青龍王の死生観
「……蒼燕は『朱雀に、ぼくがあやまっていたとつたえてください』と言っていた。『かあさまをおもいだすので、しばらくぼくは朱雀にあいにいけないでしょうから』と」
ーー聡明な子だと、改めて思う。
私が父を失うきっかけとなった青龍王を憎んだように、藍華さんを失うきっかけとなった私を憎む気持ちが、ないわけではないだろう。
それでも蒼燕は、私と距離を取ることで、その憎しみを乗り越えようとしているのだ。
……まだ、わずか、6歳の少年が。
「蒼燕はーー姉上のように、憎しみに囚われることはないだろう。乗り越えられるからこそ……蒼燕は、次期青龍王に選ばれた。道を誤らないことが、王の役目故に」
「……………」
「だが、朱雀。ーー私は、姉上が道を誤ったとも、思えぬのだ」
青龍王は目を伏せて、ゆっくり首を横に振った。
「私自身が成したことに、後悔は無い。そなたは今、こうして無事に私の前にいる。それが、全てだ。……だが、その一方で、どうしても思ってしまうのだ。そもそも私がいなければ、姉上も、そなたも、傷つくことはなかったのではないか、と」
「王……」
「全てが……四凶のように分かりやすい【悪】ならば、よかったのにな。ただ滅ぼせば、全てが解決するのなら、話は簡単だ。ーーだが、姉上も黒生も……そして、父上も、姉上の夫だった人も、皆が皆、彼らなりの【正義】を抱えていた。運命が、彼らの【正義】を断罪したが……本当にそれが正しいのかと言えば、私にはわからない。ただ、私が残ったという結果があるだけだ」
ーーああ……この人にまた、重い責を負わせてしまった。
湧き上がるやるせない気持ちに、唇が噛む。
「それでも、私は……貴方がいない未来は嫌です。仮にそれが『過ち』だったとしても……そんな未来は私は認めません」
正しいか、間違っているかなんて、わからない。
運命だとか、私に宿っている初代朱雀の魂だとか、もうどうでもいい。
ベッドから身を乗り出して、目の前の青龍王の体を強く強く抱き締める。
「貴方を理不尽に憎む気持ちが捨てられなくて、自分の気持ちを疑ってました。でも、もう迷いません。ーー青龍王。否、藍清。私は貴方を、愛しています」
「朱雀……」
「翠玉と、呼んで下さい。貴方には、そう呼んで欲しい」
この人が、愛しい。
王だからではなく、運命だからでもなく。
残酷な運命を背負い続けながらも、国の為、民の為に、必死に王として立ちあがり続ける「藍清」を、私は守りたい。
「藍清。……優しい貴方はきっと、この事件で私が被害にあったことを気に病んで、私を遠ざけるべきか、悩んでいますね。……親子の名乗りが出来たのだから、玄武と共に私を朱雀の役割から解放すべきじゃないか、と」
私の言葉に藍清は、目を見開いた。
「何故……それを」
「分かりますよ。貴方の考えそうなことくらい、分かります」
「捨て石」になるかもしれない運命を、予見していた人だ。ーーこうなったからには、もう二度と私に被害が及ばないように、私を遠ざける道を考えることなんて簡単に想像ができた。
「やめてくださいね。……玄武と二人で放り出されたりなんかしたら、お互い気を遣い過ぎて変になります。それに……白虎ばかり、ずるいですよ。一人だけ最期まで、貴方の傍にいられるなんて」
「朱雀……そなたは」
「だから……どうか翠玉と、呼んで下さい」
戸惑いを隠せないでいる藍清に、微笑みかける。
もちろん、作り笑いなんかじゃない。ーー心からの、笑みだ。
「私はーーいつか滅びる時が来るなら、貴方の傍がいい。だから私をこれからも『朱雀』でいさせて下さい。……もう二度と、今回のように、愚かな暴走で命を削ることは、しないと誓いますから」
この人の為なら、命を捧げても構わないと思った。
私がいない世界で、この人が幸せになれるなら、私のことを忘れても構わないと、そう。
その気持ちに嘘はない。
ーーだけど、叶うことなら、生きて私自身の力でこの人を幸せにしたいと思う。
この人の傍にいたい。
この優しい人が、できる限り苦しまないよう、ずっとその心に寄り添っていたい。
……人は、いつか死ぬ。
だからこそ、滅びる時は共に、滅びたい。
死の間際に幻の中で父を見た母は、不幸でなかったかもしれないが……私は、嫌だ。
私が最期に見る景色は、この人がいい。
ーー昨日の、あの夜、「王の為に死んでいられれば」等と、けして後悔しないように。
「すざ……翠玉」
「……はい」
「私は……初代朱雀と、同じ死生観を持っている」
ぽつりと告げられた藍清の言葉は、予想外のものだった。
「死はーー個の終わり。死した魂は分散し、様々な物と繋がり、別の魂として、生まれ変わる。だからこそ……死すれば、もう二度と、私は私に戻ることはない。そなたも、そなたになることはない。……どれ程初代の欠片を所有していようが、私が初代青龍王とは異なる『個』であるように、私達の死後もけして同じ『個』には戻れない。未来永劫、けして」
「……はい」
私は、死については正直よくわからない。
藍清や、初代朱雀の考えが正しいとも思う一方で、間違っているとも思う。
私は、自分が生まれる前の記憶はない。
だから、その死生観を否定する材料はない。
けれど……藍清や初代朱雀の死生観が正しいなら、さみしいと思う。
死ねば……もう二度と、愛する人に会えないという考え方は、あまりにさみしい。




