97.とある傭兵
この世で最も大事な物…それはミラだ。
ミラさえ積めば…どんなものも手に入れられる。
地位、名誉、力、権力…それら全てミラがあれば解決する。
だが、俺にそんなものには興味はねぇ。
俺が欲してるものはミラだけだ。
王都コーディリアの如何にもゴロツキが居そうな怪しげな路地裏にガタイのいい一人の男が壁に背もたれをしながら日の当たる外の景色を見ていた。
「………なにもねえぁ…」
そう呟く男は謎の小さな白いポケットをひらひらと揺らせて、心底つまらなそうにしていた。
「けっ、ここは相変わらず金になる話がねえな」
動きやすい長袖のTシャツに長ズボンとシンプルな格好をしていた。
「あ、あの!」
路地裏の外からの女性の声が響いた。
「ああ?」
声のした方向に顔を向けると、そこには質素な格好をした若い女性が立っていた。
「えっと、すみません。あなたは…その…フォンセさんですね?」
タジタジとした態度で男と思われる名前を出す。
フォンセと呼ばれた男は何かを察したように口元を緩めて女性に近付く。
「依頼か?いいぜ、話ぐらいなら聞いてやるよ」
「は、はい…じつは……」
女性からお願いされたのは、とある老婆の殺害。
何故その老婆を殺してほしいのか、理由を女性は聞いてもいないのに答えていた。
正直そんなものに興味はないし、どうでもいいことだった。
依頼内容はフォンセにとってよくある人殺しのもの。
彼は人には言えない依頼を代わりに果たす万屋のモノマネをして各地の国や街を転々と周っていた。
その評判は上々でいつの間にか有名人になっていた。
裏の住人の中ではの話だが…
「お願いしたいのですが…」
「いくらだ?」
後ろめたい事をやるからにはフォンセにもリスクがある。
タダでやるほど安い仕事ではない。
「は、80万ミラで……」
そう言うと女性はミラが入ったと思われる小袋を渡してきた。
「80万ね……」
小袋は受け取らず上を向く。
少し前にファールバウティで仕留めた武道家の人間を思い返していた。
その人間は有名な者だったのか死体は300万ミラで取引をした。
ソイツと比べると80万は少な過ぎる。
「わるいが他をあたりな」
手を軽く振ってこの場から去ろうとする。
「ま、待ってください!あ、あと、どのくらい足りないのでしょうか!?」
女性は必死に彼を引き止めてる。
面倒くせえと言いたげな顔だ。
「150だ」
フォンセが提示した金額…150。
それは150ミラではなく150万ミラという意味は言うまでも無いだろう。
「ひゃ、150…ですか」
高すぎる金額に驚きを隠せていない。
それもそのはず、一般人にとっては150万ミラは大金。
今すぐ手に入れられるものでは無い。
「嫌ならいいぜ、じゃあな」
少し意地悪するような対応をとる。
それでも諦めきれないのか女性はボソッと小さな声を振り絞る。
「は、払います」
その言葉にフォンセは振り返らないまま足を止める。
「払いますから…お願い…します」
女性は頭を下げて懇願する。
「そうこないとな」
再び女性の元に歩き寄る。
「いいぜ、やってやるよ」
自信満々な笑みを浮かせながら続けて話す。
「ミラなら後払いで構わねえぜ。お前いまミラがねえんだろ?」
さっきの様子からして、この女性が持っている金額は彼女が最初に提示した80万ミラなのだろう。
フォンセには依頼をこなす上で流儀というものを掲げていた。
1つ、どんな依頼でも、それに見合ったミラを支払えば実行する。
2つ、一度受けた依頼は何があろうとも最後までこなす事。
「今日の夜で終わらせるから…そうだな、3日後だ。3日後、この場所で落ち合おう」
依頼は今日で終わらせて女性には3日の猶予を与える。
「ああ、それともう一つ」
去り際に念を押すように喋る。
「俺のような奴に頼み込む、お前なら分かってるとは思うが…ミラが足りなかった場合は……どうなるか……」
