12.初めての夜・真
イイノの料理研究のせいで深夜になってしまった……
もう寝ないと明日は出勤じゃ。
しかし、イイノと二人……。わしは何処で寝ればいいのじゃ?
「おい、お前はいつも何処で寝てるのだ?」
「何処でって……もちろんベッドで寝てるわよ」
「わしはこの床で寝ればいいのか?」
居間の床を指さしてイイノの対応を遠目に見る。
「いやね、床は寝るところじゃないわ。
隣の寝室で寝ればいいじゃない」
イイノは隣の部屋を指し示す。
遠慮がちに隣の部屋の扉を開けた。
「ん? 確かにベッドはある事はあるのじゃが……」
無い! ベッドが一つしか無い!
しかも部屋の真ん中に巨大なベッド一つ……
「これは二人用のベッドよ。
二人で寝るには充分な大きさね」
「おお、そうかそうか……
何ッ!? お前と一緒に寝るのか!?」
「その為にベッドを新しくしたのですから」
う~む。今まで人間の女性と一緒に寝たことが無い。
泣いていたカレンの添い寝をした事ぐらいしか無い。
イイノの平然としている態度に焦る。
いいのか。一緒に寝ても……
「……何を考え込んでいるの?
そんなに汗をかいて……」
「寝る前に聞いておきたいのじゃが……
お前は男と一緒に寝て平気なのか?」
「平気も何も、あなたを間近で観察する事が研究の一環ですから。
全然気にしないで」
「気にするわ! 若い女が無防備な!」
「私は気にしていないわ。
私が同意していればいいんでしょ?
ちょっと着替えて寝る準備してきますから。
ヴェルも着替えてね」
イイノは替えの服を持って洗面所の方へ消える。
う~む、ヒューマン・キャッスルの人間は異性に対する感情は無いのだろうか。
首をひねりながらも作業着を脱いで裸になる。
「あ、寝る為の服を作らなければ……
この服では汚いからのう」
髪の毛を2、3本抜いて、龍の糸を作る。
「この世界の寝る服ってどんな物だ?
柔らかい服の方がいいのじゃろうな」
ライフ・ニットの能力で糸を服に変化させて行く。
「できた。昔で言う寝間着と言うヤツが。
色はまた赤い色でいいか。
いい出来じゃ。手脚が動きやすいのがいい」
自画自賛しているうちにイイノが出てきた。
薄い肌着上下。上は半袖で下は膝上までしかない。
思わず目をぎゅっと瞑ってしまった。
「おい。目のやり場に困るぞ。
少し肌が見えすぎじゃないのか?」
「寝てて苦しく無いし楽だから……いつもの格好だし」
イイノはサッとすぐにベッドの片側に入ってしまう。
目を閉じて寝ようとする状態だ。
「むむ、時間も時間だし……
わしも何も考えず寝るか……」
イイノの横に潜り込もうとするが……
「あ、待って!」
「何じゃい」
「寝る前にヴェルの細胞を採取しておかないと……
一日の細胞の変化を調べないといけなかったわ」
イイノは居間にある採取用具を取ってくると皮膚の破片を少し取る。
「有り難う。今日から朝、昼、晩に採取よ。
忘れないようにしないと」
「本当に実験動物みたいじゃな。
もういいか? わしはもう寝るぞ」
今度こそ二人でベッドに入る。
ベッドは広い。
二人並んでも充分に動けるスペースがある。
しかもフカフカで心地よい。大した品物だ。
ドーア城では岩の上に寝ていると言うのに……
心地よい気分で目を閉じる。
「あ、待って……」
「また何じゃい。
今度は血でも採取するのか?」
「そんなに離れてないで……もっとくっついて寝ましょう?」
「は? せっかく広いのじゃぞ?」
何を考えている?
何かの実験なのか?
イイノは横を向いているわしの胸へ頭と体を寄せてきた。
「な……」
ベッドの中央でお互いの体が密着している。
イイノの白く長い髪がくすぐったい。
しかもいい匂いがする。
体の細さが手に取るようにわかる。
胸の中にすっぽりと収まってしまう大きさじゃ。
あれだけ雄弁なイイノも寝ていれば普通の女性……
これは……いかん!
雑念を振り払うように目を強くつむりしかめっ面で寝ようとする。
その時、顔にそっと触れるものがあった。
目をそっと開けるとイイノがわしの顔に両手を当てている。
「そんなに嫌そうな顔しないで」
「い、嫌じゃないんじゃ……
お前を見ていると……どうにかなってしまいそうなんじゃ」
「いいんですよ。
もっと力を抜いて気楽になって。
二人で住むと言うことは心を許しあうと言う事だから。
自然に……どのような事になっても……
オリジナル・ジェネシスの本能にお任せします」
「……
ああ、そうじゃな。
お互い同じ人間として向き合って行こう」
イイノの優しい顔を見るとすべてを忘れそうになる。
そのまま、知らず知らず……眠ってしまったようだ。
◇ ◇ ◇
気がつくと部屋の中が明るい。
朝になっているようだ。
腕の上にはイイノの頭がある。
静かな寝息をたててまだ眠っている。
起こさないでおこう。
昨夜はあのまま眠ってしまったのか。
記憶がまったくない。
何もしていないと思うが……
イイノの綺麗な寝顔を見ていると心に何か温かいものを感じる。
居間まで感じた事のない感情。
これは……なんじゃ。
イイノを抱きしめたくなる感情……
「……ん……ん?」
「はっ!」
イイノが目を覚ましてしまった!
「すまん……起こしてしまったか」
「いえ……もう朝ですもの。
目は覚めますわ」
頬を赤くしながらこちらを見て来る。
やけに可愛く感じるぞ。
「そうか、もう起きるか?」
「まだ駄目」
「気分でも悪いのか?」
「いえ……もう少し、こうしていたいから……」
昨夜と同じく胸に頭をくっつけて来る。
思わず肩を抱き寄せてしまった。
「い、いかん……
でも、少しは……いいか」
◇ ◇ ◇
二人は出勤の準備をして居間で朝食を並べている。
「ふぅ、昨夜はどうなるかと思ったが……
先に寝てしまったが、あれから何かあったのか?」
「い、いえ……」
言葉に切れがない。
いつものイイノじゃないみたいだ。
「そうか、何事もなく何よりじゃ……」
しかし、昨夜は何もなくともこれが毎日続いてゆくのか?
どうにかなったらまずいな。
「一緒に寝ていて何か感じましたか?」
「……お前を見ていると温かい気持ちになったのう。
こう、いつもと違う感情。
長く生きてきて初めての事じゃ」
「私もあなたと寝ていていつもと違う感情になりました。
もっと触れていたい思いも……」
「これがもしかして……」
「相手を愛おしいと思う感情。
『愛』と言う感情なのかしら?」
相手を想う気持ち?
誰かを助けたいと言う気持ちはこれまでも何回もあった。
しかし、ここまで強く相手を想う事はなかった。
もしかして、わしは……イイノの事を……
「それを確かめる事も研究のひとつよ。
ゆっくりと進めて行きましょう」
いつものイイノに戻ったな。
『愛』の研究か……
イイノらしいと言うか……
イイノの考えている事は計り知れん。
数値で表したりできないじゃろうに。
それも科学技術でわかるのじゃろうか?
「じゃあ、食事が終わったらまた細胞の採取ね。
これからも協力、お願いします! ヴェル!」
「ええ!?
やっぱりわしは実験動物じゃないだろうな?」
食事と採取を終えると二人は足取り軽く遺伝子課へ出勤して行った。




