22.デスリッチの涙
朝日が登ろうとする地平線の彼方から二つの影が一直線に森林地帯をあっと言う間に通過し、
岩だらけのドーア火山へと向かう。
城へ帰還したデスリッチとレオンダルムは大広間でゾルタクスとカレンシアの出迎えを受けた。
「……参謀、すまねぇ」
「……どうしました? 元気がないですね。ゾル将軍らしくない」
「姫様がいなくなっちまったんだ。
部屋の前には見張りもいたんだが……
何処に行ったか誰にもわからねぇ」
シュンとしているゾルタクスを見るのは初めてだ。
この人でも落ち込む事があるのか。
「ニョニョ、カレンもごめんなさい……。
凄く眠くて起きてる事ができなかったにょ」
カレンシアも反省の言葉を口にする。
いつもあっけらかんとしている彼女も責任を感じているのか……。
「……いいんですよ。姫様は今、『ヒューマン・キャッスル』にいます」
「にょっ!」
「何!? 俺たちは山の周囲を監視していていたが人っ子ひとり通らなかったぞ!」
「……敵に通信機越しで転送されてしまったのです。
いわゆる瞬間移動です。
まさか城の中にまで敵が接触して来るとは私も予想していませんでした。
お二人は城の外を警備していたんですから……
これは私のミスです。
私が姫様の為にと思って通信機を貸したばっかりに……」
逆に頭を下げる。
自分の優しさのせいで、敵にスキをつかれたのだ。
「参謀殿までも謝ることはありませんよ。
今回、私も参戦しましたが敵の作戦が見事過ぎました」
レオンダルムが戦いの内容を説明する。
彼も任務を果たすため大怪我を負ったのだが痛みを見せることなく話す。
「私が戦ったあの白い戦士は『姫様』だったんですね?
ドラゴンの継承者が何故あんな所にと思ったのですが、
戦いの見事さ……今、納得しました」
「何!? 姫様に『妨害』されたのか?」
「姫様は、赤い戦士を守る為に戦いを挑んで来ました。
あの戦士が姫様のお相手なのですね?」
「……ええ、タツオさんと言う……
何故か突然ドラゴンの能力を発現したと言われている方です」
「道理で……
ドラゴンを2体も相手にしての戦いはかなり骨が折れました。
自分の特性として近接戦闘は不得意ですし、炎の攻撃も防げません。
相手としては最悪の相性です。
ドラゴン・ブレスを直接受けたら死ぬところでした」
姫様がタツオさんの危機を見て何もしないはずがない。
きっと『イイノさん』がこちらの弱点を分析し計算して立てた作戦なのだろう。
「……敵の参謀役……科学者の『イイノさん』がいる限り、私の知恵ではとても及びません。
彼女は私の先輩であったし科学技術を教えて頂いた先生でもあるのです。
私の考える作戦などお見通しであったはずです。
レオン将軍にドラゴン2名をぶつけるなどこちらの作戦を見抜いている証拠です。
今回の戦いは私の責任です……」
「そんなすげぇ奴がいるのか!?
