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眠るにはまだ早い  作者: めいじ
16/16

点と点5


あずさを駅まで無事に送り、日の沈んだ帰路は長袖一枚では心許なく自然と足早になっていて、徐々に人数が減っていくのと比例して一定の距離で整列する街灯の明かりは優の影を濃くして行った。

一般女性の賃金では都会から離れているとはいえ駅近のアパートを借りる事は叶わず、数十分歩いてようやく自宅へたどり着くのだが、一人暮らしでは決してなかった帰宅時に明かりが灯っていることがこんなにも温かく感じるのだとこの歳になって優は痛感した。


…実際の所は暗い時は明かりをつけるという雑務を嫌がったセシルをなんとか言い包めた苦労の方が大きいが。


「ただいま。電気ありがとうね」

室内に入れば外との温度差に身震いしつつも、セシルがいるリビングへ向かっていった。


「紅茶でも飲む?あったかいのでも…」

扉を開き様子を伺おうと部屋の中を覗くと、そこには至極満足そうな笑みを浮かべてベッドに腰かけているセシルがいた。

この笑顔は何かを企んでいる。もしくはとても不機嫌。の二択であると察した優は一体どこで地雷を踏んでしまったのかと引き立った笑みを浮かべて考えるも、友人と対面させてしまった以外の答えしか見つからなかった。


「な、なにか良いことでもあった?」


「ほぉ。そう見えるか」

動揺から声をつまらせながらも穏便に済まそうとそう問いかけると、優にとって恐怖でしかない笑みを貼り付けたままギシリと音を立ててベッドから立ち上がり、一歩一歩と近付いた。


「あずさという女を教えろ」

反射的に後退りした優の肩を掴み、逃がさぬように傍らにある冷蔵庫へ押し当てると優が思いもしなかった言葉をセシルは口にした。


「えぇ…教えろって…普通に…幼なじみってだけだよ…」

ひんやりとした冷蔵庫の冷たさを感じる程度にしか機能しない脳の優はセシルが言った意味が全く理解できなかったが、その圧に自然と動く口と降参のポーズのように上がり出した両手にセシルは深いため息をつき、一転して真顔になった。


「お前は馬鹿か。あいつの素性を教えろと言っている。」

「素性もなにも…ただの女の子だってば」


あずさを愚弄するかのような口振りに優はむっとし、少し強めに言うと突然セシルに首元に顔を寄せられ、思わず小さく悲鳴を上げた。


なぜこの場面でそんな事をするのかなど困惑しきっている優にはわかる由もないが、優のことを食糧としか見ていない吸血鬼が首元に顔を近づける時はあの行為をする時しかない。

セシルの吸血は痛みを伴わないとはいえ、彼の加減ひとつでどうにでもなる上に注射と同じように何度されても緊張は解けないものである。


身体を強張らせ来たる感触に堪えようと目を瞑った優の決意とは裏腹に、感じたのはくんくんと鼻を動かし匂いを嗅ぐ音だった。

「…やはり、お前と出会った時と同じ。神秘の匂いがする。」


「し、神秘?どんな匂いか分からないけど、あずさの香水じゃない?」

「馬鹿め。そんな紛いものでこの俺が騙される訳なかろう。」

拍子抜けすぎるセシルの行動と発言に安堵と驚きを隠しつつ目を開き不思議そうに目線を送りながらそう言うと、優の能天気さに呆れて首元から顔を離し僅かに眉を潜めてピシャリとそう言い放った。



当時、セシルは優に対し淀みの他に神秘の匂いがすると言った。

その真逆のような組み合わせに疑問でしかなかったが、その答えがあずさにあるようだ。


確かにあずさは優に対してスキンシップは激しめではあるものの、身体に香水の匂いが移る程強くはない。

ましてや甘く優しい金木犀の香りは神秘というには程遠いものだ。

となるとあずさの血の匂いの他ならないが、第一彼女はただの一般女性だ。交際経験はないもののそれだけの理由でセシルが問い詰めるような珍しい事ではないはず。


そうして導き出された答えは


「もしかして、あずさのこと好きなった?」


恋は直感と偶然。

恋愛に対してはよく分からない優だったが、それ以外思い当たる節がなくそうセシルに問うと、目の前の男は問答無用で優の額にデコピンした。



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