01.不思議な少女と旅立ち
小さな家に朝の日光が部屋の窓から差し込む
黒の短いコートを羽織り茶色の革手袋をはめ
剣を取り、鍛錬のため近場の森へ出掛ける。
「‥‥‥」
誰もいない朝に独り歩きながら村を出る青年ルークス
中性的な顔立ちに、中途半端に伸ばした黒髪が柔らかな風があたりなびかせる。
草木が生え見通しの良い道なりをゆったりと歩き気がつけば森の入口まで着いていた。
少し進むと草木の匂い、鳥の鳴き声があたりに響く
「周りか静かだと眠たくなっちまうな」
大きな欠伸をしながら歩いていると奥から、ベチャベチャと水がはねるような音が耳に入る。
「何だこの音は?魔物でもいんのか?」
音が聞こえる方向に足を運ぶと、ぽつんと佇んでいる少女がぺたんと座り寝ぼけた様子でいた。
少女の目の前に三匹のスライムがいることに気付き眠気が吹き飛ぶ。
「魔物か!?」
剣を鞘から引き抜き魔物の前に立ち戦闘態勢をとるが
スライム達は吃驚したのかすぐに逃げ出した。
「あんた大丈夫か?怪我は無いか?」
腰辺りまで伸びきった白髪の少女は力の抜けた声で答える。
「うん‥?‥大丈夫だよ」
「そうか‥怪我が無くて良かったよ」
相手の無事を聞いて安堵する。おっとりとした顔立ちに透き通るような瑠璃色の瞳でルークスを見つめる。
「貴方‥誰?」
「おっと、そうだな。俺の名前はルークス・ソーリス近くにあるフェーべ村に暮らしている。あんたは?」
「私‥ステラ‥ステラ・バイナリー」
軽めの自己紹介が終わり剣を鞘に納め質問する。
「ステラだっけ?フェーベ村のもんじゃあねぇよな?どっか来たんだ?」
ステラは顔を俯きながら話す。
「わかんない‥目が覚めたらここにいたの‥」
「うーん、じゃあ他に覚えてることは?」
「‥‥?私の名前しかわかんない」
「え?」
予想外の返答に間抜けな声をだす。
(これって、アレだよな)
記憶喪失ってやつか‥‥
内心焦りがこみ上げて来るが、ルークスは冷静に考え話し掛ける。
「なぁ、ステラがよかったらいいんだけど、俺と一緒にフェーベ村まで案内しようか?なんも分かんねぇだろ?」
「いいの?」
「ああ、別にやる事も無いしな‥ついでにステラの事も聞いといておくよ」
「ありがとう‥‥少しの間だけど‥‥よろしくね‥‥ルークス」
少女の手をとり立ち上がらせると
二人は歩き出しフェーべ村へ戻り森を後にする。
★
フリルのついた白いワンピース姿の少女ステラはルークスと共にフェーべ村へ戻る。
村と森の距離は近くのため数分程度で済む。
早速情報集めと言いたい所だが、朝一のためか起きている人が少なかった。
「あ〜コイツらまだ寝てんのか‥」
村に着いたことはいいものの、何も進展は無くオドオドとした態度で話し掛ける。
「ご、ごめんね‥‥迷惑かけて‥‥」
頭を撫でながら口を開く。
「別に謝ることじゃ無いぜ。そもそも俺自身から言ったことだし、まぁ、あいつらは多分お前の事を知らねぇと思うし‥さて、じーさんに聞くとしますかね」
「じーさん?」
「ああ、ちょっと見た目が特徴的なやつだけど、まぁ割と顔が広い人だしステラのことも多分知ってだろ‥」
僅かな期待を持ち、村の奥にポツンと建っている家に向かう。
★
「知らんな。あとワシのことはクラーワさんと呼べと何度言ったら分かる!」
その一言に落胆する
質素な家の中に丸太で出来た椅子に座る。
「おいおい頼むぜ、本当に知らないのか?」
ルークスの視線の先に厳格な男が座っている。
白髭を生やし頭は枯れ果てている。
クラーワは深く溜息し、申し訳無さそうにする。
「悪いな。嬢ちゃんのことは知らねぇんだ。力になれなくてすまねぇな」
それを聞いたステラはぺこりと頭を下げ
「ううん大丈夫‥協力してくれてありがと」
「しかし、じーさんでも心当たりが無いとすると‥どうしたもんかねぇ」
少し時間が経っただろうか、クラーワが何かを思い出したのか唐突に喋りだす。
「そういえばお前3日前のこと覚えているか?」
「ん?3日前‥‥?」
ルークスの反応を見てクラーワは呆れた態度で言う。
「覚えておらんのか〜。この前、村の入口にある照明星導光が魔物によって壊されただろ?」
「あー‥そういやそんな事があったな‥それで?」
何か嫌な予感がする。
「お前にお遣いを頼もうと思ってな‥‥王都コーディリアに行って照明星導光を買ってきてくれ、ついでに嬢ちゃんのことも聞きに周れば何か分かるかもしれない。ほれ、金は‥‥3000ミラでいけるか?」
「ついでって言うなよな。まあ、王都に行けば何らかの情報があるかもしんないけどよ‥‥あと3000ミラで照明星導光なんて買えねーぞ」
二人が話し合っている間、ただ一人ステラは置いてきぼりに
(全然話が、わかんないよ‥あとでルークスにきこう)
立て続けに話すルークス
「それに王都へ行くとなると、しばらくここに帰ってこれねぇ‥村のほうは―――」
ルークスの話しを遮るようにクラーワが話す
「へっ!お前がいなくても、村のことはわしらでどうにでもできるわ!分かったらさっさと行け!」
「はいはい、さっさと行きますよっと、じーさんも張り切りすぎてぼっくり逝かねーようにな」
ルークスは皮肉そうに投げつつ家をあとにした
ここでようやくステラの口が動く
「クラーワ‥‥ありがとね」
「礼をされることはしてない。おっとあいつに渡すのを忘れるところだった。嬢ちゃん、こいつを」
クラーワがそう言うとステラにミラの入った小袋を渡す。
「なにコレ?」
「その中には1万ミラが入ってる。ある程度金が無いと王都に行くのは難しいだろう。ルークスにこの小袋を見せないでくれ、あいつに心配されたくないからな」
「うん‥?よくわかんないけど‥‥わかった」
ステラは別れを告げ、ルークスを追いかけて行った。
★
ステラが外へ出るとルークスが待っていた
「あ、ルークス」
声に反応し手で挨拶をする。
「よっ、悪いな。俺達が全部決めちまって」
「大丈夫だよ」
ルークスは、これからの事を話す。
「そっか‥ステラ。これから王都に向かうけど、さすがに一直線でいけるわけじゃあ無い。まぁまぁ遠いからな‥まずは近所にあるナイアドって町にひとまずそこへ目指そうと思っている」
「‥‥」
ステラは腕を後ろに組み何か言いたげそうな顔をしている
「ルークス」
「ん?なんだ?」
長く綺麗な白髪を揺らし、再度確認する。
「本当に‥頼って大丈夫なの?」
「心配すんなよ。お前の帰る場所が見つかるまで付きあうよ。さっきも言ったけど、俺自身が決めたことだ‥それに、ステラを一人にできねぇからな」
ステラが微かに笑い
「ありがとね」
「さあ、行こうか」
そのまま二人は静かな村を後にし、ナイアドに向けて出発するのだった。