05.科学技術庁で働きます
空き部屋だった団地の一室。
何もない部屋の床に一晩中ゴロリと寝そべっていた。
窓からは外の世界と変わらない暖かな光が差し込んで来る。
もう起きていい時間だ。
ひとまず起きてこれからどうするか考えよう。
するとその時、玄関の扉が突然開いた。
「ヴェルさん、今日から出勤ですよ」
昨日、ここに来て最初に出会った『イイノ』だ。
わざわざ迎えに来てくれたのか。
「イイノさん、おはようございます。
朝早いのですね。それで……出勤って?」
「職場に出かける事です。
あなたの職場は『科学技術庁』。
毎朝、この時間に出勤です。
覚えておいて下さい」
「時間……?
それは何ですか?」
「この部屋に『時計』って言うものが置かれてます。
数字が表示されていますね。
あの数字が時間なんです。
朝と夜が経過すると一日、24時間。
その1時間が60分、その1分が60秒……
説明しなくてもそのうち慣れますから」
「ふ~ん、じゃあ行きますか」
早速、扉から出ようと入口に向かう。
「あ、ちょっと、これに着替えて下さい」
そう言うとイイノは白衣を差し出す。
イイノと同じ服のようだ。
「あなたと同じすね」
「これが科学技術庁の職員の制服ですから。
ヒューマン・キャッスルのルールですね。
忘れずに着て下さい」
仕方ないか。
赤い作業着の上から白衣を纏った。
それからイイノに先導されて団地から商業エリア、中央管理塔へと歩いて行く。
飛んで行ってもいいが、住人に奇異な目で見られるのもまずい気がする。
ここは黙ってついて行くのじゃ。
中央管理塔の入口は狭く、あたりを監視用のロボットが行ったり来たりしている。
「このロボットは立ち入り許可された人間以外が通ると警告を鳴らします。
より強力な警備ロボットを呼ばれてしまいますので必ずこの許可証を持っていて下さいね」
カードのような物を受け取る。
これが許可証と言うヤツか。
「厳重なのですな。よほど重要な建物なのでしょうね」
ロボットが来てもすぐに倒せそうだがそんな事はしてはいけない。
ルールとやらを守る良い住人にならねばならない。
ここの調査が終わるまでは……
すんなりと入口を通過し、広い『ロビー』と呼ばれる広間に出る。
「ここから地下に行きます。
エレベーターを使って……」
「エレベーター?」
イイノが壁に付いているボタンを押すとすぐに壁の扉が開いた。
「さぁ、どうぞ」
壁の中に入ると思うと閉じ込められそうで身の危険を感じた。
「ここに入るんですか?」
「そんなに警戒しなくても大丈夫です。
これも機械で動く乗り物ですから」
イイノに諭され、渋々中に入る。
狭い空間に入ると扉が自動で閉まり、すぐに体に重力を感じた。
下の方まで移動しているようだ。
かなり長い間、立っているとガタンと止まる。
するとまた自動で扉が開いた。
「ヒューマン・キャッスルの地下すべてが『科学技術庁』の区域ですわ。
中央管理塔の1階からキャッスルの最下層まで地下に伸びる塔になっています。
その一番下に研究施設があります」
降りた先には壁に囲まれた部屋がいくつも並んでいる。
その前を横に走る通路には、『職員』と呼ばれる人間が何人か往来していた。
「部屋はそれぞれ部署ごとに分かれていて、私たちはその中の『遺伝子課』です。
その名の通り、人間の遺伝子を研究している所ですね」
一番端にある少し大きな部屋、そこが遺伝子課だ。
扉を開け、中に入るとデスクと言うものが隙間無く並べられていて、
その上には試験管や検査器具、コンピューター端末など、研究の為の品が色々揃えられている。
殺風景の上、密集していて息が詰まりそうじゃ。
「皆さん、集まって下さい。
新しく入った方を紹介します」
デスクに座っていた人間たちが立ちあがって集まってくる。
白衣の人間が、イイノさんを合わせて10人か……
「私の『助手』としてこの遺伝子課に配属されました、
『ヴェル』さんです。皆さん、これから宜しくね」
「えー、紹介に預かりました。
ヴェルと言う者です。
力仕事から細かい作業まで何でもやります。
宜しく」
「ヴェル? 珍しい名前だな。
他のエリアにいたかな?」
黒い髪を逆立てている男が鋭い口調で質問する。
