藍華さんの賭け
離反した兵達を物ともせず、倒れ伏す白虎の傍らに舞い降りた青龍王の姿は私が初めて見るものだった。
背中には蝙蝠のような大きな羽が生え、青い鱗で覆われた長い尻尾が見える。
顔の端に僅かに見えるだけだった鱗はその面積を増し、開いた口からは鋭利な牙が見え隠れしている。
ーーこれが、龍化。
白虎のように、完全に別の個体と化しているわけではないので、確かにそこにいるのは、私の知る青龍王その人だということは分かる。
だけど今の王が纏う威圧感は、普段の比ではなかったんだ。
「……相変わらず、身内に甘い男だな、白虎。自らの秘密を打ち明けられずにいながらも、無意識に背中を預けてしまうくらい信頼してしまうのなら、最初から全てを打ち明けて裏切られる方が、よほど心残りは無いだろうに」
「……面目……ねぇ……我が王」
「いい。そなたがそういう男だと分かっていながら、全てを打ち明けるように命じなかった私が悪かった。責任は取ろう。ーーそなたは暫く、そこで寝てるといい」
苦しそうに顔を歪める白虎に小さく笑いかけると、王は自分を囲んでいる兵を睨んだ。
「ーー王。私は」
「何も言うな。黒生」
何かを言い募ろうとした黒生さんの言葉を、王が剣先を向けて制した。
「言い訳も、弾劾の言葉も不要だ。姉上の言葉を聞いて、そなた達がこうあるべきだと判断したのだろう? 現王である私を廃した方が、国に有益だと。……未来は不確定で、今の段階ではその行動が、正しいとも間違っているとも言えまい。蒼燕が王になることは運命づけられていても、その時期までは私にも分からぬ。故に、そなた達の考えは否定はしない」
「……青龍王……」
「さあ、剣を取るといい。その先に待ち受けている運命こそが、正しい道だ。私がもう暫く王であり続けるべきならばーー運命が、私を生かすだろう。それが答えだ」
一瞬の沈黙の後、黒生さんが咆哮をあげた。
その咆哮を合図にしたかのように、藍華さんを護衛する一部の私兵を除いた全ての兵が、各々王に襲い掛かる。
「青龍王っ!」
「……心配いりませんよ。朱雀」
役に立たないと分かっていながらも、王のもとへ駆け寄ろうとした私を、玄武が手で制した。
「初代青龍王は、千の人間の兵を、たった一人で殺し尽くしたと言います。いくら白虎によって鍛えられた精鋭達も混ざっているとは言え……これくらいの人数、ものの数ではありません」
勝負は、すぐに着いた。
青龍王は背中の羽で空に舞い上がりながら、襲いかかる兵を一人一人、確実に切り捨て行った。
「……っ」
二十人近くいた兵士は、瞬く間に地に臥し、最後の一人となった黒生さんも、王に肩から腹にかけて切りつけられ、その場に倒れ込んだ。
「……安心しろ。致命傷は与えていない。一刻の内に医師に診せれば、多少の後遺症は残るかもしれないが、命に支障はないはずだ」
剣を血ぶりして、鞘に収めながら、淡々と王は告げる。
ーーこの人数を切り捨ててなお、加減できる程の余裕があるなんて。
初めて目の当たりにした王の強さに、口に湧いたつばを飲み込んだ。
「それじゃあ、姉上。ーーおおよそ邪魔ものがいなくなったところで、ゆっくり話をしよう」
怒りとやるせなさに満ちた目で、青龍王は少し離れた所にいる藍華さんを見据えた。
「……私は、何度も言ったはずだ。次期王は、蒼燕だと。それは運命に定められたこと故に、私が蒼燕を押しのけて、自分の子を王にしようと思うことなんて、あり得ないと。……何故、それを理解してくれないっ」
「……王にしか分からない運命なんて、私には信じられないわ」
「姉上!」
「それに……蒼燕が次期王の座を無事得たとしても、その在位がどれだけ続くかは分からないわ。……貴方の子が、その次の王に選ばれて、蒼燕の王位を奪おうとするかもしれないじゃない」
「そんなことは、私がさせない。私は……私は、蒼燕のことも、姉上のことも……かけがえのない家族だと思っているんだ……!」
「ーーそんなこと、知っているわ!」
藍華さんは青い双眸から次々に涙を溢れさせながら、叫んだ。
「【藍清】……私の、たった一人の、可愛い弟。どれほど憎んでも、憎みきれないくらい、私は姉としてお前を愛していたわ。……愛して、いるわ。望まぬまま、王の地位を与えられ、一族の死の責任を全て負わされるお前が、可哀想で可哀想で、仕方なかった。お前が私や蒼燕に向ける、家族としての愛情が本物かどうかなんて、疑ったこともない」
「っそれじゃあ、どうして……」
「それでも……どうしようもないのよ。藍清。もう、私は限界なの。人を疑い、憎むのも、いい加減疲れたわ。……お前の言葉をなぞるならーーこれは全て『運命』というのでしょうね」
次の瞬間、藍華さんは背中の青い翼を広げ、舞い上がった。
「姉上、何を……っ朱雀っ!」
「っ」
「さあ、藍清。運命と、賭けをしましょう」
真っ直ぐに王のもとへ向かうとばかり思っていた藍華さんは、途中にいた私の腕を掴んで、そのまま上に高く高く舞い上がった。
「玄武のブレスレットは、攻撃は防いでくれるようだけど……『私が手を離した結果』『朱雀が自分で』落下した場合の衝撃は、果たして防いでくれるのかしら? 果たして、運命は朱雀を生かすのか。ーー賭けを、しましょう。藍清」




