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羽無し朱雀は青龍王に愛される  作者: 空飛ぶひよこ


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翠玉の叔母

◆◆◆◆


「……ふん。死にかけたというわりに、元気そうじゃない」


 叔母が再び私を訪ねて来たのは、藍華さんの葬儀も終わり、事件後の混乱がすっかり収束した一月後のことだった。


「私の身に起こったこと、ご存じだったのですね」


 私の言葉に叔母は不愉快そうに眉をひそめた。


「知りたくて知ったわけじゃないわ。王がわざわざ、報せてくれたの。『身内であるそなたには、知る権利がある』だなんとか言って」


「そうですか」


「本当残念だわ。……力が枯渇して、あのまま二度と目を覚まさないことを願っていたのに」


 皮肉気に唇を歪める姿が、何だか少し懐かしくさえ思えた。

 相変わらずこの人は……変わらない。


「それより、本題に入るわよ。ーーこの間は、よくも逃げてくれたわね。お陰で、世界で一番不快な男と顔を合わせることになったじゃない」


「……あれは、私も事後報告だったので」


「お黙りなさい。あの男は、お前の為に動いたのだから、もとを正せば全部お前のせいよ。……本当、不愉快な親娘だわ」


 叔母は大きく舌打ちをすると、燃えるような赤い瞳で私を睨みつけた。


「私から盗んだ【姉様】を返しなさい。ーーこの、こそ泥」


 ……ああ。ーーやっぱり。思っていた通りの要件だった。


「……もっと価値がある碧甲石を代わりに置いていたはずですが」


「あんな物! どんな高値がつこうが、私にとっては何の価値もないわ!」


 普段の上品な態度をかなぐり捨て、怒りで歯を剥きだしにしながら、叔母は叫ぶ。


「あれは【姉様】だから、価値があるの! 姉様が、ずっと持っていたものじゃなければ、意味がないわ!」


「あれは……元々は私が母様に譲られたものです」


「違う、違うわ! あれは、私の物よ! ……全部全部私のものだったのに。誰より近くで、ずっと傍にいたのに。ずっとずっと一番大切にしてくれてたのに!」


 憎悪に燃える叔母の赤い瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。

 

「お前が……お前と亀人の男が、私から盗んだんだ……! 姉様を私から盗んだんだ……!」


「…………」


「返せ! 返して! ………姉様を私に返してよぉ!」


 普段は威丈高な叔母が、まるで置いてかれた、小さな子どものように見えた。


 ああ……この人はいつまでも変わらない。


 私に見せるこの人の姿は、いつだって一緒だ。


 狂気に近い程にーー父様と同じくらい深く、強く。母様を、愛し続けている人。


「……申し訳ありません。もう、あの碧甲石は、どこにも存在しません」  


「なっ……」


 絶句する叔母に、首もとに下げた袋を外して、欠片が入った中身を見せた。


「……これ、は」


「先日、私の命を守る為に、砕け散ったのです」


「っ」


 私の言葉を聞くなり、叔母は袋を私の手からひったくった。


「なんて、こと……! なんて、ことをしてくれたの!」


「……………」


「ああ! 【姉様】! ……そんな……こんなのって……」


 粉々になった中身を悲痛な眼差しで見つめ、袋を抱えてすすり泣く叔母の姿に、苦笑いが漏れる。


 おそらく……叔母は、この石の由来を知らないのだろう。


「この石は……元は、父が母に贈ったものだそうです」


 そう口にした途端、叔母はぴたりと泣くのをやめた。


「碧甲石は、元々は亀人族の守り石で、大切な人に贈るのだと聞きました。父から母に、そして母を経て私に贈られた石が、私の命を救ってくれたのです」


「……なら、こんな物、要らないわ」


 先程までの弱々しい反応からは一転し、叔母は袋を突き返しながら吐き捨てた。


「元々あの男の物だった石なんて、要らないわ。……私は既に、姉様だけに関わる物をたくさんもらっているもの」


 思わず……口元が緩んだ。


「……もう、家に帰られるおつもりですか」


「当たり前でしょう!? 姉様のことが済んだ今、お前なんかと顔も合わせたくないわ!」


「そんなに私のことが、お嫌いですか?」


「何故憎まずにいられると、思うの!? お前は私の全てだった姉様を奪ったのに!」


 ……本人は嫌がるだろうが。

 玄武と叔母は、どことなく似てると思った。


「叔母様は私を憎いでしょうが……私は、貴女のことが、好きですよ」

 

「……っ!?」


「だって貴女は……父様と同じくらい、母を愛してくれた人ですから」


 母様を奪った原因として、憎む子どもを、それでいて憎みきれない、心の柔らかさが……何だかとても似ている気がした。




『ーーお願いします! 旦那様……何でもします。これからは生涯貴方の従順な妻でいます。……だから、どうか。どうか姉に、できる限りの治療を……!』


 母様が、叔母を頼った夜。

 他種族の男と駆け落ちをした母を蔑む夫に、叔母が地面に額を擦りつけながら、懇願したことを知っている。


『……今から、私は寝るわ。後はお前が責任持って、姉様の面倒を見なさい』


 母様の最期が迫ると、憎んでいるはずの私に、必ず母様と二人きりの時間を作ってくれた。


『お前が、死ねばよかったのに! 姉様の代わりにお前が死ねばよかったのに!』


 何度もそう言って詰りながらも、それでも叔母は私に17年間、ちゃんと衣食住に不自由ない生活を与えてくれた。




『ーー昔ね。お小遣いを貯めて、妹に細工箱を贈ったことがあるの』


 いつか、母様は私にそう話したことがあった。


『お小遣いで買えるような安物だったけど……妹は、本当に喜んでくれて。今でも大切にとってくれてるみたいなの。妹の、今の立場を考えると少し申し訳ないけど……姉として、すごく嬉しいわ』

 

 ーー叔母は、その細工箱に、母の形見の石を入れていた。

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