「ヒビキさん、この方はずっと居住エリアで建設の仕事をやっていたのよ。
力がありそうだから、昨日スカウトしたのです」
イイノが何とか取り繕ってくれている。
騒ぎにしない為かもしれない。
「ふーん。まぁいいか。宜しくな。
俺は『ヒビキ』って言うもんだ」
「はぁ、宜しくお願い致します」
「あ、あの……わ、私……」
大人しそうな女性に恐る恐る話しかけられた。
白衣の下に青いシャツを着ていて見た目は目立つ。
「私、『シミズ』と言います……
口下手ですが……よ、宜しく……」
「シミズさん! ヴェルです。
今後とも宜しく!」
優しく明るく話しかける。
女性は大事にしなければ。
「おー、随分おじさんを入れたんだねー。
よっぽどイイノ課長のお気に入りなのかい?」
細く長身の男が甲高い声で話す。
ピンク色のネクタイをしていて華やかさでは一番だ。
「僕は『ハヤオカ』。
今日からは同じ仲間だね。
仲良くしましょうねー」
「いやはは、そうですね。
お手柔らかに、ご指導下さい」
調子がいい者同士、気が合うかもしれん。
「えーっと、その横にいるのは……
ヤマヤケさん! お話して」
しかめっ面をした面倒くさそうな感じの男が渋々話し出した。
「俺は『ヤマタケ』だ。
この通り、俺も話すのは苦手でね。
まぁ、宜しく。新入りさん」
あまり歓迎してはいないようじゃ。
う~む、この男の目は黄色く光っているように見える。
何か理由があるのか……
「やぁ、ヴェルさん。
僕、『リュウヤ』って言うんだ。宜しく!」
爽やかな男が軽快に話しかけてきた。
短髪のがっちりした男でとても凜々しい。
「ヴェルです。
わからない事ばかりですが宜しくお願いします」
「わからない事があったら何でも聞いて下さいね。
力になりますよ」
親切で優しそうな男じゃ。
とても良い印象を受けた。
このような人間もいるのか。
「ヴェルさん、宜しく。
私、『カズミ』です。
私にも、気軽に聞いてね」
こちらも爽やかでとても綺麗な女性じゃ。
しっかりした話し方でいかにも科学者と言った感じ。
穏やかな性格で相談しやすそうだ。
その他にも男性1人、女性2人の計10人の部署か。
「ヴェルさんを合わせて11人。
男6人、女5人ですか」
「バランスが悪いですね」
「そうです。キャッスル・ブレインに指摘されるかも」
何やら職員たちが人数の心配をしている。
どう言う事だ?
「私が何とか致します。
皆さんは気にしなくて大丈夫ですよ」
イイノが皆を落ち着かせた。
職員たちが安心する様子を見て、イイノが優秀なリーダーだと言う事がわかる。
「では紹介は以上ですね。
皆さん、通常の業務に戻って頂いて結構です。
ヴェルさんは私と一緒に『研究室』へ……」
「はい。わかりました」
自分はイイノの助手だ。
黙ってついて行かなければ……
◇ ◇ ◇
「ヤツは何者なんだ!?
イイノも特別扱いしやがって」
ヤマタケは見知らぬ男が突然、イイノの助手に任命されたのが気にくわない。
「おい、やめろよ。
イイノ課長が決めた事に文句言うなよ」
「けっ、リュウヤはいつもいい子ちゃんだなー。
よく考えろ、あのヴェルってヤツはかなりの年齢だぜ?
ここに配属されて来るのは普通、15歳になった人間のはずだ。
しかも修学期間の優秀さを『キャッスル・ブレイン』に認められたヤツと来ている。
昨日今日でいきなり科学技術庁勤務、その上、助手待遇などあり得ないじゃないか」
「確かに今までにないな。
ヴェルってヤツはそれほど才能があるのか?」
ヒビキも正体がわからない人物に疑問を抱く。
「……ふ、二人とも同じ職場の人を疑うのはやめようよ」
「なーに、何か面白い事をするのー? 楽しみー」
シミズは怯え、ハヤオカは一騒動起こるのが楽しみのようだ。
「二人とも人を疑うのはやめろ!」
「そうよ! 同じ人間じゃない」
「リュウヤ、カズミ!
お前たちもあの男が何者なのか気になるんだろ?
新入りが俺たちより待遇が上なのは気に入らないだろう?
少し痛めつけて、やめさせてやる」
ヤマタケは激しい嫉妬に燃える。
「ヤマタケ君、あまり人を陥れようとすると、
返って自分が痛い目を見る事になる。
君はいつかそうなるだろう」
「リュウヤは正義の味方気取りでつまらねぇな。
ケッ、肝に銘じておくよ」




