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眠るにはまだ早い  作者: めいじ
9/16

まずはお友達から9

そのまま警察に連絡し、引き渡せば事情聴取のみだけで自身に何の害はないとわかってはいたものの、優は目の前の吸血鬼に対し興味が湧いていた。

その場に座り込んだままセシルの話を聞いていれば、どうやらこの吸血鬼は長い間眠っており、幸か不幸か優の誕生日に目覚め渇望した欲を満たすために彷徨っていたらしい。

しかしセシル自身は己を高貴な生き物だと自負しており、ただの人間から血は受け取らない主義だという。


大富豪の家でも才能に溢れていたり頭が良いわけでもない、ごく一般的な普通の生活と身体の優をなぜ狙ったのかに対しては、セシル曰く『貴様からは神秘と淀みと穢れの匂いがした。』とのこと。

一体なんの話をしているのかさっぱりだったが、襲われた時にセシルが言い放った血が淀んでいる。というセリフは優にも心当たりがあるのか諦めたような表情で自虐的な笑みをこぼした。


「そういえば、吸血鬼に噛まれた人間は同じ吸血鬼になるんでしょ?」

そんな言い伝えをふと思い出し、セシルに問うと心底嫌そうに眉を歪ませへの字に曲がった口をした姿に優は内心やってしまったと後悔した。


「いいか人間。そもそも貴様ら下等な生き物が俺と同じ吸血鬼になるのはとてつもなく名誉なことなのだぞ。しかしそんな下衆で低俗な奴らを易々と我が同胞にすることなどあり得ぬ。」

呆れ半分嫌味半分の言葉は完全に人間という人種を蔑んでいて、自身が神であるかのような言いぶりであった。


「それに、ただ吸うだけでは吸血鬼などにならぬ。恐怖が必要なのだ。」

腕を組んで不服そうに言うセシルに地雷を踏んでしまったのだと申し訳なさげに苦笑いを浮かべていた優だったが、恐怖という言葉に引っかかり今までの出来事を思い返すと…


「え、待って!僕を驚かせたり怖がらせたのって…」

焦るようにセシルに問いかける優に対し、当の本人はさも当たり前のように


「貴様は我がしもべとして十分な価値があるからな」

と、切り返した。

もし血を摂取するだけならばわざわざ獲物に自身の存在など知らせることなどしないが、同じ吸血鬼にするにはその対象に恐怖と絶望を植え付ける必要がある。セシルが目をつけた優は後者であった。


吸血鬼にするための基本である初動は優しく、そして言葉巧みに相手を惑わし精神的に追い詰めてから最後には一気に詰め寄り逃げ道を塞ぐ。それだけで大概の人間は屈服するらしい。因みに純血の吸血鬼以外、所謂噛まれた吸血鬼はセシルの持つ不思議な力は使えず、自身の血を捧げ主人の身を守る従うだけの家畜兼奴隷と化すようだ。

その基本にまんまとハマってしまった優は不満そうに口を結んだ。


「…僕を奴隷にしようとしたのはわかったよ。とりあえず、ほんとに君は誰の血も吸ってないんだね?」

セシルの口調や発言から大層自身の立場や血に誇りを持っているようで、偽りのない真っ直ぐな赤い瞳の視線を感じるや否襲われた時の恐怖を思い出し思わず目を背けてしまうも、あずさの両親が住むこの地元では襲ってはいないのかと再度問いかけた


「くどい。俺は選んだ女の血しか吸わぬ。」

徐々に憤りが混じり出した声色に優はごめんねとこぼし、顎に手をおいて暫し考え出した。


優自身に怪我がない以上、人を襲ったという物的証拠もなければこのコンクリート上に散らばる血を見せたところで検査をしても出てくるのはこの男と先程の狼の血液だけ。目の前の男はきっと、このまま警察に連れ行っても危険人物程度にしかならず無罪放免だろう。そして何よりこれほど自信の塊のような男が自分の身の安全のためにわざわざ信念を曲げてまで嘘をつくとは到底思えない。


しかしもし、この先御目に適う人物が出て来た場合、その人は自分と同じ恐怖を味わうのだろうか…。


考え込む優の指から砂のような物が出ていることに気付き、先程立ち上がるときに付着したものだろうと思い払おうと手を見ると、先程セシルに血を与えるため口に入れた親指の周りに付着してから時間が経ち、乾燥しきっていた血が剥がれるのではなく砂のように徐々にこぼれ落ちては灰のように風に煽られ空へ舞い上がり微粒となって消えていた。


優はあることを思い出して思わず空を見上げた。

曇っていたはずの空には微かに煌めく星と遠くの方には沈みかけた月、藍色の空は太陽が顔を出すのと共に澄み渡り出していた。

確か吸血鬼は陽の光を浴びると消えてしまう。慌ててセシルの方を向くと、セシルの口元や、肩から優の指先と同じように血が土煙のように舞い上がっていた。


時はすでに夜明けを迎えていたのだった。


「ーーーご、ごめん!僕が長く話したから、君が、溶けて!」

助けたいと手当てしたのに自身の興味のせいで相手が死んでしまうと慌てふためく優を他所にセシルは明るくなり出した空を見るや優の心情を察し、おもむろに立ち上がれば鬱陶しそうに頬や口周りの血を払い飛ばした。


「俺は陽の光程度では死なぬぞ。消えるのは血と死んだときのみだ。」

どうやらセシルは人間が吸血鬼に対する誤った情報がどれほどあるのかはある程度知っているようだ。

陽の光を浴びて死ぬのは奴隷と化した元人間と体内から出て行った体液のみで、理性を失った元人間の吸血鬼は自身の欲の赴くままに行動を起こし朝日が登る頃まで血を求めては砂のように砕け散り消えていく様を人間に目撃される事が多数あったため、人々の間では吸血鬼はみな陽の光に弱いという純血の吸血鬼にとって風評被害に近い迷信はセシルの耳にも入っていたのだ。


人間が吸血鬼に対して持ち得ている誤った情報を古典的なまでに口にする優には遺憾の極みではあったが、純血の吸血鬼といえど力を使うためには自身の力の源である人の血の他に使用時間が設けられているようで、日が昇っている間は人間離れした身体能力も、治癒の力も使えないのだ。


「…しかし、これでは我が力は使えぬ。傷を癒せなくてすまない。」

不満げな表情の中に申し訳なさが含まれ、一見いじけてるように見えたセシルがそう告げた。謝るセシルを他所にある疑問が生まれ優は首を傾げた


「傷?」

セシルは不思議そうに見つめる優と同じように首を傾げては自身の首筋に人差し指で数回押した。

それに釣られ同じように自身の首筋を押すと、ピリッと皮膚が刺されたような痛みと何やら覚えのある嫌に粘り気のある感触に思わず手を離した。

指先にはこびりつき始めた血が付いていたのだ。


度肝抜かれ体を揺らし声を上げて驚く優の姿にセシルは大いに笑った。


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