22.継承者2
朝だ。いつもの朝だ。
最近少し違うのはすぐ横に素肌がよく見えるイイノが寝ているところだ。
横どころかお互いの間に隙間は無い。
心臓の音がわかる程、くっついて寝ている。
いつも先に目が覚めるイイノが疲れているのか今日はなかなか目を覚まさない。
安らかな寝息を立てているイイノを見るのもいいものだ。
あどけない少女のような顔を、遺伝子課の仲間たちは誰も見た事は無いだろう。
誰も知らないイイノを見れる優越感に浸る。
人間の未来やドーア国の事などは忘れてしまっていた時間だった。
この瞬間だけは他の事など考えなくてもいい、幸せな時間だった。
このままいつまでも暮らしていたかった。
やがて夢から覚めるイイノ。
宇宙の中を漂っていたかのような、ぼんやりとした瞳だ。
赤い光が浮かび上がり元の黒い瞳に戻る。
「おはよう……もう朝じゃぞ」
「ああ……ヴェル……今日は早いのね」
いつもだとすぐに起きてしまうが、今日に限っては何故かまだ離れたくない気分だ。
両手を肩にまわして、ぎゅっと抱きしめる。
「なぁに?
今日はこんなにゆっくりでいいの?」
「ああ……今日だけはな」
イイノも胸の中に顔を寄せた……
◇ ◇ ◇
朝食を済ませ、先に出かけようとするイイノを送ろうと玄関に向かう。
扉を開けようとした時だ。
イイノが頭を押さえてしゃがみ込んでしまった。
「ど、どうしたのじゃ!? 大丈夫か!?」
すぐに彼女の肩を支え、顔色を見た。
顔はいつも以上に白い。貧血か何かだろうか?
「う……大丈夫……じゃない……
シミズさんを……呼んで……」
「わかった。すぐに呼ぶぞ」
正式に医療担当官となった『シミズ』にすぐ連絡を取った。
彼女は医務室に勤務していていつも早めに出勤している。
その医務室と、ここ宿泊エリアにあるわしとイイノの部屋は歩いて数分の距離。
イイノをベッドに運んでいるうちにシミズはやって来た。
「イ、イイノ課長が……体調、悪いのですか?」
「おお、シミズ、朝早くから悪いな。
貧血のような症状で今寝室で寝ている。
すぐに看てくれるか?」
「は、はい……ではそちらにお邪魔します」
寝室をイイノとシミズだけにして隣の部屋で診察が終わるのをソワソワしながら待った。
しばらくするとシミズが慌てて出てきた。
「どうしたのじゃ!? 重病か?」
シミズに掴みかかるような勢いで近づく。
「お、落ちついて、ヴェルさん。
イイノ課長は病気ではありません」
「何? あんな状態だぞ? 病気では無い!?」
「イイノさんに……子供が出来ました」
「そうか、そうか、子供……
ん?」
「ヴェ、ヴェルさんとイイノさんの子供ですね。
おめでとうございます!」
「ええええええええええええっ!!」
「安定するまで暫く休ませた方がいいですよ。
大事な時期ですから……」
魚のようにパクパクして固まってしまった。
こんな時、男はどうすればいいのだろうか。
「とりあえず水分と栄養を摂取させましたので少し落ち着くと思います。
今日は出勤しないで下さいね。
歩けるようになりましたら医務室で詳しく検査しましょう。
では、私は医務室に戻りますね。
『奥さん』を大事になさって下さい……」
騒ぐ事もなく堂々と帰って行くシミズ……
さすが経験者は強い。
「おい、イイノ……聞いたか?」
「ええ……折角、研究がうまく行っていたのに、ごめんなさい……」
「何言うんじゃ。わしも気がつかず、すまんかった。
わしたちにも、子供ができたのじゃな……」
「最近、体が気になっていたの……
もっと早く看てもらってればこんなに慌てさせなかったわね。
あなたの子供だとやっぱりドラゴンのような子供なんでしょうね」
「きっと……どんな事にも負けない強い子供じゃ。
お前やわしの想いも継いでくれるじゃろう。
じゃが、今日は何も心配せずに休め。
わしは遺伝子課に行って来る」
「……有り難う。
皆、困ってると思うわ……
具合がよくなったら行くから。
謝っておいて欲しいの」
「そんなに気にするなよ。
