10.二人の家
タツオはスタスタと家に急ぐ。
昨日までとは違う。家に待っている人がいると言うだけでウキウキとした気持ちになる。
通りすぎる人間たちは皆家に帰っても一人きりだ。
自分だけ特別だと言う優越感がある。仕事もすこぶる順調だった。
二人分の夕食を抱えて走る。
ただアルノは外の世界に帰りたがっていた。
もしかしたらもういないかもと言う不安がよぎっている。
「アルノ……」
◇ ◇ ◇
緊張して自宅の階段を上がると玄関をノックして恐る恐る開ける。
そこには朝自分を見送ってくれたままのアルノの姿があった。
「おかえり……なさい……」
デスリッチが言っていた挨拶を思い出して迎える。
「ただいま。夕食を買ってきたよ」
ほっとした気持ちと嬉しい気持ちでごちゃごちゃになる。
「昨日より早いのう。仕事がうまく行ったか?」
アルノもタツオを気遣う心が芽生えた。
自分の為に住処と食事を提供してくれているタツオに優しく接してあげたいのだ。
いつも同じように接してくれるデスリッチの気持ちが少し理解できた。
「うん。アルノは今日何をやっていたの?」
「この辺りを見て回ったぞ。公園とやらにも行ってきた」
「何もなかったんじゃない?」
「でもゆっくりできたぞ」
能力を使って偵察してたとは言えず。
「夕食でも食べよう。これ」
袋を渡すとアルノが机に並べてやる。
タツオが手を洗って一息ついた後、一緒に食べ物に手をつける。
息があったように食べ終わるとまたタツオの植物解説が始まる。
アルノはふんふんと聞いてやるとまたいい時間になった。
「遅い時間になってきたね。
今日ももう寝よう」
「……うん」
当たり前のように二人でふとんに入った。
「ちょっと待ってくれ、タツオ……
わしは思うんじゃが」
真剣な顔でアルノが話しかけてきた。
「な、何?」
「このまま上を見て寝るんではなくて、
二人向かい合って寝た方がいいんじゃないか」
改まって言うことでもないが。
「……何で?」
アルノは訳を言うことをちょっと躊躇したが思い切って言った。
「よく顔が見えるからじゃ!」
びっくりするタツオ。
「なんで顔なんて。僕の寝顔なんて、だらしないよ。
どこにでもある普通の顔だし」
「確かにのう。でもわしも同じような顔じゃ。
そんなタツオの顔を見ると安心する」
「アルノがそう言うなら……
じゃあこっち見て」
アルノは言われた通り横向きになりタツオを見る。
「うん、正しい姿勢じゃ」
横を見るとお尻がふとんからはみ出るので昨日よりくっついて寝ることにした。
◇ ◇ ◇
次の日もまたその次の日もデスリッチからの連絡もなく過ぎて行った。
その間二人はさらに自然となり、一緒にいる事が当たり前のようになった。
アルノも特に連絡の事など気にしなくなった。むしろ来なくてもいいと思っている。
タツオの仕事も絶好調。植物の話を嫌な顔をせず聞いてくれる人がいる。
夢がひとつ叶ったと思った。
また夜が来た。
タツオは先に風呂に入り布団に潜り込むと疲れからから先に寝てしまった。
風呂から上がったアルノは残念そうに話しかける。
「なんじゃ、自分だけ先に寝おって……」
着替えて自分も布団に入る。仰向けに寝るタツオを横に向けようと顔に手を置く。
その時、アルノの心にいつもと違う感情が沸き上がった。
胸が熱い。抑えられない気持ちになる。
「タツオ……」
ドキドキと胸が鳴っている。
タツオの唇に自分の唇を近づけ・・・
「ん……!」
思いきって口をつける。
離れないように自分の身体をタツオに乗せながら深くキスする。
息が続かなくなりパっと立ち退くと我に帰る。
「な、何やってるのじゃ。わしは……」
はぁはぁと息を整えると布団にいつも通り入る。
「何なんだ! この気持ちは?」
首をフリフリして布団を被る。
また布団から顔を出して全く気付いてないタツオを見て落ち着くと
そのまま彼の肩に自分の顔をつけて眠りについた。
◇ ◇ ◇
翌朝タツオが強い痛みで目覚めると左肩の上にアルノの顔があった。
痛みの原因はアルノの耳の後ろにあるヒレの先端が刺さっているからだ。
「い。痛ッ!」
起こすのが可哀想なので反対側の手でアルノを抱きながらそっと仰向けにしてやる。
ちょうどアルノの上に覆い被さるような体勢になった。
完全に仰向けになったアルノをそのまま動かないで見つめる。
「よかった。起こしてないようだ」
その時、タツオは全身に電気が走ったような感覚に襲われる。
自分以外のもう一人が身体の中を動き回る抑えられない感覚が起こった。
「ハァ、ハァ……何か変だ。アルノを見てると体が苦しい」
アルノの顔ギリギリまで自分の顔を接近させる。
目や鼻、少し開いている唇、すべてが愛おしい。
そのまま唇に自分の唇を重ねる。起きないように軽くそして長く。
そっと離れると今度はアルノの全身を観察する。
首もとや服がめくれて露になっている太ももを見るとこのまま抱きしめたい。
……どうした事だろう。
この世界の人間は性的な要素の細胞は退化しているはずなのに。
活動しようとするもう一人の自分から逃げるようにベッドから転がり落ちる。
ドタッ!
「あたッ!」
「な、なんじゃ!?」
目が覚めてしまうアルノ。
「……タツオは何をやっとるんじゃ」
覗き込むアルノに、
「お、おはよう」
赤くなりながら挨拶する。
アルノも昨日の事を思い出して赤くなりながら、
「……おはよう」
二人は笑顔で見つめ合う。
「寝返りを打ったらベッドから落ちてしまったんだ。
もう起きる時間だ。準備しなきゃ」
タツオはそそくさと洗面に向かう。
アルノはそんな姿を優しく見つめている。
……このまま、同じような時間を過ごしたい。
お互いにそれを強く感じていた。
食事が終わるとタツオの出勤の時間だ。
「行って来るね」
玄関から出ようとする。
「早く帰って来るんじゃぞ」
「うん」
扉を閉めようとするがまだ一緒にいたい気持ちで止まる。
「行ってらっしゃい!」
手を振るアルノに嬉しくなるが何処かに消えてしまうような不安な思いに駆られた。
「すぐに帰って来る。待ってて」
思いを振り切り仕事に向かう。
アルノは扉を閉めると今日はどうするか考える。
「トカゲで料理でも作ってやるかの。毎日買ってくるのも大変じゃからな」
机の上を片付けてキッチンに食器を運ぶ。洗いものも自分から志願してやっていて慣れてきた。
姫様などと呼ばれていた時とは到底考えられない姿。それに幸福を感じている。
いつまでも続いて欲しいと願った。
……… しかし、それは突然やって来た。




