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羽無し朱雀は青龍王に愛される  作者: 空飛ぶひよこ


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【羽無し】の覚悟

 藍華さんの意図に気がついた青龍王は、すぐに自分も飛び上がり、その凶行を止めようとした。

 しかし、地に倒れ伏していたはずの黒生さんが、いつの間にか剣を抜いて、青龍王の後ろに立っていた。


「ーー行かせ、ません」


「っ」


「青龍王!」


 次の瞬間、黒生さんの剣が青龍王の羽を切り裂き、青龍王の背中から真っ赤な血飛沫が上がった。


「………敬愛していた将軍と、主として仰いだ王を裏切った逆臣の名を、私は甘んじて受け入れましょう」


 自嘲の笑みを浮かべながら、黒生さんは再びその場に崩れ落ちる。


「例えこの行為が、どれほど罪深いものだとしても……私は認めるわけにはいかないのです。瑕疵のある四神を二人も選び、それを是とした貴方を、私は認めるわけにはいかない。ーーこの国の未来の為に……っ!」


「……っ………」


 青龍王は痛みに呻きながらも、それでもなお切り裂かれた羽で飛び上がろうとしていたが、体がふらつくばかりで飛ぶことができないでいるようだった。


「いい仕事をしたわね。黒生。ーー貴方の理想が正しいかは分からないけど、それでも、真っ直ぐに国の為を想う貴方の姿は美しいわ」


 私を片手に掴んだまま、上へ上へと舞い上がりながら、藍華さんは呟く。


「さあ、朱雀。賭けをしましょう。……貴女にとっては、そう分が悪い賭けではないと思うわ」


「……………」


「玄武のブレスレットが、貴女を守ってくれれば、貴女の勝ちよ。……まあ、これは蒼白になっている下の玄武の様子からして、無理でしょうけど。玄武や、弟が下から受け止めるか何かして、生き延びることができても、貴女の勝ちだわ。自分の運命を他者に任せるつもりなら、この道を選びなさい。ーーだけど、貴女がなお、自分の運命を自分で切り拓きたいと思うなら」


「……思う、なら?」


 藍華さんは手の先でぶら下がる私を、凪いだ瞳で見下ろした。

 夜明け前の海のような、穏やかな青だった。


「歌い、なさい。……致命的なまでには、力が枯渇しないことを、祈りながら。ーー上手く行けば、弟の羽の傷も癒やせるわ」


「……藍華、さん」


「さようなら。朱雀。……私、貴女のこと、本当に嫌いじゃなかったのよ。だから……運命が貴女に微笑むことを、本当は祈っているかもしれない」


 穏やかに微笑みながら、藍華さんは私から、手を離した。




「ーー【翠玉すいぎょく】!」


 眼下で、玄武が叫ぶ声が聞こえた。


 ……ああ、懐かしい、名前だ。


 捨てたはずの名前。ーー母さんが私に遺してくれた、碧甲石の、もう一つの名。


 父様。貴方は……自分の色を、娘である私の名前にしたのですね。母様の名の一部と共に。


 何とかして落下する私を受け止めようと、必死に駆ける父様の姿を見ていたら、胸の中に残っていた憎しみの欠片が、全て溶けていくのが分かった。


 父様。もう、貴方を憎いとは思いません。ーーだって、母様の人生は、きっと幸せだったから。

 父様に心から愛され、死の瞬間まで父様を愛し続けたのだ。……母様が幸せじゃないはずがない。

 最期に出会ったのは、熱が見せた幻想だったが……それでも、互いの愛情は本物だったと、今の私なら信じられた。


 そして、父様の憎しみが溶けた今、胸の奥に湧き上がるのはーー青龍王に対する、どうしようもない程の愛おしさだった。


 視線を動かすと、傷ついた羽を必死に動かそうとしながら、悲痛な表情で私を見上げる、王の姿が見えた。

 叫ぶこともできずに、ただ暗い絶望を顔に貼り付けた、王の姿に胸が締め付けられた。


 ーー藍清。

 藍華さんは、王のことを、そう呼んでいた。

 それが、【青龍】の名を冠す前の、彼の名前なのだろう。


 ……何で、もっと早く、その名を尋ねてみなかったのだろうかと、悔いる。

 その名で彼のことを、呼んでみたかった。

 王にも私を、【朱雀】ではなく、【翠玉】と呼んで欲しかった。


 青龍王。

 私の唯一。

 運命によって定められた、私の番。


 朱雀である私の喪失は、不幸な貴方を、さらに一層苦しめるだろう。

 否、私だけじゃない。……もしかしたら、腹心である白虎ですら、この人は失うかもしれないのだ。

 羽を切られた今となっては、もう二度と空を飛ぶことも叶わないかもしれない。……空を翔れない辛さは、誰より私が知っている。


 ああ……ただ、ひたすらに思う。

 ただただ、貴方が悲しい。

 何故、貴方ばかり、それ程苦しい目に遭わないといけないのだろうか。

 王として生まれた、ただそれだけの理由で。


 初代朱雀は、自身の喪失が、初代青龍王にとって消えない傷になることを祈っていた。ーーだけど、私はそんなことは、とても思えない。


 例え私がいなくてもーー青龍王には、幸せになって欲しいと思う。これまでの不幸の分、誰よりも幸せになって欲しいと思う。


 その為なら……私は彼の記憶から、消えても構わない。


 王の幸せの為に、私は何ができるだろう? ーー私ができることなら、なんだってしてあげたい。


「……藍、清」


 最後になるかもしれないその名を、小さく呼ぶ。

 泣きたいくらい、愛おしい響きだと思った。


 

 ーー彼を傷つけるこの理不尽な世界を、王に反旗を翻した兵を、憎いと思わないと言えば、嘘になる。


 私一人ならば、滅びることすら、望んでいたのかもしれない。


 だけど、初めて会った時に、貴方は言った。


『貴方は……可能性の中の全ての人々を、救うおつもりですか』


『救いたいと、思っている。……少なくとも、この国の人々だけは』

 

 可能性の中の全ての国民を救いたいと、貴方が、言ったから。


「なら……私も、目の前の全てを愛しましょう」


 自分に襲いかかった兵にすら、致命傷を与えられない貴方は、きっとそれを望んでいるはずだから。



 地面に叩きつけられるまで、もう時間はない。

 覚悟は決まった。


 私は目を瞑ると、大きく息を吸い込み、胸の奥から湧き上がるままに歌を歌った。





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