11.おじさんの引っ越し
イイノの強い要請で科学技術庁のイイノの部屋に引っ越しとなった。
通勤は楽だが地下深くの閉鎖された空間だ。
ドーア火山も同じようなものだが人間や機械に囲まれての生活は息が詰まる。
しかし、世話になっているイイノの願いじゃ。
叶えないわけにはいかん。
着の身、着のままでヒューマン・キャッスルまでやって来たので荷物など何も無い。
いつもの通勤のごとく、手ぶらで科学技術庁へやって来た。
「まぁ、何も持ってないのね。
どうやって生活していたのかしら?」
エレベーターを降りるとイイノが待っていた。
「店で買った飯を食っていただけじゃ。
団地の部屋には何も置いて無い」
イイノの様子がいつもと違うぞ?
そう言えば白衣を着ていない。
白いワンピース……あちこちに素肌が見える。結構露出度が高い。
今日は長い髪を縛っていない。サラサラと揺れている。
それに体は引き締まってスタイルがいい。
「イイノ、今日は雰囲気が随分違うのう。
科学者には見えん格好だな」
「今日は休日よ。仕事はお休み」
「それでイイノの部屋は何処にあるんじゃ?」
「職員用の宿泊エリアが少し歩いたところにあるの。
遺伝子課の皆もそこに住んでいる。
りっちゃんも最近、引っ越して来たわ」
う~む。あまり人間が多いところは苦手じゃ。
外の世界に帰りたい……
だがニッコリと微笑んでいるイイノを見ると言い出せないな。
彼女のためにここにいるようなものだからな。
何でヒューマン・キャッスルにずっといるのだろう……
「うふふ……難しい顔しているのね。
こんな人間がいっぱいいるところ、本当は嫌いなのでしょう?
早く外に飛び出したいとか考えてるのね」
「イイノには何も隠せないな。
外の広大な世界を旅して来たわしには一カ所にずっといる事は苦痛じゃ。
今にも飛び出したい気持ちじゃ」
「ずっとわかっていました。
ヴェルは本当に優しいのですね。
もうヒューマン・キャッスルの偵察は済んでいるでしょう?
だけど私の為にここに留まってくれてるんですよね?」
「凄い観察力だな。何でもお見通しか」
「一緒に住もうって言い出したのもあなたを何処にも行かせない為よ。
ある程度、研究が終われば知らないうちに出て行ってしまうと思って」
「わしのようなおじさん、何処がいいのじゃ?
研究材料がいなくならないようにする為か?」
「それは……」
珍しく舌鋒鋭いイイノが言葉に詰まった。
言いにくいことなのか。
「いいでしょ? 一緒に住めばわかるわ。
立ち話していないで、行きましょう!」
強く手を引かれて宿泊エリアへ走って行く。
そんなに急がなくても……
◇ ◇ ◇
宿泊エリアは科学技術庁の庁舎とは別棟だ。
入口を入ると奥まで続く廊下。
同じような部屋が左右に並びそれぞれ番号が振られている。
「どこもかしこも番号じゃの。
こんなに管理されては気味が悪いのう」
「どこに誰が住んでいるかは確かにコンピューターに登録されて管理されているけれど、
生活の中身までは管理されていないわ。
そこまで不自由じゃないから安心してね」
「何処に住んでいるのだ? 番号を覚えておかねば」
「№110よ。一番奥だし、覚えやすい番号ね」
1階の一番奥か。確かに覚えやすいし一直線に行ける。
「№106はりっちゃんの部屋よ。
寄ってみる?」
一体休みの日は何をやっているのか気になるが突然行っていいものなのだろうか?