わしがよく言っておく」
◇ ◇ ◇
遺伝子課ではイイノが出勤していないのでちょっとした騒ぎになっている。
イイノの指示がないと動けない職員もいるし、
報告書の処理に困っている職員もいる。
何よりキャッスル・ブレインへの報告や中央管理塔のコンピューターへのアクセスなどは、
イイノの特権がないとできないのだ。
「ヴェルさん……おはようございます。
イイノ課長はどうされたんですか?」
リュウヤが心配して真っ先に聞いてきた。
「今日は体調が悪くてな。
よくなったら明日は来られると思う。
皆、迷惑をかけてすまない」
イイノの責任は充分理解していた。
頭を下げて職員に謝る。
「あのイイノ課長が病気……」
リュウヤは何か感づいたみたいだ。
同じような経験があるからのう。
「リュウヤ、ちょっと休憩室に行こう」
「わかりました。ヴェルさん」
◇ ◇ ◇
休憩室には誰も先客はいなかった。
二人だけである事を確認し、正直に報告する。
「リュウヤ、実はイイノにも子供ができたようじゃ。
今日の朝、動けなくなってな」
「やはりそうでしたか。
イイノ課長は特に科学技術庁の中でも健康に気を付けられている方です。
急に具合が悪くなるのはその事だとすぐ想像できました」
「子供の事は内緒じゃ。
リュウヤやシミズ、ヒビキには事情がよくわかると思うので、
言っておいてもいいと思っている」
「お話頂き有り難うございます。
もう一人、ハヤオカさんにも子供ができたそうなんです。
ハヤオカさんも僕には連絡くれまして今日はお休みです」
「何!? ハヤオカもか?
ずっと連続してるのう」
「ヴェルさんの直属のお仲間ばかりですね。
あとはヤマタケ君とリツさんだけですか……
いやぁ、ヴェルさんのチームは皆、仲良いんですね」
シミズに始まり、ヒビキ、ハヤオカ、そしてこのわし。
リュウヤとカズミは普通の人間だが、
オリジナル・ジェネシスたちがこうも子孫を残そうとするとは……
気を付けねばなるまい。
「ヤマタケはどうかな。
りっちゃんか……りっちゃんにも話しておいた方がいいな。
イイノの研究室にいるんだったな。
リュウヤ、遺伝子課はお前がまとめてくれ。
問題があったら明日まで保留としてくれ」
「わかりました。ヴェルさん。
僕は遺伝子課に戻っております」
◇ ◇ ◇
りっちゃんはいるかな?
研究室の扉を開くと一人黙々と作業をしているリツがいた。
「……ヴェルさん、おはようございます。
イイノさん、遅いですね……」
「りっちゃん……イイノじゃが今日はお休みじゃ。
実は……子供ができてのう」
「……えっ! そうなんですか!
ついにですね。
おめでとうございます!」
「いやぁ、まだ産まれておらんからな。
こんな年で……父か」
「ヴェルさんに似れば活発で自由奔放な、
イイノさんに似れば頭が良くてお美しいお子様でしょうね」
「わしに似て欲しくはないな。
すぐに手が出るような喧嘩っ早い性格も駄目じゃし、
こんなしゃべり方も宜しくないしな。
イイノのように落ち着いていて、もの静かな子であって欲しい」
「……
そんな気がまったくしないのですが……
ヴェルさんに手に負えないようなお子様でしたら、
私がお世話していいですよ。
お二人とも忙しそうですからね」
「ハハハ、確かに、わしもイイノも子育てにかかり切りになれるか、
不安はあるな。仕事も多いしな。
世話好きなりっちゃんなら任せても安心だな。
あ、今から頼む事ではないな。
わしが頑張らねば」
「……いえ、さんざんお世話になっているので、
大変でしたら何でも言って下さい。
子供を眠らせるのは得意なんです」
「……リッチの能力も使い方によっては役にたつんだな。
りっちゃんは人間的な時代になれば保育士もできそうだな」
「……また、持ち上げるのはやめて下さい。
照れますから」
オリジナル・ジェネシスたちに次々と未来の継承者となる子供が生まれる。
それは現オリジナル・ジェネシスたちの死闘の始まりでもあった。




