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眠るにはまだ早い  作者: めいじ
6/16

まずはお友達から6


「君の血は、淀んでいて凄く匂い立つんだ」

自分の手の中で死を恐れる女の表情も、涙も、セシルにとって嗜虐心を煽るだけだった。

無抵抗になった優の首筋に顔を寄せてはヒクつく喉とうるさい程高鳴る心臓の音、異様に暖かい肌を感じつつセシルは口を開いて鋭く尖った牙のような歯をあてがい、ゆっくりと皮膚にめり込ませていた次の瞬間ーー


「なッ、貴様、」

突如二人の間から眩しいほどの光が溢れ出し、

セシルはその閃光に耐えきれず優から離れた。

解放された優は地面に尻餅をついてただ呆然と目の前のセシルを見つめていた。

先程の光が目に入ったのか、両目を抑えるように悶える姿にハッと我に返り、すかさず自身の指にはめた指輪を見た。


未だに宝石の奥の方に光を残しているその指輪は一体何の仕組みであれほどの光を放ったのか。ある種の防犯グッズなのだろうか。

徐々に恐怖から解けていく脳でそんな事を考えていると、居酒屋では外れなくなっていた指輪が気付けば指の間を行き来していて、いとも容易く指から抜けた。

そんな事をしている優を他所にセシルは両目を抑えながらヨタヨタとどこかへ逃げようと背を向けて歩き出していた。


「ま、待て!お前、どこ行こうとしてるんだよ!」

そのことに気付いた優は、ここで逃してはならぬと先程まで動かなかったのが嘘のような身体を自力で起こし、指輪を握りしめてセシルに駆け寄って行った。

その声と足音で顔だけ振り向いたセシルの指の間から見える瞳から、血の涙が流れていることに気付いた。

その異常な状態の男に捕らえようと伸ばした腕と足が止まる。


「貴様、なんで、そんな物を持っている…」

「こ、これは貰いもので…。って、そんな事お前に関係ないだろ!」

ゆっくりと優の方に身体を向けるセシルは全身を震わせていた。しかし先程の優と違って、その震えや声色は怒りに満ちているものであった。

目から流れ出た血で赤く染まった手で優が握りしめている指輪を指差しながらそう問われれば優は相手の異様さに思わず質問を素直に応えてしまったが、今が警察に届ける最大のチャンスだと思い再び滲み出てきた恐怖を振り払うかのように手を伸ばした。


「そんな、そんな事だと…」

セシルのロングコートに優の指先が触れた。普通であれば捕まらぬように避けるはずの行為に対しなんの反応もせず、うわごとのようにセシルはそう繰り返し呟くと


「俺の全てを壊した、それが、そんな事で、済まされるかァ!!!」

けたたましい声と共にセシルを中心に起きた強い風は容易く優を押し払い、セシルの背中から黒い翼のようなものが皮膚と布を千切る音を立てながら生え、銀髪の間に隠れていた先の尖った耳は風に煽られ姿を現した。


「きゅう、けつき…。本物…?」

咄嗟に両腕を顔の前に出し、暴風に耐えながら必死に目を開けて目の前の男の変化にそう口を漏らした。

風が止み、月を背後に立つセシルの姿は吸血鬼そのものだった。


「女、それを俺に寄越し、誰のものだったか言え。」

両目から流れていた血はすでに止まっており、乱暴に拭うと優が持っている指輪を改めて指差した。

しかし優は臆することなく相手を見据え、いつでも行動を起こせるように構えながらセシルを睨んだ。


「そいつはどこかで買ってきたんだ、だから持ち主も、どこで作られたかも知らないよ」

拓海が一体どこで購入したかなど知る由もないし、知っていたとしてもこの男には絶対に話さないだろう。

しかし今相手を怒らせる発言をするにはリスクが高すぎると判断し、そう応えると相手の圧に負けぬと自身を奮い立たせるように拳に力を入れた。


「それが売られているわけがない、それは、破滅の指輪、お前も不幸になりたいのか?」

セシルは嘘を見抜くのが得意である。

優が今の言葉で指輪を恐れ、手放しさえすればあとは女も指輪も自分の思うがまま…。

自身の目論見通りになるように目の前の女に陽動を試みた。セシルの声色は落ち着いていているものの、心に鋭い刃物を突きつけているようだった。


「ふ、不幸には、もうならない、それに…これは誰にもやらないぞ!」

きっと相手は自分を絶対に逃さないだろう。優は指輪を握った手を胸元に当て、もう片方の手で守るように包み込みながらそう言うと、セシルは小さく溜息を吐いた。


「ならば死ね」

相手が溜息を吐いたと思ったや否、次の瞬間にはセシルは腕を宙に振り上げており、その先にある鋭い爪は月の光により僅かに透けながらも優に向かって真っ直ぐ振り下ろされそうになっていた。襲い来る痛みに耐えるべく指輪を握りしめながら優は目を瞑った。

セシルの凶器のような爪が優の頬を掠め、そのまま胸元にある手も胴体も切りつけられるかと思いきや、痛みはそこで止まり、次第に手が離れていくのを感じた。


何か硬いものを噛みしめるような音と汚い音を立てながら水滴が溢れる音に優は不審に思い目を開いて目の前の男を見ようと顔を上げると、そこには


「お、おかみ…?」

セシルの背後から首元を食らいついている狼の姿があった。痛みで表情を歪ませていたセシルだったが、決死の思いで狼を掴んでは思いっきり前に投げ飛ばした。

狼は宙で態勢を立て直し、優の前に立って威嚇の声を漏らしながらセシルを睨み続けている。

飛び散る血が地面と、優の服や顔に付着する。何が起こっているのか全く分かっていない優でも、生温く鉄臭い液体に触れ、粘り気のある音を立てながら指を真っ赤に染めたそれに、嫌でも現実を突きつけられたのだった。

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