09.りっちゃんの危機
研究室では日夜、実験が繰り返されていた。
物質転送装置の実験は工夫が重ねられ物質を少しの間、電子の状態で存在できるようになっていた。
「凄いじゃないか、りっちゃん」
「調子が出てきたみたいね。
この調子で行けば近い将来、必ず完成するわ」
「……えへへ」
最近、りっちゃんには感情が出てきた。
来たばかりの時には他の人間と同じく、無表情で感動もなかった。
しかし、ここで3人の時間を過ごし、励まし合い、目標を持って暮らしていた。
そのおかげか本来の人間らしい感情が戻ってきている。
わしとイイノはそれが嬉しかった。
イイノが研究する本当の目的は人間らしく生きられるようになる事が第一だからだ。
イイノはわしのオリジナル・ジェネシスから生み出される細胞の研究をしている。
オリジナル・ジェネシスとは何の為に生み出されたのか。
多くの遺伝子を集約しているのは何の為か。
今の人間にこの遺伝子は必要なのか。
「オリジナル・ジェネシスは全部で10種あるとキャッスル・ブレインは記録している。
それを全て研究しなければ、本当の力はわかならいかもしれない」
「わしは外の世界で3人のオリジナル・ジェネシス継承者を既に発見している。
虫、植物、吸血生物の3人だ。
まだ皆、若いがな」
「このヒューマン・キャッスルでは鳥類、水生生物、
獣、巨人の4人、
そしてドラゴンであるあなたを含め、5人。
見つかっているのは合計8人。
あと2人いるのね?」
「ああ、1000年前地上に残ったのは10人のうち4人だけだと言うからな。
きっとこのヒューマン・キャッスルにあと2人いるはずだ」
イイノは10人の力を結集できれば人間が良い方向へ向かうと信じている。
しかし、悪用されれば世界を滅ぼしかねない力だ。
そのような事を企むヤツがいたら大変な事じゃ。
「私、オリジナル・ジェネシスの能力を強化する一つの方法を考えているの」
「強化?」
「能力を強化する『装備』を作ろうと思っているの。
強化するだけでなく、緊急時の為に、
能力を逆に抑える機能もいずれ開発するつもりだけど。
遺伝子からもっとスムーズにたくさん細胞を発生させる方法を研究しているんだけど、
なかなか発見できないの」
「わしに協力できる事があれば何でもするぞ。
イイノだけに苦労はさせられない」
「有り難う。
まだまだこの遺伝子にはわからない事がたくさんあるわ。
もっともっと詳しく知る必要がある……
ヴェル、あなたともっと一緒にいて細胞を調べないといけないかも」
「おいおい、24時間一緒にいるつもりか。
わしのようなおじさんと一緒にいたら、むさ苦しいだけじゃぞ」
「それくらいの覚悟はあるんだけど……
ねぇ、ヴェルも少し考えてみてね」
「……科学者とはそこまでやるのか」
りっちゃんがじっと見ている。
二人のやりとりが気になるようだ。
「……ヴェルさんとイイノさんはとても良いご関係ですね。
微笑ましく思います」
「ははは、何を言う。
りっちゃんとも、わしたちは良い関係じゃ」
「……いえ、お二人は特別なご関係に見えます。
そこまで言い合える人間はこの世界にはいませんから」
そう言えば、何でも言い合えるような間柄じゃの。
科学技術庁の遺伝子課のメンバーもなかなか人間臭いヤツが多いが、
特にこの研究室内は特別な関係じゃの。
もう絶滅したかもしれん『家族』と言う関係かもしれんのう。
そう、しみじみ思っているところへ誰なのか来客があった。
「ごめんくださーい!」
変なしゃべり方だ。
音程も一定だし、特徴的な語尾が気になった。
「ブレちゃんでーす」
「ああ、ブレさん。
どうしたのです?」
光輝くぴっちりとした服を着た銀色の髪の女性が現れた。
あたまにはウサギのヘアバンド!?
