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眠るにはまだ早い  作者: めいじ
5/16

まずはお友達から5



「ど、どちら様ですか」

脳が警告している。

しかし、もしかしたら知人なのかもしれない。自分が忘れているだけなのかもしれない。

そんな現実逃避にも近い可能性を期待して優は声を絞り上げた。


「僕の名前はセシル、君とは初対面だ。」

少し上機嫌そうな声色で優の僅かな希望を見事にへし折ったセシルと名乗る銀髪の男は、ゆっくりと顔を上げた。

街灯の光によりちょうど優からは表情は伺えなかったが、赤く光る2つの瞳と異様に鋭く尖った八重歯だけは光に反射していた。


「道案内とかなら、他の人に頼んでください…」

この男はやはり何か可笑しい。

警告がようやく体の節々まで行き渡ったのか、笑い始めた膝に精一杯の力を込めて相手に平常心を保っているように見せようとしつつそう言えば、恐怖が滲み出した脳内でどの道を選べば一番早く繁華街まで行けるかと必死に考えていた。

優の明らかな動揺と恐怖する姿に頬を釣り上げ、一歩、また一歩と確実に近付いてくるセシル。

その足音に肩を揺らして驚き、刻々と狭まる距離と対比するかのように膨れ上がる恐怖にスマホを強く握りしめてセシルを見ることしかできなかった。


「僕ね、吸血鬼なの。血が欲しくてさ」

遂には手を伸ばせば余裕で触れられる距離になっていた。


「な、何言ってんだあんた。俺は男だぞ」

目の前の不審者はそう言って人を刺す犯罪者なのだろうか、吸血鬼など考えずとて分かる嘘をなぜ…。

大概の犯罪者は己が望む全てが叶わぬ世界に不平不満を感じ、他者を制圧、支配したいが為に犯罪に手を染める。その惨めな傲慢さの矛先は弱者に向きやすい。


推測であれ自分にでもその程度の考えが思いつく優はこの危険人物をあずさ達がいるこの地に置き去りにするなど出来なかった。

幸い優は一般男性に比べては背は低めなものの、容姿や服装でその不足分を補えている。

大体の人は自身の性別をすぐに判断は出来なかったという経験上そんな嘘をつき、早くこの場所から逃げ出したいと泳ぐ瞳で必死にセシルを見つめた。


「…では、女子供なら構わないと?」

優の努力もむなしく依然として余裕の表情を浮かべているセシルはそう切り返した。

「違う!お前みたいな奴らのご希望通りにはならないって事だ」

本来であれば赤の他人をこんな近くまで近付けるようなことも、会話をすることすらしない優だったが、もし本当に犯罪者なのであれば野放しにはできないと、自身が多少の傷を負ったとしても目の前の男をみすみす逃してはいけないと微かな正義心でそう言った。

己の手の中にはスマホがある。何かあればすぐに警察を呼び出そう。

そう心に決めて相手を睨むように見つめた。


「君は勘違いしていないかい?」

「ーーーッ!」

先程まで身体と声が震えていれば目も泳ぎ、自身が目と鼻の先まで近付いているのに恐怖で逃げ出せなかった目の前の人間が、急に何かの決意を持って対抗してきた事に思わず喉を鳴らした。

もう一歩足を踏み込んだセシルの髪が優の頬を掠めるほどの距離となり、二人の鼻先が触れ合った。

セシルの赤い瞳と優の黒い瞳には互いの姿がはっきりと映っており、見上げながら睨んでいた優も自身の表情が恐怖に歪んでいく様に思わず後ろに下がろうと足を動かしたが、硬直しきった身体では上手くいかずバランスを崩して後ろに倒れそうになってしまう。


「僕は君を女と知っていて声をかけたんだよ」

優の張り詰めていた一本の勇気でさえセシルは意図も容易く切り落としていった。


「な、にを、言って、」

優が地面に尻をつく前にセシルは優の後頭部と腰に手を置き優しく抱き寄せ、倒れぬように支えると全身が震えて恐怖に染まった目の前の女を獲物のように見つめた。

完全に腰を抜かした優はセシルのされるがままで、力の抜けた手の中にあったスマホは嫌な音を立ててコンクリートの上で跳ね、何処かへ行ってしまった。


男が、自分の近くに、自分を触れて、いる。


優の思考が停止した頭はそんなことしか考えられず、舌もまともに動かない。

何故か自然と溢れこぼれ出した涙は頬を伝い、自身の髪の毛の水分となった。

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