいくらでもある。その中でも彼は最も簡単で稼ぎやすい手段を選んでいた。
周りからは汚いや悪だとか言われるが、そんなものは関係ない。
ミラさえ稼げればそれでいい。
だが、今回は何を血迷ったか面倒でリスクのある手段を選んだ。
いくら趣旨を変えると言ってもどうしてこんなことをしたのか彼にも分からなかった。
(………いいや、これでいい)
彼はこの選択に肯定する。
(俺の勘に間違いはない)
今まで選び取ったものに間違いは無かったからだ。
そうしている内に宿へ戻ってきた。
ガサガサと袋の音を鳴らしながら部屋の扉を開ける。
部屋の奥へ進む途中に足を止める。
「…………」
脱衣所に少女が棒立ちでいた、
「コイツ……マジで動かねえな」
見たところフォンセが出かける前と比べると動いていないように見えた。
ずっと動かずに待っていたのか?
その気になれば逃げることもできたはずだが…
「ほら、買ってきてやったから着替えな」
衣服の入った袋を雑に少女の前へ軽く投げる。
「…………」
どこを見てるのか分からない少女は動かなかった。
「お前、全部俺にやらせるつもりか?」
「………」
何を考えているのか分からない……いや、もうどうでもいいと思っているのか?
「死んだ顔をするのは結構だが、最低限のことはしろ」
「…………」
反応なし……まるで人形に話しかけている気分だ。
「けっ、俺は寝るぞ。着替えくらいしとけよな」
呆れたのかフォンセはベッドに向かい始める。
「…………」
★
夜が明けて音響星導光の目覚ましによってフォンセは起床する。
隣のベッドを見てダルくなった。
「………あぁ?」
そこに少女の姿が無かった。
昨日の動きからして脱衣所に向かう。
「マジか……」
少女は壁に持たれて足を曲げてうずくまっていた。
頭にバスタオルは掛かったままで衣服には着替えていなかった。
それどころか衣服の入った袋に触った痕跡がなかったのだ。
すぐに察して大きな溜め息をが出る。
「はぁー……だる…」
さすがにこのまま放置するわけにはいかないので衣服を取り出して着替えさせる。
(そういやコイツ…何も食ってねえな…)
昨日の昼から拾ってきたが、そこからなにか口にしたものは見当たらなかった。
とりあえず少女をベッドに座らせてフォンセは冷蔵星導光の中身を物色し始めた。
安い宿ということもあって、初めから用意されてるものは無かった。
だが、奥の方に一個のパンが置いてあった。
昨日少女の衣服を買うついでにパンを買っていたものだ。
帰ってから面倒くさい事があり食べず冷蔵星導光の中に入れっぱなしにしていた。
そのパンを手に持つと少女が食べれるように小さくちぎって前へ出す。
「お前、昨日から何も食ってねえよな?パンでも食え」
「…………」
少女の死んだ目が微かに動いた。
だが、相変わらず体が動く気配がない。
「無理矢理食わせるか」
そのパンを少女の口元に運ぼうとすると少女は飛び跳ねるように避けてフォンセから離れる。
「………!」
あれだけ動こうとしなかった少女が突然動き出してかフォンセは少しばかり驚く。
「やっと動いたか」
「…………」
少女の視線はフォンセを捉えていた。
「…………」
互いが見つめたまま動かない。
(さて、どうする?)
コルトの言葉に彼は慎重になっていた。
(言霊族は何かしらの危機に迫ると自害する習性がある)
少女はこちらをじっと見つめているだけで自害する様子はない。だが……
(下手に動けば…………)
せっかく捕まえた大金が消えてしまう。
しかし、フォンセはハッと思う。
(いや、なぜ俺がそんな事を考えなければならない?コイツが生きようが死のうがどっちでもいいじゃねえか。上手くいったとしても5.600万程度……問題はない)
既に識から800万ミラの報酬を受け取っている。それ以前に彼は様々な依頼を受けながら王都まで来ていたのだ。
ミラなんて考える必要がないほどあった。
上手く行ってもフォンセにとってはたかが知れている。
そう、今回は気分でやっているだけだと言い聞かせる。
もし仮に自害されたのならそれまでの話。そうならなかった場合ならそれでいい。
どのみち栄養を摂らせる必要があるのだから。
再びパンをやろうと近づくと少女は部屋の隅から隅へと逃げ出す。
「……!」
何かを発しようとしているのか、口をパクパクと動かし始める。
「おい、何処に行きやがる」
少し苛立っているのか少女を睨み始める。
少女は焦ったのか首を振って何かしらのコミュニケーションを取ろうとする。
「…!!」
「…………」
口をパクパクさせているが声が出ていない。
(コイツ……まさかパンが嫌いなのか?)
