まずはお友達から2
「喜んでもらえてよかった!」
目を輝かせている優の姿を見て満足げな笑みを浮かべた拓海を睨むかのようにじっと見つめるあずさ。彼女は何かと拓海が仕出かす事を危惧していた。女の勘あずさをが告げているのだ。
七瀬 拓海は矢野 優に惚れている、と。
大学時代に二人は拓海と出会ったが、自分が居ようが居まいが御構い無しに優に擦り寄り、卒業した今もこうして友人の地位を守り続けている。
拓海に対し優の傍にいるのは自分で、これからもそれは変わらぬのだと強い信念を込めた目で見つめていた。
そんなあずさの嫌に熱い視線を横目に拓海はあっけらかんとした表情を保ったまま
「それ、俺からの結婚指輪です!」
と、先ほどと変わらぬ声で拓海はそう言い放ったのだ
「ぅえ!?」「はぁ!??」
その発言に優もあずさも驚き、店内だというのに大きな声を上げた。
そんな二人の反応に引っかかったと言わんばかりの笑い声を上げて椅子の上で転がる拓海を見て、二人は内心騙されたと思い周囲を気にしながら酒を口にした。
幸い賑やかな店内なおかげで誰も気にはしておらず、なんならそれが導火線に火をつけたのか色んな席から大きな笑い声や手を叩く音などが溢れ出し、辺りが喧騒とし始めていた。
「ホントに冗談が上手いんだから…。でも、ありがとう、大事にするよ。」
思えば大学時代の頃から拓海はおふざけが多く、事あるごとに驚かされていた記憶が脳裏をよぎったが、目の前で息も絶え絶えに笑う姿を見るとそんな些細な事はどうでもよくなった。
再度感謝を述べてから指輪を中指にはめてようと手に取った。入れる時は難なく指を通過し、何なら大きすぎる気がしたのにも関わらず、指の根元に到達する頃には見事なまでに丁度良い大きさとなっていた。物が突然大きさを変えるなどあり得ない。と、不思議に思って指輪をじっと見つめるも、得られた情報は見る角度を変えると真ん中の翠色の宝石は色を変えること程度だった。
そうしていると何故か横から不機嫌な雰囲気を感じ、恐る恐る視線を送るとそこには案の定不機嫌そうにグラスの縁を噛みながら優の顔を見るあずさがいた。
「ほーら、可愛い顔が台無しだよ。せっかくこんなにおめかししてるんだから」
冷や汗を背中で感じつつあずさを宥めようとブラウンに染まった、艶やかで緩く巻かれた長い髪の間を滑るように手を動かし、軽く自分の方へ引き寄せるように優しくあずさの頭を撫でた。
優はあずさが拓海を嫌っているのをなんとなく知っていた。
だがその嫌う理由がなくなったとしても、あずさは拓海に対しての警戒心を解くことはないのだろう。
全ては自分のせいなのだ。
そう自責の念を胸に射し込んでは、機嫌を取り戻したあずさと微笑み合った。
「お待たせしましたー」
タイミングを見計らっていたかのように店員が様々な種類の料理を運んできた。
彩りを魅せるサーモンに食欲を誘う肉が焼ける音と香り、居酒屋ならば外せぬ枝豆とポテトフライ、そして分け合って食べるには丁度良いピザなど、三人で食べるには十分すぎる量が目の前に並び、拓海の言っていた通り瞬く間にテーブルの上を制圧していった。
「それではお手を拝借!」
拓海が二人の顔を見ながらそういうと、三人揃って手を合わせ「「「いただきます」」」と目の前の料理に呟いた。
「俺サーモン好きなんスよねぇ」
「あんた昔から変わらないわね。お肉切り分けるからお皿ちょうだい」
「おー、さっすが女子の塊!あざっす!」
拓海は早速サーモンの刺身に手を伸ばし、優はポテトを1つ口に入れれば横でナイフとフォークを手に牛肉を切り出したあずさの邪魔にならぬように周りの料理を少し遠のかせるなどの支援をしていた。
あずさは拓海を嫌っているわけではなく、世の男性に対し警戒心が高いだけなのだ。例外問わずそこに拓海も含まれている。二年という短い学生生活の中を共に過ごしたのもあってか奇しくも友人という枠に居ても良いと少なからず思っている。なのでそれなりの対応を取るし好みや趣味なども把握しているが、彼のおちゃらけた性格と何十年もかけて築き上げた優との仲をいとも容易く割って入って来た図々しさが気に食わなかったのだ。
「はい、あんたの分よ。これは優の分!誕生日の人にはお肉に旗つけちゃうね!」
取り分けた肉の乗ったお皿を2人に手渡し、漸くあずさも食事を始めた。
あずさに対し二人はありがとうと感謝すると本格的に食事を開始し、大学時代の思い出や最近あった出来事、時折始まるあずさと拓海のもはやコントのようなやり取りをツマミに酒と時間は進んでいった。