17.イイノの告白
皆の前では表情をほとんど変えないイイノが寂しそうに俯く。
そして無言……
喜怒哀楽を表に出さない人間だと思っていたのに……
何なんだこの状況!?
「……
あなたがいたから……研究が続けられた……
あなたがいたから……ここまで頑張って来られた……
あなたがいなくなったら……私……今まで通りでいられない……」
「な、何を言っている?
お前は強い強い女性じゃ。
わしなんか……こんなおじさんなんか……いなくなっても……」
今までの気迫に満ちたイイノの面影が見られない。
こんな……か弱い女性では……なかった……はずじゃ。
「え……え…………え……え……」
な、泣いているのか。
泣き出してしまった!
何故じゃ~。本当にイイノなのか!
「ど、どうしたのじゃ……イイノ。
何か……まずい事でも……」
ドーアの国を治める王様が目の前にいるたった一人の女性の前では、
オロオロするだけしかできなかった。
耐えられなくなったのかイイノが寄りかかって来る。
胸の中に飛び込んできたその細い体をとっさに抱き止めた。
「……み……みんなの前では……
しっかりしたリーダーでいなければならない……
でも……あなたの前だけは本当の自分でいられる……
あなたは……科学者としての……私ではなく……
一人の普通の女性として……見てくれている……」
熱い涙が白衣を濡らす。
触れているイイノの小さい手が震えている。
思ってみればまだ20歳前の普通の女性じゃ……
「……ヴェルがいなくなったら……強い……私じゃいられない……
私……あなたと……離れたくない」
イイノの率直な気持ちが……
必死な願いが……胸に突き刺さる。
その想いが心に響く。
「わ、私……
ヴェルの事が……
『好き』なの」
「す、好き……って? 何?」
「……あなたの事を一番に想っていると言う事」
ズドォン!
激しく心臓がこだました!
生きてきた中でもここまで心が熱くなる事はなかった……
腕の中にいるイイノが愛おしく……
大切な存在に感じる。
離したくない!
「わしも……
わしも『好き』じゃ!
イイノの事が好きじゃーー!
あ……わ……わしは何て事を言っているのじゃ!」
思わず強く抱きしめている!
い、いかーん。
わしから見れば幼い娘じゃないか!
何歳離れているのじゃ(800歳くらい?)。
こんな事していいのかーー!
罪悪感をひどく感じる……
自分は『オリジナル・ジェネシス』継承者の中でも『最長老』でもある。
それが……こんな……若い女性を……
善と悪の心が戦っているような葛藤。
目を強く瞑って想いを振り払おうとしたが逆に目が開けられなくなった。
!?
唇に柔らかいものを感じる?
「ん……!」
イイノの唇がわしの唇に!
軽く触れているその箇所から想いが伝わって来る。
お互い、相手を想う心がわかる。
「イイノ……」
そのまま強く抱き寄せてしまう!
どれくらい時が経ったのだろうか。
果てしなく長い時間を感じながら離れなかった。
離れたくなかった。
抱き合っている二人は遠い過去から遙か未来へ続く、
遺伝子の継承を感じ取っていた。
運命……
二人の出会いは運命だった……
1000年の間、継承してきたオリジナル・ジェネシスたちの想いが、
二人を出会わせたのだ。
◇ ◇ ◇
気がつくと二人は研究室の中央で倒れていた。
永い永い時間の流れを感じて、気を失ってしまったのか。
同時に起き上がると顔を見合わせる。
さっきまでの戸惑っていた気持ちはもう無い。
わしはどうかしていた。
イイノと離れるなど……
わしもイイノと共に生きたい、と心が定まった。
「ヴェル……
私の気持ちをわかってくれたのね」
「ああ、わしもお前がとても大事な存在じゃった。
離れたくない気持ちに気がついた。
きっと過去のオリジナル・ジェネシスたちが気づかせてくれたのじゃろう」
それにイイノから無限のような時の流れ……宇宙のような広大さを感じた。
そして太陽のような温かさ……心地よい風……
不思議な気持ちじゃ。
「ずっと……一緒にいてくれるのね?」
「ずっと……イイノと一緒じゃ」
見つめ合って想いを確かめ合う。
「じゃあ、これからもまた、私の部屋で一緒に暮らしましょう」
「世話になってばかりじゃな。
悪いがそうさせてもらっていいか?」
「うん……ねぇ、ずっと一緒にいる事を何て言うか、わかる?」
「同居じゃないのか?」
「ううん……男女が一緒になる事を大昔は『結婚』って言ったんだって。
私たちもそうなるのかな?」
結婚……聞いたこと無い言葉じゃ。
呼び方などどうでもいいんじゃがな。
「そうか。では『結婚』と言う事で良いぞ!
口約束だけで悪いが……」
「このヒューマン・キャッスルでもそういう制度を復活しようかしら。
人間がキャッスル・ブレインの管理から離れる事ができたら、
私たちと同じ想いになる人間も出てくるかもしれない。
その時の為に色々調べておかなければ……」
また元の研究者に戻ったみたいじゃな。
それがイイノらしいところなのじゃが……
「あ……しかし、ここにいつまでも住んではいられない。
いずれドーア城に帰らなければ……
部下も待っているし、大森林を大きくしなければならない。
一通り人間を元に戻せる道筋ができたら……
わしとドーア城に来てくれないか?」
「ええ。
いずれここの人間たちも外の世界へ旅立つ事になるでしょう。
その時は私の仕事も終わります。
皆と共にあなたの国に行きましょう」
「そうか、よかった。
その時はりっちゃんに作ってもらいたいものがたくさんあるのじゃ」
「りっちゃんに? 何かしら?」
「地下水を汲み上げる機械、それに電気で城に明かりを付けたり、
そうそう、遠く離れたところまで届く通信装置や、
物質転送装置もじゃな」
「期待しすぎると重荷になりそう。
でも彼女ならきっとあなたを助けてくれそうね」
二人はリツが家族だと思っていた。
いなくてはならない大切な存在となっていたのである。
「となると、あとどのくらいやらなくてはいけない仕事が残っているか。
まずイシュライザー・スーツの完成が第一目標か。
……今でも疑問に思うが、あのスーツは、
オリジナル・ジェネシスの能力をどうやって強くしているのじゃ?」
「あなたの細胞を毎日調べていたでしょ?
それでわかった事があったの。
ずっと暮らしていく中であなたの細胞はどんどんと強く活発になって行った。
何故だと思う?」
「さぁ? おいしい物を食ったからか?」
「違うわ。オリジナル・ジェネシスの遺伝子は相手を想う心、『好き』と言う気持ちが強い程、
より強い細胞を生み出す事がわかったのよ」
「何? 好き? まさかお前、
既にわしの細胞の状況から心を読んでおったのか?」
「うふふ、そうね。
ヴェルが私の事を好きになってくれていると信じていたから。
イシュライザー・スーツにはこの『好き』や『愛』と言った気持ちを、
刺激する電波が発生するようにしてるの」
「そんな電波があるのか!」
「いろいろな電波を研究してね。
逆に『嫌い』になる電波を流せば遺伝子の働きも抑えられる。
イシュライザー・スーツにはこの2つの電波が発生する装置が搭載されている。
強化(ON)と抑制(OFF)のダイヤル式スイッチ。
これをまわせば強さを調整できる」
「イイノ、お前はやはり天才じゃよ。
じゃあ、皆のスーツは今ONの状態なのじゃな」
「ええ、他の5人のスーツは今ONの状態で動いている」
「……なんか、気になるな。
皆、『好き』の気持ちになるのか……」
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