青龍王と蒼燕
砕けた碧甲石の欠片が入った袋を抱き締める。
私と同じ別名を持つ石。
これは、確かに母様の愛情の証だった。
……そして同時に、父様の愛情の証でもあった。
両親の愛情が、私を救った。その事実に自然と涙がこぼれ落ちた。
私は、愛されていた。
確かに二人に、愛されていたのだ。
「……朱雀」
「青龍王……その後の話をお聞かせ下さい。皆はあの後、どうなったのですか」
涙を拭いながら、青龍王に向き合う。
両親の愛情に浸るより前に、今は確かめないといけないことがある。
『ーー……弟と、蒼燕をよろしくお願いします。貴女なら、きっと、どんな未来も乗り越えられるはずよ。……どうか、私のようにはならないで。朱雀』
ーー夢で藍華さんが言った、言葉の意味も。
「……そなたに傷を癒されたことで、戦意喪失した兵達は、あの後すぐに投降したよ。処遇は彼らの長であり、事件の被害者でもある白虎に任せることにした」
「……白虎の傷も、無事に治りましたか?」
「ああ。剣に貫かれた痕すら残っていない。……そなたの力が効き過ぎて、切った羽まで生えてきたことには、苦笑していたけどな」
そう言って、青龍王は小さく笑った。
「白虎から、伝言を預かっている。ーー『俺の尻拭いをさせて、すまない』『この借りは、必ず返す』、と」
白虎らしい言葉に、私の口からも自然と笑みが漏れた。
……自らの秘密を部下に知られ、裏切られた白虎は、これから一体どういう道を選ぶのだろう。
兵達が王に対して反逆を起こしたのだから、本来ならば死罪になってもおかしくない。
でも……綺麗事かもしれないが、できれば彼らを生かす道を選んで、秘密を共有した上で、新しい絆を築いて欲しいと思う。
初めて会った時の、白虎と黒生さんの様子が、脳裏に過ぎる。……あの時の彼らは、心から信頼しあっていた。
彼らがまた、あの時のように、戻ることはできないのだろうか。
「ーー全ては、白虎が決めることだ」
心を読んだかのような王の言葉に、どきりと心臓を跳ねる。
「私はこれを機に、羽の存在を部下達に公表すべきだとも思うが……全ては白虎の意思次第だ。部下を許すも許さないも、公表するもしないも、全て私は白虎に委ねた。お前が最善だと思う道を選べと。……その結果どうなろうと、私はもう口出しはしない。それは将軍として、白虎が自身で選択すべき未来だ」
「……そうですね」
白虎は、青龍王を心から慕っている。それは、自身の部下に対する情もある。
葛藤は大きいだろうが……それでもこれは、将軍である白虎が決めるべきことだ。
国にとって最善の道を、彼ならきっと選び出してくれるだろう。
「玄武は……」
「そなたのブレスレットに施した呪いの穴をひどく悔いて、改良すべくあの日から自室に篭もっている。……宰相の仕事もせず、一歩も部屋を出てこないから心配していたが、そなたが目を覚ましたことを聞いたらいい加減出てくるだろう」
……何をしているんだ、あの人は。
思わず苦笑いが漏れる。
「……ちゃんと仕事をするように、会ったら叱っておきます」
「そうしてくれると助かる。……玄武は、そなたの言葉しか聞かないからな」
喜んでいいのか、悪いのか。
複雑な気分に陥りながら、最も気になっていたことを尋ねた。
「……それで……藍華さんは、どうなりましたか」
私の問いかけに、青龍王は静かに笑った。
その、悲しみに満ちた笑みが、既に答えになっていた。
「あれから、すぐにーー自害、したよ。『全ての責は、私に』と、そう言い残して。今、葬儀の準備をしている」
「……っ」
「命を狙われた朱雀には申し訳ないが……事件は公表せずに、あくまで王族として国葬を行う予定だ。……どうしても、私は死した姉上を、罪人として扱うことはできなかった」
どうして……。
どうして、藍華さんが死を選ぶ必要があったのだろう。
確かに藍華さんは、事件を起こしたが、全ては未遂に終わった。
怪我人だって、もういない。
それなのに、どうして……!
「……蒼、燕は……蒼燕は、藍華さんの死を、知っているのですか」
「ああ。……私が報告した。でも蒼燕は既に、そのことを予期していたようだったよ」
『……かあさまのかおは、おだやかでしたか?』
藍華さんの死を伝えた青龍王に、蒼燕は取り乱すこともなく、静かにそう尋ねたという。
『ああ。……眠っているようだった。後で会いに行くといい』
『なら、よかったです。……かあさまは、ようやく、にくしみからかいほうされたのですね』
蒼燕はそう言って、悲しげに笑った。
『こうなることは、よそうしていました。……かあさまが、もういいかげん、げんかいでしたから。……ぼくの、さいしょの「喪失」は、きっとかあさまだと、おもってたんです』
『蒼燕……』
『それでも、ぼくは、このみらいを止めたかった。……朱雀にうそをついてでも……それが、朱雀をきけんにさらすかもしれないと、わかってましたが……どうしても、止めたかったんです。うしないたくなかったんです』
蒼燕はその青い瞳いっぱいに涙をためながら、青龍王を見上げた。
『おじ上。朱雀のいのちをねらったかあさまは、王に反ぎゃくした大罪人です。じき王であるぼくは、ほんとうなら、その「喪失」をかなしんではいけないのでしょう」
『…………』
『だけど今は……じき王ではなく、ただのむすことして、かあさまのしをなげくことを、ゆるしてくれますか。かあさまのために、なみだをながすことを、ゆるしてくれますか』
『……当たり前だ』
青龍王は、蒼燕の小さな体を抱き締めながら、自身も涙を流した。
『私も今は……王としてではなく、弟として、姉上の為に泣こう。愛する家族を失ったことを、ただ嘆こう。……きっとそれは、私が王として再び立つ為に……そして、蒼燕。お前が次期王という立場を再び受け入れる為に、必要なことだから』




