【羽無し】と約束
隠し場所までの道筋は何となく分かっていたが、念の為再び子守唄を歌いながら、その場所を目指した。
これは、道を迷ったり、魔物に襲われたりする可能性を懸念したというよりも寧ろ、背中をついてくる剣士への不信感を打ち払う為のものだった。
私の口から歌われる子守唄に聞き入りながらも、周囲に対する警戒心を捨てない彼の姿を横目で観察しながら、私は自分の行動が間違っていない確信を深めていた。
彼は、善き人だ。きっと、それだけは間違いない。
少なくとも、私を殺して、石だけを奪って逃走することだけはないだろう。
「……ここ、です」
立ち止まったのは、森で一番巨大な大樹の前だった。
隆起した幹の、ちょうど私の顔くらいの位置に、一カ所小さなうろが空いている。
繁殖期の魔物や森に入った誰かが、結界の呪を破って中の石を取り出している可能性も懸念していたが、取り越し苦労だった。
結界を解いてうろの中に手を入れ、両手の平一杯ほどに貯まった石を取り出した。
「こんなに……たくさん」
「全て、この森の中で採掘したものです」
「……この森で、碧甲石が採れるというのは初耳だ」
驚愕を隠せない様子の彼に、掌に載せたそれを差しだした。
「元々は、不本意な形で無くした母の形見と同じ石だったから、集めたものです。今日の石が、母の形見に一番よく似ていたので、他は必要ありません。ーーこれを、全て貴方に差し上げます」
「っそなたは、先程の私の話を聞いていたのか!? これは一つでも、屋敷が建てられる程の価値がある石だぞ。これだけの量を売れば、一生働かなくても食べていける金を得られるというのに、正気か?」
「だとしても、私にはこれを売る術も伝手もありません。もしどこかの商人に持っていったとしても、不当に安く買い叩かれるか、盗品と疑われるか。最悪の場合、石を奪う為に殺される可能性だってあります」
どれ程価値がある品でも、取り扱う人間が適正な価格を掲示してくれなければ意味がない。
商人はシビアだ。利益の為なら、いくらでも冷酷になれる。
何の伝手もなく、若輩で、被差別的立場にある私が、この石を持って行った所で、明るい未来は期待できないだろう。
「元々これは、歌の導きに任せるままに拾ったもの。集める為にさしたる労力も使っておりません。それで、大金を得たら、罰が当たります」
「……そなたは、どこまで欲がないのだ」
「欲はありますよ。取引と言ったでしょう?」
そう、欲はある。ただ拾い集めただけの石を対価にするにしては、図々しい程の切実な希望が。
「この石を差し上げる代わりに……どうか、私をこの村から連れ出し、新しい仕事と生活基盤を提供しては頂けないでしょうか。混血の何が悪いと言ってくれた貴方なら、こんな私にも村を離れて生きられる術を与えられるでしょう?」
私の願いに、彼は驚いたように目を見開いた。
「それくらいのことは、容易いが……そなたの家族は果たして何て言うか……」
「幼い頃に母は死に、父はその前に私と母を残していなくなりました。行く宛も無いので、仕方なく叔母家族が使用人代わりに引き取ってくれておりますが、混血で羽が無い私は一族の恥として疎まれております。私がいなくなった所で、喜ぶ人こそいても、悲しむ人はおりません」
後、一月もすれば私は十七歳。母が父と駆け落ちした頃の年齢より、年上になる。
一般的には、嫁いでいてもおかしくない年齢だが、混血で羽が無い私を嫁に迎えたいという物好きが、この村にいるはずがない。
この村から出て、新しい生活を。
それは、母を失った頃から密かに胸に抱いていた夢。けして、叶わないと諦めていた、可能性。
未だ戸惑いが滲む、剣士の蒼い双眸を見据える。
「剣士様。ーー貴方の、侮蔑の篭もらない視線が、私にはとても心地良いのです」
こんな心地良さは、久しく忘れていた。
想い出の中の母だけが、かつてはそれを私にくれていた。
この視線を、もう少しだけで良いから感じていたいと思う。
「これだけの石では労力に見合わないというのなら、もっと集めます。私の歌が一体どれ程効果があるかは分かりませんが、貴方が他に望みの物があれば、森に入って歌いながら探してみます。……だからどうか、貴方と共に行かせて下さい」
いざこうして口にしてみると、あまりにも虫が良い願いだと思った。
石の価値も知らなかった私は、そもそも彼とは対等の取引相手ではない。私なら、こんなお荷物にしかならない女を、旅に同行させ面倒を見る気など起きないだろう。
それでも、彼ならば。
歌が引き寄せてくれた、この善き人ならば。
「ーー分かった。そなたを、連れて行こう」
しばらくの沈黙の後、彼は少しだけ引きつった微笑みを浮かべて、頷いてくれた。その蒼い瞳には、確かな決断の色が宿っていた。
「私は、渾沌の報告も兼ねて今日一日鳥人の村に滞在し、明日の昼に王都へと戻ることになっている。出立の際には、必ずそなたを共に連れて行こう」
「本当ですか」
「ああ、約束する。今日のうちに、そなたの家族に話しておいてくれ」
「ええ、勿論。……ありがとうございます」
彼に前言を翻させない為に頷いたが、実際叔母達に話す気はさらさら無かった。
いくら邪魔な私とは言え、駆け落ちした母のように私まで他種族の彼と共に旅立ったのでは、叔母家族にとっては恥の上塗りだろう。
ならば今まで面倒を見てくれたことを感謝する置き手紙だけ残して、黙って去った方がいい。
頭の中で今後の算段を組み立てていると、彼が思いがけないことを尋ねて来た。
「そなた……名は、何と言う?」