「寄ってみたいが大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。よく訪ねているから」
イイノは容赦なくりっちゃんの部屋をノックする。
「りっちゃん、私、イイノよ。
起きてる?」
しばらくするとガチャンと鍵を開ける音がしてリツが姿を現した。
「……イイノさん……と、ヴェルさん……何でこんな所に?」
「今日から一緒に住む事にしたの。宜しくね」
「……い、一緒に? そんな事できるの?」
「特別に研究の効率化の為と言って許可してもらったの。
まぁ半分はこの人が何処かへ行ってしまう事をやめさせる為だけど……」
「……監視ですか? 何も研究でそこまでしなくても……
もしかしてもう半分は……ヴェルさんと一緒にいたいから?」
「それは……内緒……」
「……そうですか。それは私と二人きりの時に教えて下さいね」
二人がコソコソ話をしている脇からリツの部屋の中が見える。
「わっ!」
部屋の中は脚の踏み場もない程、ガラクタに占領されている!
ゴミ捨て場か?
「なんじゃ、りっちゃんの部屋は!
機械の部品や古い置物ばかりじゃないか!
それも山のように積まれている」
「……これはゴミの山ではありません。宝の山です……」
「宝じゃと? 買ってきたものなのか?」
「……いえ、生産工場や居住エリアで出た廃品です。
それを集めているのです……」
変わった趣味もあるものじゃ。
そんな事して何をする?
「……改造して新しい機械を生み出すんです。
ここヒューマン・キャッスルは機械はリサイクルして使いますが、
あまりに壊れた物はこうやって捨てられてしまっているんです。
だから私はそれらを分解して違うものを作ろうとしています。
人間の役に立ちますから……」
「そこまで物を大事するとは感心したぞ!
見た目は悪いがたいした趣味じゃの。
いつかわしの国で地下水を汲み上げる装置を作って欲しいものじゃ」
「……ヴェルさんの国があるのですか……
いいですね……外の世界には未知の機械が捨てられているかもしれない。
いつか行ってみたい……」
大変興味を持ったようじゃ。
目を輝かせている。
「おお、頼むぞ。わしの国は機械が発達しているわけではないからな。
技術者がいれば有り難い。
その時は頼む……」
そうは言ったものの管理されているここの人間が外に出る事など不可能じゃろう。
諦め気味に約束をする。
「りっちゃん、お休みのところ長話してごめんね。
今日はこのお知らせだけと言うことで……また研究室でね」
「……いえ、訪ねて頂き恐縮です。
お二人ともごゆっくり……」
りっちゃんの部屋を後にする。
やけに気を遣ってくれるな。
◇ ◇ ◇
イイノの部屋は突き当たりにあり、他の部屋と比べると広い。
やはり科学技術庁にとって重要な人物は特別待遇なのか。
「さぁ、遠慮なく入って……」
扉が開けられて中に案内される。
リツの部屋と比べてきちんと掃除されている。
しかも広い。台所、居間、寝室、洗面所、浴室。
いずれも別々に分かれてしかも綺麗だ。
「さすが、イイノ。掃除も整理整頓も完璧。
仕事ができるな」
「そんな……たいした事はしていないわよ」
簡単にこなす事が凄い。
何でもよくできる。天才だ。
「ねぇ、適当に座ってて。
食事を作りましょう。
もうお昼になってしまうし」
言われた通り、居間に座ってみる。
あまりに綺麗で落ち着かない。
暫くすると数々のおかずが食卓に並べられる。
どれも見た事のない料理だ。
「召し上がって。私、誰かに料理した事ないから。
美味しいか、わからないわよ」
魚、肉、野菜。
どれも外の世界では見た事無い品じゃ。
さすがヒューマン・キャッスルと言うところか。
「おっ、う……ま……い……
何という美味しさじゃ!」
お世辞抜きに料理も天才じゃった。
城の料理長にもしたいぐらいじゃ。
「よかった……ちょっと料理は不安だったの。
自信がついたわ」
ますます料理にも拍車がかかった。
夜まで料理の研究に明け暮れる……
「何てこった……気になったものにはのめり込むヤツじゃのう」
「ごめんなさい。夢中になっちゃって……
もう夕食もいらないわね」
休みの日だと言うのにあっという間に過ぎていってしまった。
「これからどうしましょう……
もう……寝る?」