今までの反応からして、そんな下らない理由ではない事が分かる。
(違うな…パン如きでこんな反応はしねえはずだ…)
言霊族に関してはかじった程度しか知らない。
フォンセは仕方なさそうに通信星導光を使う。
すると、ノイズの無いキレイな音声が返ってきた。
「や、最近多いじゃないか。俺が頼れる存在に気が付いたか?」
「ナルシストもそこまでにしろ、言霊族について聞きたいことがあるんだが…」
「言霊族……?お前まさか…まだ売ってなかったのか?」
「だったらなんだ」
「いや〜、凄いな〜って……依頼以外で長く続いたのって初めてじゃねえのか?」
「今回は趣旨を変えることにしたんだよ」
「そうかいそうかい。それで言霊族の何を知りたいんだ?」
早速知りたいことを尋ねることにした。
「コイツらの主食はなんだ?今パンをやろうとしたんだが急に動き出してな……逃げやがるんだよ」
「ああ、ソイツらは「食べる」行為をしないんだ」
「ああ…?食わねえってことか?」
「いいや、食べてるよ。自然の「気」ってやつをね」
「気……? 魂みたいなものか?」
「正しい回答ではないが、それに近い存在だ。言霊族は自然が作り出した気質……エネルギーを呼吸することによって、体内に取り込み糧とする……らしい。
言霊族に関しての情報はどれも信憑性の低いものばっかりだから、あんまり信じるなよ」
普段から見かけることもなく、見つけたとしても言霊族が危機だと悟ってしまえば直ぐに自害してしまう。
厄介な習性があるため情報も自然と少ない。
「とりあえず食事に関しては何もいらなくてもいいんだな?」
「ああ、あと水分も摂ることが無いらしいぜ。まあ、これも当てにならない情報だし、そのへんは様子を見ながら臨機応変にしたほうがいい」
「なるほどね…」
警戒MAXの少女を見て考え込む。
「他には?」
「無い」
「あっそう。まあどうせ1週間ぐらいで」
コルトの声を消すように通信を一方的に切る。
「………」。
よほど何かを食べさせられるのが嫌なのか、部屋の隅からこちらの様子を窺っていた。
「そう警戒するな。お前が食べねえってことが分かったから、もうしねえよ」
「…………」
「これからは自分の事は自分でしろよ。いつまでもやってらんねえからな」
「……………」
少女は指を前に出して何かを描き出した。
「あ?」
それをひたすらに繰り返し何かを伝えようとする。
フォンセも最初は理解できなかったが次第に何を指しているか分かってきた。
「紙か?」
少女はうんうんと頷き今度は細長い何かを描き始めた。
「………ああ、そういうことね」
するとフォンセは机に置いてあった紙切れとペンを手に取って少女へと渡した。
早速少女はそれを使って紙に書き始めた。
書き終わったのか少女は紙を差し出した。
【どうしてわたしにやさしくしてくれるの?】
「勘違いするな。お前を高く売るためだよ」
「…………」
死んだ目でこちらを見つめてくる。
表情の強弱が無いので少女の感情が掴みにくかった。
「変に期待はしないことだな」
トントンとフォンセに小突く。
少女に視線を向けると紙に書いたものを見せつけるように前へ出していた。
【あなたはだれ?】
「名前なんて聞いてどうする。いずれお前は売られる身なんだぜ?」
「…………」
「まあいい。3日程度コーディリアにとどまる予定だ。お前も下らないことを聞く暇があるなら今のうちに休んどけ」
「…………」




