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眠るにはまだ早い  作者: めいじ
4/16

まずはお友達から4


「あー、酔ってきたかも」

あずさを無事に送り届ける事が出来た二人はアルコールの入った瓶を片手に駅の方まで足を進めていた。

深夜の住宅街は薄気味悪いほど静かで二人の足音がやけに響いているが、優の耳にはうっすらとしか入ってきていない。思考がぼんやりとし始めているのだ。曇って月も星も見えない空を見上げながらそう呟く優の姿を見ている拓海は、何も変わらず微笑むだけだった。

あずさのご両親から頂いた袋の中には誕生日カードとアルコール数本に、食べ物まで入っていた。それを見兼ねて俺に任せてください。と拓海が持ってくれている。

彼はほんとに良く出来た男だ。拓海だからこそあずさも仲良くしてくれている。

優は隣を歩く拓海に対して、そんな感謝の気持ちを改めて感じた。


「そういえば、あずささんの地元ってことは、優さんの地元でもあるんスか?」

安堵から来る急激な酔いは身体に良くはない。その前から呑んでいるなら尚更だ。

拓海は言葉を増やしてなるべく優を呑ませないようにしようと話題を振ってみた。


あずさと優は幼馴染である。以前に同じ学校を通っていたと話していた事を思い出して、拓海には全く見慣れぬ地でも優にとってここは見慣れた、思い出のある場所なのかと思い辺りを見回した後、隣を見る優を見た。


「そうー、だね。ちょうどこの道は、通学路だった。あずさといつも歩いてたよ」

少し歯切れの悪い様子で苦笑いしつつそう口にした優の姿は、拓海から見たら怯えているようだった。

「小学生の頃からあずさは可愛くて、髪が長かったからツインテールにしてたよ」

自身の動揺には流石に気付き、話題を軽く反らしながらそう続けて言うと、軽く微笑んだ。

そんな優を拓海は無言で見つめることしかできなかった。


「あの時は、まだ、何にも知らなかったなぁ…」

思い耽ったかのようにそう呟くと、足音が足りないことに気づき、振り向くと拓海が俯いて立ち止まっていた。

優は自分が何か拓海の嫌な所に触れてしまったのかと不安に思い近くに駆け寄った。


「ど、どうしたの?」

自分より背の高い拓海を下から覗き込むように見上げると、そこには表情の歪んだ拓海の姿があった。今まで見たこともない表情の拓海に恐る恐る声をかけると拓海と目が合った。


いつもと変わらない金色の、綺麗な瞳だった。


「優は、ここが嫌い?」

不意に呼び捨てで、しかも敬語の抜けた口調で話し始めた拓海に驚き、後ずさりした。

優は幼少期に受けた傷がまだ癒えていない。それはこの地で起った出来事だった。

しかし拓海は故郷だというのに、生まれ育った場所であんな表情を浮かべる優が拓海にとって我慢ならなかった。

「い、いや、そんなわけじゃ」

「じゃあ」

優はブロック塀を背に訂正の言葉を口にするも、それを遮るように拓海が口を開いた。

俯いていた拓海がゆっくりと顔を上げじっと優の目を見つめる。

その圧に耐えきれず思わず目をそらすと、先程まで明るかった街灯の光が、何かに遮られた。


「な、に、してんの、」

喉がヒュウ、となった音がした。


正面を向くとそこにはブロック塀に腕を置き、優を覆いかぶさるように見つめる拓海の姿があった。優は声だけではなく次第に体も小刻みに震え出し、手に持っていた瓶がカランと音を立ててコンクリートの上に落ちた。


「俺は、優が…」

獲物を捉えた獣のように怯え震えている優をじっと見つめながらゆっくりと荷物を地面に置き、空いた手で優の頬に触れた。全身が逆立っているのか、柔らかく冷たい頬すら鳥肌になっていた。

頬を滑るように優の黒く細い髪に触れながらそう声を漏らすと


「ご、ごめ、ぅ…!」

拓海の抑圧に耐えきれず口元に手を置くと横の僅かな隙間から逃げ出し、吐き気を堪えながら思いっきり走り出した。

「優ッ!!」

拓海の焦ったような叫びが耳に反響する。

彼を一人あんな所に置き去りにしてはいけない。しかしあんな状況のままでは自分の身が持たない。

優は地の利を活かして人を巻くように走り続けた。

そのまま駅のある繁華街に進めば良かったが、そんな頭は今の優にはなく、とにかく離れた場所へ、人が寄り付かない場所へと足を走らせ続けたが、逃げる場所など住宅街にあるはずもなく、たどり着いた先は…


「こう…。え…ッ」

優の足がぱたりと止まった。

震えた声で目の前の暗く寂れた公園を見つめそう呟くと、高鳴る心臓と上がった息のせいか吐き気が一気に込み上げその場でしゃがみ込み吐いてしまった。

吐瀉物が道路脇に汚いシミを広げていく。

ああなんて事を、こんな場所で、

と頭では分かっているのに震え続ける身体は思考など無視して嘔吐し続けた。


「う…」

ある程度吐き終えると、疲労でそのままその場に座り込んだ。

隣にある吐瀉物の立ち込める匂いに後悔のみが募る。

自分はなんて酷い事をしてしまったのだろう。あずさの介抱を手伝ってくれたのみではなく自ら自身の荷物まで率先して持ってくれていた優しい友人から逃げるだなんて。今戻ればまだ間に合うはずだ。気分が悪くなったのだと言えば拓海なら察してくれるはずだ、と。


スッキリした胃の中とは違って頭の中は言葉で溢れかえっていた。優の焦りは罪悪感だけから来ているものではない。

(なんで、あんなことしてきたんだ…)

拓海が優に迫ることなど、今までなかった。

優の事を知っていての態度だったのに、拓海はそれを打ち崩してきたのだ。彼が酔っていたとは到底思えない。あれが彼がしたかった、彼の本心なのか?


渋滞を起こした言葉の数々はため息として口から漏れ出し、優はまた空を見上げた。冷たい夜の空気が熱く荒れた喉と心臓を冷やしていく。

月を覆っていた雲はいつのまにか何処かに消え、星々は輝き黄色く光る満月に何故か安堵した。


「…戻るか」

情緒が安定してきたのが自分でも感じ、優はそう呟くと立ち上がった。体感的には拓海から逃げて数十分程度、もうあの場にはいないだろう。

おどろおどろしい公園をチラリと見ては、すぐに元来た道の方に身体を向けスマホを取り出して歩きながら拓海に連絡を取ろうと前を向いた時、道路の真ん中に黒のロングコートを纏った人がいた。


「こんばんは」

声からして男だ。

黒とは対照的な街灯に照らされ輝く白髪、顔は俯いていて分からない。しかしこんな夜中に、全くもって面識のない人に声をかけてきた。

瞬間的に身体が警告する、目の前の男は普通ではないと。


落ち着いてきた心臓がまた、ドクンと大きく鼓動を鳴らした。


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