表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華桜藍の激情  作者: AF
6/34

二〇一三年 ⑤




 藍は布地を(てのひら)でこすった。


 頬に快い触感は綿らしい。でも、生地の織り目に若干の違和感がある。

 普段の慣れた、引っ張ればきりっと音の鳴るような緊密な布ではない。

 少し毛羽のある柔らかな表面。洗濯機に三回も投げこめば質が落ちてしまうだろう。

 それに、匂いが違う。


 そう思ってから、(まぶた)を開けた。


 撫でていたシーツと、もう片方の手に当たる枕。背中から肩にかけてに薄手の布団が掛かっている。

 反射的に身を起こす。背中で布団が滑り落ちた。

 寝台の上に座っている。


 物音がした。

 藍は振り返った。


 そちらで、青年がドアに背を預けていた。

 その瞳は藍を見据えている。

 藍は黙って青年を見返した。


 全身に纏う黒い衣服。長めの前髪の隙間、藍を見る眼もおそらく黒い。彫りの深い整った顔立ちに、(けわ)しげな陰が落ちている。


 誘拐犯だった。


 名前を聞き、名乗らず、藍を気絶させてここに運んだ者。


 藍は自身を見下ろした。クリーム色の衣が膝までを覆っている。割烹着みたいだが、ネグリジェとかいうものかもしれない。

 襟元を掴む。肌着も外されているようだ。


「風呂に入れ」


 藍は顔を上げた。

 低いが、明瞭な声は、青年から発されたものらしかった。


「……お風呂」

「そのドアの奥だ」


 青年は長い右腕を伸ばし、人差し指を前方に突き出す。

 腕の延長線上に一枚のドアがある。


 白いドアを、藍は眺めた。


「なぜ?」


 青年が一瞬、藍を見る。藍はあえてそちらを見ない。


「身を清めろ」


 簡潔な返事を聞く。


 藍はおもむろに足を下ろした。

 床に立つ。濃茶(こいちゃ)の木目の上を歩き、()されたドアを開ける。

 脱衣所の向こうに、オレンジ色の照明と曇りガラスが見えた。


 青年は藍の背後に立っている。

 誘拐時には銃を向け、藍の足を狙った人物。


 藍は校庭を思い浮かべる。

 砂利と芝生、校舎の外壁。その内部で暮らす人々。


 声。

 自分を呼ぶ、青の声。


 藍は目を伏せた。


 あの砂利の上を、全力で駆けてきた弟。


 ――生きる価値はあの子のそばにある。


 藍は脱衣所に入った。

 白いドアで、青年から隔絶した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