03.農場
『ヒューマン・キャッスル』の3分の1は『農業エリア』と呼ばれる
穀物や野菜を栽培・加工する農場と呼ばれる建築物が
連なる区域がある。
栽培する作物の種類によって区域がブロックに分かれ、
それぞれをコンピューターによる適切な管理が行われている。
そして各ブロックには、担当者が10人単位で振り分けられている。
その中の『トマト』栽培ブロックでは今日も10名のグループが
コンピューター処理による育成管理を行っていた。
「育苗ゾーン太陽光OKです」
「育成ゾーン、実の大きさが充分ではないようです。
ホルモン剤を散布します」
「収穫ゾーン、本日の収穫を開始します」
栽培ルームの中はガラス張りで光がよく差し込む。
作物の成長に必要な分だけ光を取り込めた。
種を蒔かれた順にトマトが列になっており、その間を車輪で移動するロボットが
農薬の散布と収穫作業を行っている。
栽培ルームの隣にはコンピュータールームがあり、担当者はこちらの部屋で
モニター画面に向かって作業している。
その画面からロボットを操作できた。
普通、栽培ルームには人間は入る事はない。が……
その栽培ルームの作物の中に体を突っ込んでいる男がいた。
薄い赤色の作業着の男が、服を土だらけにしながら
トマトの枝から出た芽を摘み取っていた。
「おい! タツオ!
お前、何をしている!」
マイクで呼び掛けられるがなかなか出てこない。
担当者の一人が男の元に来て強制的にコンピュータールームに連れ戻される。
「何をやってるんだよ!」
「トマトは脇芽を取らないと実が大きくなりにくいんです!」
薄い赤色の作業着はトマト栽培チームのユニフォームだが、
連れ戻された男だけは土で汚れていた。
「コンピューターが管理しているから、そんな事はする必要ないんだよ!」
「そうよ。
コンピューターの計算が狂うじゃない!」
「マニュアル通りやっていればいいんだよ!」
先輩たちから怒られている男は『タツオ』と言う男だった。
タツオは16歳、就職して1年目の新人だ。
「でも人間が直接、自分の手で面倒を見ないと、美味しくなりません!」
「味は同じ糖度になるよう、機械で調べながら育てているんだから、
そんなの関係ないよ!」
「糖度という数値だけではありません。食感が違ってきます」
「みんな加工されてしまうんだ。そんなもの、必要あるか!」
「でも……」
「いいんだ。
きちっとマニュアル通り、決められた事をやればな。
規則を破ると、給料が減るぞ!
それに私たちまで減らされるのは勘弁して欲しいな」
「……」
タツオは子供の頃から植物に興味を持ち、
野菜や果物などの植物の栽培に関する事を勉強していた。
休みの日でもそれしかして来なかったのだ。
自分の家でも、こっそり植物を育てているほど、
植物愛を持っている。
自分の事しか考えないこの世界ではとくに稀な人間だ。
タツオは植物を育てる事によって、
植物の成長を毎日気に掛け、一喜一憂しながら、生活していたが、
その中で他者を想う『優しさ』と言う気持ちを
いつの間にか芽生えさせていた。
ヒューマン・キャッスルの人間は凶悪な人間はいないのだが
皆、真面目で規則を重んじ、
自分から何かを変えて行こうとする人間はいない。
人間社会の中ではそれは良い事ではあるが、
植物への愛を持つタツオには大変苦痛である。
植物にもそれぞれ違いがあるし、
自分が手塩をかけて面倒を見たかった。
マニュアル通り、コンピューター操作で育てる、と言う事には
あまりいい気持ちにはならなかった。
コンピューター任せではなく、人間が何とかしなけばならないのでは?
との思いが何処かにあるのだ。
それに、一緒に植物のより良い育て方を語り合える人間がいて欲しい、
と願っていた。
だが、そのような人間には今まで会った事がない。
ヒューマン・キャッスルの人間は植物の事など、
部品のひとつぐらいにしか思っていないのだから。
「よし。席に座れ。
タツオ、今日の分の作業を自分の端末で行え」
「はい……」
タツオは苦々しい表情を浮かべながら端末の画面に向かった。
仕事と言っても画面上の指示に従ってタッチするだけなのだ。
あまりに単調な仕事で本当に飽き飽きする。
こんな事、人間がいなくても良いのでは?
わざと人間を怠けさせない為に、作られた『仕事』だろう?
そのようにいつも感じている。
タツオの仕事は順調に進み、午前中の仕事もすべて完了した。
「ふう、終わった~。
あの、先輩!
あそこの真ん中のトマト、かなり変わった形で……」
話しかけた職場の先輩たちは、タツオの相手などせず、
さっさと昼食に行ってしまう。
「……」
仕事以外の会話は何もない。
他の人間への興味も全くない。
冷たく悲しい……心が空しく感じていた。
「……
自分も……昼食に、行くか」