覆る日常
──ある夜。
人々は寝静まり、街は昼間とは打って変わりとても静かだ。
そんな街のある家の屋根に、一人の少女が降り立った。
「ターゲットは……誰だ……」
少女は何かを探すようにじっと見ていた──。
流神市は都会でも田舎でもない丁度いい街だ。人々はいつもと変わらない日々を過ごしている。櫻井創真も例に漏れず、同じ日々を過ごしていた。
「じゃあなー」
「ばいばーい」
「どっか遊びに行く?」
「部活行こうぜー」
創真の通う流神高校の授業が終わり、生徒たちが一斉に騒ぎ出す。創真も帰る準備をして、1年C組の教室から出ようとした。
「おーい櫻井、なんか放課後の予定あんの?ないならどっか遊びに行こうぜ」
創真のクラスメイトである諏訪和希が呼び止める。
「ちょっと病院に行く用事があってさ」
「医者?櫻井ってかかりつけの病院とかあるんだっけ?」
「いや、なんか最近変なんだよ。空耳が多いっていうか声が聞こえる気がするみたいな」
「何それ?めっちゃ怖いな。ストレスとかか?」
「んー分からん」
「ふーん。まぁ気をつけろよな。お大事にー」
「おう。サンキュー」
創真は和希との会話を終えると、学校を出て病院に向かった。
創真は病院で診察を終え、帰路に就いていた。しかしその顔は暗い。
「んー結局よく分かんなかったな。この空耳の原因は何なんだろう」
ぶつぶつと独り言を呟きながら歩いていると、突然うつむいた目の前に人の影が現れた。
顔を上げると1人の男が立ち塞がっていた。夜だからか、顔は暗くてよく見えない。
「見つけたぜ〜ターゲット」
男は不気味に笑いながらこちらへ近づいてくる。周りを見ても自分以外に人はおらず、明らかに自分に向けて話しているのが分かった。
「あのーどちら様ですか?俺に何か用でも?」
恐る恐る話しかけても返答はない。不気味に歩いてくるその男に思わず後ずさりをした。
不審者だと確信した創真は脳内で対処を検討する。
(警察に通報するべきだな。でも通報の前に一旦逃げた方がいいか。いや、逃げる前にもし手出してきたらやり合う方がいいのか……)
落ち着けと自分に言い聞かせながら考える。
しかしその刹那、気付いたときには間合いを詰められていた。
「やはりまだ解放はしてないみたいだな。面倒くせー。」
男は気怠そうにしながら、左手で創真の胸ぐらをつかんだ。創真は驚きと恐怖で微動だに出来なかった。
そんな中、創真はあることに気付いた。男の話す声は数日前から時々起こる空耳と同じ声だった。しかし、それが何を意味するのかは全く理解できない。
途端に、男の左手が黒く光った。それに伴い、創真の体に激痛が走った。
「ぐああ────!」
「ふーん、なかなか良いじゃねぇか。どんな力か楽しみだぜ」
男は笑って言う。光は一層強く、そして痛みもそれに比例して一層強くなっていく。
(ヤバい……このままだと死ぬ……)
段々と意識が遠のいていく。
その時、何かの影が目の前を通り過ぎた.刹那、創真の体が放り出され、痛みが和らいだ。
「こほっ……こほっ……!何なんだ一体……」
男の方を見ると男も吹っ飛ばされていた。さらに、創真と男の間には、凛と立つ少女の姿があった。
「大丈夫か、櫻井創真」
「あ、ありがとう……でも何で俺の名前を……」
「詳しい話は後だ。お前はそこでじっとしていろ」
創真と同年代ぐらいだろうか、その少女は男の方を警戒しながら冷静に言う。男はゆっくりと体を起こした。
「チッ、不意打ちとはやってくれるじゃねぇか」
「お前、ハンターだな。名前は何だ?」
「名乗る義理があるかよ。そこをどけ!」
「やはり櫻井創真がターゲットだったか。規定に則り、お前はここで処刑する!」
「ハッ!されてたまるか」
男は右手を横に突き出すと大きな鎌を出現させ、少女の方に向かって斬りかかった。
それに合わせるように少女は右手を前に突き出して叫んだ。
「烈火砲!!」
少女の右手から炎が放出された。男の身を炎が包む。しかし、燃え上がる炎の中から影が飛び出した。
「そんなもんでやられるかよ!」
男は空中で鎌を振り上げ、少女に飛びかかる。
「クッ……炎壁!」
少女の身を守るように炎が連なり、壁の様にそびえ立った。しかし、男は構わず炎の壁に突っ込み、鎌を振り下ろす。
「ぐああっ……」
「残念だったなぁ。この程度の炎なんてどうってことないぜ」
少女の肩に鎌の刃が深く刺さっていた。さらに男は左手で少女を掴むと、再び鎌を振り上げた。
「リーパーズスラッシュ!」
「烈火砲!」
両者は同時に攻撃を仕掛けた。そして同時に攻撃を食らう。
「クソがッ……!」
「ぐはっ……!」
少女は鎌で斬られて跪き、男は炎で吹き飛ぶ。
「何だよ……コレ……」
たった数十秒の出来事だったが、創真には目の前で何が起きているのか分からなかった。
「チッ、面倒くせー。こうなったら無理やりターゲットを狙うか……」
「そうはさせない……お前はここで倒す!」
先に動いたのは少女の方だった。
「爆炎撃!」
少女は拳に炎を纏わせて、男に殴りかかる。
「呪縛牢!」
男が地面に手をかざすと、少女の足元から鎖が現れ少女の動きを封じた。
「なっ……クソッ!」
「フッ……これで面倒事が消えたか。最初からこうしとけばよかったぜ」
男は創真の方に近づいてくる。助けてくれた少女は必死にもがいているが、身動きが取れないままであった。
(今度こそ……本当にやられる……!)
そう思った瞬間、創真の体が明るく光った。
「な、何だコレ?!」
突然の異変に戸惑っていると、少女が叫んだ。
「櫻井創真!!今お前は自分の魂を解放しようとしている。だが解放してはいけない!解放すれば危険な戦いに巻き込まれることになる。最悪死ぬことだってあり得る。今は耐えろ!」
「解放ってのをしたら俺はアイツと戦えるようになるのか?!」
「止めろ!それは危険すぎる!!」
「でも今ピンチなんだろ?他に助かる方法はあるのか?!」
「クッ……!それは……」
光が創真の体を完全に包み込んだ。とても大きな光となり明るく輝く。
「いいぜ、戦ってやる。急過ぎて訳分かんねぇけど、助かる方法がこれしか無いならやってやる!!」
創真を包んだ光が次第に小さくなり、剣の形に変化していった。
「おりゃあああ!!」
剣を大きく振りかざし、男をめがけて振り下ろすと剣から放出された衝撃波が男の体を切り裂いた。
「ぐあああッ……!!クソッ……こんな展開は聞いてないぜ」
男は不意の攻撃をもろに食らい、その場に跪いた。
「櫻井創真!てめぇは俺のターゲットだ!次に会うときは必ずお前の力を奪ってやる!楽しみにしとけよ……」
男は一瞬で消えさり、鎖が解かれた少女と創真の二人だけがその場に残された。
この日を境に、櫻井創真は解放者となり、力を手に入れたのだった。