翠玉の叔母
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「……ふん。死にかけたというわりに、元気そうじゃない」
叔母が再び私を訪ねて来たのは、藍華さんの葬儀も終わり、事件後の混乱がすっかり収束した一月後のことだった。
「私の身に起こったこと、ご存じだったのですね」
私の言葉に叔母は不愉快そうに眉をひそめた。
「知りたくて知ったわけじゃないわ。王がわざわざ、報せてくれたの。『身内であるそなたには、知る権利がある』だなんとか言って」
「そうですか」
「本当残念だわ。……力が枯渇して、あのまま二度と目を覚まさないことを願っていたのに」
皮肉気に唇を歪める姿が、何だか少し懐かしくさえ思えた。
相変わらずこの人は……変わらない。
「それより、本題に入るわよ。ーーこの間は、よくも逃げてくれたわね。お陰で、世界で一番不快な男と顔を合わせることになったじゃない」
「……あれは、私も事後報告だったので」
「お黙りなさい。あの男は、お前の為に動いたのだから、もとを正せば全部お前のせいよ。……本当、不愉快な親娘だわ」
叔母は大きく舌打ちをすると、燃えるような赤い瞳で私を睨みつけた。
「私から盗んだ【姉様】を返しなさい。ーーこの、こそ泥」
……ああ。ーーやっぱり。思っていた通りの要件だった。
「……もっと価値がある碧甲石を代わりに置いていたはずですが」
「あんな物! どんな高値がつこうが、私にとっては何の価値もないわ!」
普段の上品な態度をかなぐり捨て、怒りで歯を剥きだしにしながら、叔母は叫ぶ。
「あれは【姉様】だから、価値があるの! 姉様が、ずっと持っていたものじゃなければ、意味がないわ!」
「あれは……元々は私が母様に譲られたものです」
「違う、違うわ! あれは、私の物よ! ……全部全部私のものだったのに。誰より近くで、ずっと傍にいたのに。ずっとずっと一番大切にしてくれてたのに!」
憎悪に燃える叔母の赤い瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
「お前が……お前と亀人の男が、私から盗んだんだ……! 姉様を私から盗んだんだ……!」
「…………」
「返せ! 返して! ………姉様を私に返してよぉ!」
普段は威丈高な叔母が、まるで置いてかれた、小さな子どものように見えた。
ああ……この人はいつまでも変わらない。
私に見せるこの人の姿は、いつだって一緒だ。
狂気に近い程にーー父様と同じくらい深く、強く。母様を、愛し続けている人。
「……申し訳ありません。もう、あの碧甲石は、どこにも存在しません」
「なっ……」
絶句する叔母に、首もとに下げた袋を外して、欠片が入った中身を見せた。
「……これ、は」
「先日、私の命を守る為に、砕け散ったのです」
「っ」
私の言葉を聞くなり、叔母は袋を私の手からひったくった。
「なんて、こと……! なんて、ことをしてくれたの!」
「……………」
「ああ! 【姉様】! ……そんな……こんなのって……」
粉々になった中身を悲痛な眼差しで見つめ、袋を抱えてすすり泣く叔母の姿に、苦笑いが漏れる。
おそらく……叔母は、この石の由来を知らないのだろう。
「この石は……元は、父が母に贈ったものだそうです」
そう口にした途端、叔母はぴたりと泣くのをやめた。
「碧甲石は、元々は亀人族の守り石で、大切な人に贈るのだと聞きました。父から母に、そして母を経て私に贈られた石が、私の命を救ってくれたのです」
「……なら、こんな物、要らないわ」
先程までの弱々しい反応からは一転し、叔母は袋を突き返しながら吐き捨てた。
「元々あの男の物だった石なんて、要らないわ。……私は既に、姉様だけに関わる物をたくさんもらっているもの」
思わず……口元が緩んだ。
「……もう、家に帰られるおつもりですか」
「当たり前でしょう!? 姉様のことが済んだ今、お前なんかと顔も合わせたくないわ!」
「そんなに私のことが、お嫌いですか?」
「何故憎まずにいられると、思うの!? お前は私の全てだった姉様を奪ったのに!」
……本人は嫌がるだろうが。
玄武と叔母は、どことなく似てると思った。
「叔母様は私を憎いでしょうが……私は、貴女のことが、好きですよ」
「……っ!?」
「だって貴女は……父様と同じくらい、母を愛してくれた人ですから」
母様を奪った原因として、憎む子どもを、それでいて憎みきれない、心の柔らかさが……何だかとても似ている気がした。
『ーーお願いします! 旦那様……何でもします。これからは生涯貴方の従順な妻でいます。……だから、どうか。どうか姉に、できる限りの治療を……!』
母様が、叔母を頼った夜。
他種族の男と駆け落ちをした母を蔑む夫に、叔母が地面に額を擦りつけながら、懇願したことを知っている。
『……今から、私は寝るわ。後はお前が責任持って、姉様の面倒を見なさい』
母様の最期が迫ると、憎んでいるはずの私に、必ず母様と二人きりの時間を作ってくれた。
『お前が、死ねばよかったのに! 姉様の代わりにお前が死ねばよかったのに!』
何度もそう言って詰りながらも、それでも叔母は私に17年間、ちゃんと衣食住に不自由ない生活を与えてくれた。
『ーー昔ね。お小遣いを貯めて、妹に細工箱を贈ったことがあるの』
いつか、母様は私にそう話したことがあった。
『お小遣いで買えるような安物だったけど……妹は、本当に喜んでくれて。今でも大切にとってくれてるみたいなの。妹の、今の立場を考えると少し申し訳ないけど……姉として、すごく嬉しいわ』
ーー叔母は、その細工箱に、母の形見の石を入れていた。