「イイノさん、今日は定例の『予防接種』の日になりまーす。
特別診察室まで来てねー」
「そう、今日がそうだったわ。
わかりました。
一緒に行きましょう。
ヴェル、りっちゃん、後はお願い」
イイノはブレさんとやらと何処かに行ってしまった。
「予防接種じゃと!? 何じゃそれ?
わしはやった事ないぞ」
「……イイノさんはヒューマン・キャッスルになくてはならない人。
キャッスル・ブレインのご命令でイイノさんは毎月、
病気にならない薬や栄養素を接種していると言っていました」
「確かに体は大事じゃが……毎月やるのか。
あまりに過度じゃのう」
「……それほどイイノさんが特別だと言うことでしょう。
私なんかと違って……」
何か違和感を感じるな。
何故イイノだけなんじゃ?
科学技術庁には他にも良い人材が一杯いると言うのに。
「……ヴェルさん、イイノさんがいなくなって寂しいのですか?」
「そんな事はない!
大人をからかうもんじゃないな」
「……うふふ、焦ってる。
イイノさんにだけは素直じゃないんですね」
りっちゃんは意外に人を見る目がある。
人を統率する能力もあるのじゃろう。
きっと将来はイイノの後を継いで遺伝子課の責任者にもなるだろう。
「わしはちょっと外で散歩して来る。
気分転換じゃ」
「……わかりました。
私に察知されるのが嫌なのですね」
「……お前には何も隠せないのう」
◇ ◇ ◇
たった一人、研究室残されてしまった。
電子状態を固定する為に電圧装置の出力を色々といじる。
「……もしかして思いっきり強くした方がいいのかしら……」
装置の調整レバーを限界まで上げてみた。
しかし、何も変化はない。
「……おかしい、最大にしても変わらないなんて……」
目をよそに向けた時、思わず安全装置のボタンをオフにしてしまった。
「……あっ!」
◇ ◇ ◇
バァァアン!
「わ、何だ何だ!?」
何かが弾け飛んだような音。
科学技術庁の庁舎が揺れる。
職員が騒ぎ立てている。
「どうしたのじゃ?
何かあったのか!?」
「おい! イイノさんの研究室の方で火災がっ!!
煙が出ている!!」
「な、何だって!!」
わしが席を外したわずかな間に何かあったのか!?
研究室にはリツがたった一人!
血相変えて研究室に向かうと、扉は閉まっていて隙間から煙りが吹き出している。
「りっちゃーん! おーい、リツー! 返事をしろー!!
消火装置はないのか?」
一緒に駆けつけた職員に大声を上げる。
「中にあるけど自動で僕たちには作動できない。
通報してキャッスル・ブレインに操作してもらわないと……」
「お前はすぐに通報しに行け!
わしは力づくで中に入る!」
「わかりました!」
「ダブル・ゴールド・ドラゴン・アーム!」
ググッ!
扉の隙間に指をこじ入れ、思いっきり開く。
扉はあっという間に破壊されて飛び散ったが中からは凄い煙が……
「りっちゃん! 何処じゃー!!」
ドラゴンの能力は火じゃ。
火は付ける事ができても消す事はできん。
もの凄い煙で中が何も見えない。
この煙ではリツは……
「んっ? そう言えば火が見えないな。
これだけ煙が出ていると言うのに……
しかし……何じゃ? この煙は……冷たい?」
煙を吹き飛ばすべく風の能力を発現する。
「ゴールド・ドラゴン・トルネード!」
背中にドラゴンの羽根を発現させて風を巻き起こす。
煙が晴れて部屋の様子がわかって来る……
「こ、これは……」
リツが部屋の中央で倒れている。
意識は無いが息はある。怪我は全く無いようじゃ。
だが、部屋の中は凍結していて火元と思われる装置も凍り付いている。
煙の正体はこの装置の熱で蒸発した氷と思われる。
「リツの周囲が凍っている。
もしかして、リツがこれを……
人間が氷を一瞬で発生できるだろうか……
氷……
まさか!」