そして3つ目…依頼者が約束を違えた場合におき、その金額分を依頼者の体で支払うこと。
どんな時代になっても人の臓器は高く売れる。
フォンセが有名である事に彼の流儀を知る者も多い。
「は、はい……ご存知です…」
女性は怯えた様子で頭を下げていた。
だが、これも所詮、約束を違えた場合であっての話。
払うものをキッチリ払えばいいだけのこと。
「ならいい」
フォンセは依頼をこなすため、人目が少なくなる深夜の時間帯を狙って老婆の命を奪う。
★
真夜中の闇に簡素な住宅の中で老婆が頭から血を流して倒れていた。
老婆はもう息をしておらず亡くなっていた。
その傍らにフォンセが暇そうに十字架の形をした変わった短剣の手入れをしていた。
これが彼の日常…誰かを殺害する事は彼にとっては造作もないことだ。
人が無意識に呼吸するようにフォンセも罪の罪悪というものは感じず淡々としてきた。
これも全てはミラのため。
老婆を殺害してから3日後…
あれから老婆の居た住宅は星群騎士団によって規制され犯人を追っている。
フォンセが指定した場所、夜空の星に来ていた。
学園区にあるためか学生が多い。
夜空の星の中でも目立たない場所に依頼者が座って待ってていた。
「ミラの用意は出来てるか?」
フォンセが近づき声を掛けると女性はビクッとして静かにミラの入った袋をテーブルに出す。
「はい……ここに」
彼は椅子に座り袋の中身を漁る。
「確認だ」
一枚一枚ミラの紙幣の数を確認する。
彼は絶対と言っていいほどの面倒くさがりである。
だが、そんな彼でも報酬の確認だけは怠らない。
何故なら過去に偽札が入った袋を確認もせずに受け取り帰った経験があったからだ。
当然、偽札を渡してきた依頼者はその分の金額を体で支払わせたが…残念なことにその依頼者の体は良く無かったらしく大した金額にはならなかった。
そういった過去があるため、面倒と思いつつ一枚一枚確認をする。
少し時間が経ち数えたミラを袋に入れ込む。
「確かに150万ミラを受け取ったぜ」
ミラの入った袋を謎の小さな白いポケットの中に収納する。
「じゃあな。もしお前がミラを出してくれるなら、その時はまた受けてやるよ」
そう言うと彼は中央区の方角に向かって行った。
★
中央区のある木製のベンチに彼は座って周りの景色を見ていた。
相変わらず人通りの多い区域だ。
「………」
ここから離れようとした矢先にズボンに引っ掛けていた半透明な通信星導光が鳴り出す。
コイツが鳴るということはアイツだな…
「うっぜえーなー…」
そう言いながら角が丸まったひし形の星導光を雑に持って、真ん中にあるスイッチを押す。
そうすると通信星導光は淡い水色に変化して宙に浮く。
「なんだ」
明らかに不機嫌そうな声にソレからは笑いの混じった男の声が聞こえだす。
「よぉ、フォンセ。調子はどうだ?」
「まあ、ボチボチってとこか……」
「いまコーディリアか?」
「あ?そうだが…」
「そうか、そこなら派手に動けないし、ミラも稼ぎにくい。近い内に移動するのか?」
「ああ、ここは奴隷売買が禁止されてる。その上、面倒くせえ連中もいるしな…近々ファールバウティに行く予定だ」
ファールバウティはこことは違いギャンブルを公正に認めた場所でもある。
「またギャンブルか?お前もそろそろ働けよな」
ある程度ミラが集まるとギャンブルに投じる癖があった。
毎回倍率の高いものに賭けてやってはいるが、案の定まけてばっかりである。
そのせいかミラの動きも忙しなく上下に動いている。
「ちっ、働いてるじゃねえか…傭兵としてな」
「お前の場合、傭兵じゃなくてグレた無職だよ」
「うるせえな…そう言うテメェこそ働いてねえじゃねえか」
「俺はお前と違って真っ当な生き方をしてるのさ」
「どの口がほざくか…切るぞ」
「ああ、ちょっとまっ――――」
男に喋る暇を与えず、ぶつ切りする。
「さてと……」
ベンチから立ち上がると、フォンセは商業区に向かって歩き出した。




