まずはお友達から8
「血を、寄越せ…。力が足りぬ…」
粘り気のある血が喉にこびりついたのも相まって上手く声が出せないのか、掠れた声でそう告げる男に優は驚いて思わず手を離しては上半身を起こして相手から距離をとった。
優は目の前の男が吸血鬼だと信じなければならないほどの異常な力を見せられていたが、そんなものはこの世に存在しないと否定したい自分もいた。それでもなお、セシルが求めたものが吸血鬼が好むと言う血液だった。
「……いいよ、それで良くなるなら…」
再び訪れた静寂の中に響くセシルの息と包帯代わりのパーカーでさえ赤く染めるほど勢いの止まらない血に自身の意思や思考など関係ないと腹をくくり、深く息を吐くとそう囁くように呟き、相手の唇に指を伸ばした。
薄く柔らかい血濡れた唇は口紅をしているようで、頬を包むように手を添えると親指をセシルの口内に入れた。
唾液と血でヌメついている歯の上を滑らすようにこの数時間とも思えた長い時間の中で何度か見た鋭い牙が生えている場所へ指をあてがった。
(きっとピアスと同じ程度の痛み、こんなの怖くはない…)
と自身に言い聞かせ勢い良く牙に指を押し込むと針のように容易く皮膚を貫き、肉を引き裂く感覚は予想よりも太く、痛く、小さく声を上げて歯を食いしばり痛みに耐えつつもすぐに指を抜き、少し開いたセシルの歯の隙間に滑り込ませるように指を押し入れて輸血した。
「こ、これでほんとに大丈夫なのか?まだ離しちゃーー、ッ」
優は嫌に温かく粘り気のある口内でも自身の指が熱を持ち脈を打つたびにじんじんと痛むことくらいは感じていたし、自身の指から鮮血が流れていることは確かで、他人の血が傷口に入ると病気になるくらいの一般常識は持ち得ていた。
果たしてそれが吸血鬼と人間にも起こることなのかは知る由もないが、口内に指を突っ込んでいる事が羞恥心を呼び起こし、セシルの僅かに動く喉に本当に自身の血を飲んでいるという事実に困惑しつつどれだけ入れていれば気が済むのかと問いかけた時、セシルの舌が優の指の腹を舐めたのを感じ言葉が止まってしまう。
異様なほど熱く、少しザラつきながらも粘り気のある体液を含んだ舌はいやらしいほど優しく優の指を這いずり、味わうように血を舐め取っていた。
「あ、あ、あの、も、もう…」
死にかけでなおかつ人間ではないセシルでも優にとっては男でしかない。声とともに固まった思考は本能的に涙を滲ませ出し、上擦った声できごちなく視線をセシルに向けるとそこには出会った時と同じ狩人のような瞳をしたセシルが優を見つめており、緩く口角を釣り上げた。
「よくやった、女。もう十分だ」
狼に噛まれた時と同じように淡い光を放ち傷口を癒せば口内から離さぬよう舌を絡めていた指を口元まで押し出し、最後に指の腹に口付けするとゆっくり上半身を起こした。
「き、傷は大丈夫なのか?」
一連の流れに思考が停止していた優はセシルが起き上がった事で我に返り、傷を癒す力を持っているとはいえ急に動くのは危険と思いそう問いかけると、セシルは一度命を狙ったのにも関わらず自身の身を心配する優に対し首を傾げた。
「お前、可笑しな奴だな。」
「なっっ、ここで死なれたら警察に届けられないだろ!」
優の不安と困惑の混ざった表情に血のこびりついた顔でケラケラと笑いながら小馬鹿にするセシルに顔を赤くして反論した。
「とにかく、悪さはさせないよ。」
目の前で軽快に笑う男がつい先ほどまで満身創痍だった事が信じられなくなりだした優はズボンの汚れを落とすように叩きながら立ち上がり、茂みの方に落ちていたスマホへ歩み出した。
「悪さ?何のことだ」
優の思惑とは裏腹にまるで一度もしたことのないような声でそう言うセシルに呆れながらスマホを拾いつつ、振り向いた。
「…人を襲っといてよくそんなこと言えるよね。他にもしてたんでしょ」
コンクリートの上に座っているセシルのボロボロの服と辺りに飛び散っている血に先ほどまで確かに起きていた恐ろしい事が現実として突きつけられ、思わず足を止めてしまうも逃げ出さぬようセシルの方へまた歩み出した。
「失礼な。俺は人など襲わぬぞ。」
「失礼なのはそっちでしょ…。」
一定の距離を取りつつセシルの近くでしゃがみ込めば、少し不満げに眉を釣り上げながらそう言うセシルに苦笑いをこぼした。