参謀殿がそこまで言うなんて、そいつこそ怪物じゃねぇか?」
「……確かに、彼女からは人間の気配がしませんでした……
それに『イイノさん』は死んだはずだったんです。
……とにかく私は龍帝様に報告して来ます。
将軍の方々にはご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「参謀殿、ご自分だけを責めずに……」
「にょ、カレンもまた頑張るぞ」
「……有り難うございます」
ライザー・ブラックを抱きかかえて玉座の間に入って行った。
◇ ◇ ◇
「おお……デスリッチよ、ご苦労……」
玉座に横たわるヴェルドーアはデスリッチの深刻な雰囲気に気づく。
「何かよくない事があったんじゃな?」
「……はい、申し訳ありません。
今回の夜襲作戦、失敗してしまいました……」
「ふむ。それだけではないな?」
「……姫様を……姫様を敵に奪われてしまいました……」
「何? アルノドーアを?」
「……それに……あの敵が……」
「……詳しく話してくれ……」
今回のいきさつを細かく説明する。
……
「そうか、アルノドーアはお前を助ける為に人間の誘いを受けた……と言うわけか」
目を瞑って考え込んでしまった。
自分の甘さの為に龍帝様の大事な一人娘を奪われたと深い自責の念に苛まれる……
「……お預かりした大切な姫様を……申し訳ございません」
「いや、アルノドーアが自分で決めた事だろう。
事の善悪はあるが、自分自身の信念を持つ事は良い事じゃ……
それにしても、アルノドーアを簡単に信用させる人間がいるとは」
「……それは……『イイノさん』だから……です」
「イイノ?」
……龍帝様はイイノさんの記憶をなくされてらっしゃる。
きっと思い出したくないのだろう……
「……いえ……きっと説得のうまい人間がいたんです。
それより……私は戦いの最後で……あの敵と同じ気配を持った者に出会いました」
「あの敵? 『最悪』の敵か?」
「……はい、10番目のオリジナル・ジェネシスと同じ光を見ました……」
「その光を見てお前は無事だったのか?」
「……いえ……」
ガクっと地面に崩れ、抱いていたヒショウの頭を膝に下ろす。
「……これを見て下さい!
この者は人間の戦士ですが……私をかばってこのような姿に!!」
「これは……わしの体にできたものと同じような火傷……
まさしく『最悪の敵』のものじゃ。
ヤツはまだ生きていたのか……
して、この者は何故お前を助けた?」
少し躊躇った。
人間の心の内を話しても……
しかし、龍帝様なら、わかって頂けるはず。
「……この人間は敵の部隊『イシュライザー』の一人、ヒショウと言う名前です。
ヒショウさんとは戦いに出るたびに顔は会っていたのですが、
今回、ヒューマン・キャッスルに潜入した際、偶然出会い、そして言われたのです。
…………
私の事が『好き』だと……
こんな幽霊のような……
作戦を失敗してばかりしている未熟な私を好きだと……言ってくれたのです。
光が私を消滅させようとした時、私を絶対守ると言って飛び込んで来てくれたのです……」
「ど、どうしたのじゃ、デスリッチ!」
泣いている……
私の目から涙が……
いつの間にか涙が実体化している。
感情のない私が……
「……龍帝様! どうすれば良いのでしょうか!
わ、私……この者……ヒショウさんに生きていて欲しい……
ヒショウさんを救う方法を……お教え下さい! うう……」
「デスリッチよ、お前は今までわしの目的の為だけに尽くしてくれた……
自分の願いなど考えもせず。
じゃが初めて自分の願いを言ってくれたな」
「……!」
「ずっと昔、今と同じようにお前を救いたいと願う者がいた……
その思い出が蘇ってきた。
よかろう、お前の初めての願いじゃ……
その者の命をわしが救おう!」
涙に濡れている目が大きくなった。
「デスリッチと同じように、わしの生命力を分け与えよう。
但し……わしの寿命はさらに短くなる。
もう数年もないだろう。
そなたらの生きている時間もわしの寿命と一緒じゃ。
それでも良いか?」
「……それでは龍帝様の命が……」
「わしの事など気にするな。皆を救って死にたいのじゃ……」
……りゅ、龍帝様!
ご自分の命を犠牲にして私たちの命も……
自分の心に嘘偽りはいけない。
龍帝様のお心を無駄にしてはならない。
……力強く頷いた。
「よし……『ライフ・シェア』……じゃ」
ヴェルドーアの体から光り輝く命の糸が伸び、ヒショウに繋がる。
ヒショウの火傷部分がヴェルドーアの鱗に移って行く!
ゆっくりと目を開けるヒショウ!
「……うう……デスリッチさん……」
「……ああ!」
再び涙がしずくのように流れ、膝枕をしているヒショウの顔に落ちた。
「えっ!? デスリッチさんが泣いている?
な……んで?」
「……あ……あなたのせいです……」
そう言った瞬間、唇をヒショウの唇に重ねた。
「!!」
「……」
ヴェルドーアは邪魔しないよう微笑みながら深い眠りに入る。
二人の幸せを願いながら……




