【羽無し】の危機
玄武の指摘に、藍華さんは唇を噛んだ。
「……そうよ。私はあの子を……たった一人の弟を、殺したくはないの。だから、代わりに朱雀を殺すの。朱雀を亡くした王は、一年の間に次代に王位を譲るのが、慣例になっているもの」
「……藍華さん……」
「あの子だって……なりたくて王になったわけじゃない。ならざるを得なかっただけ。早々に蒼燕に玉座を譲った方が、きっと幸せだわ。定められた唯一の番を、亡くすのは辛いでしょうけど……幸い弟と朱雀は、まだ、出会ってから時間が経ってない。きっとまだ、大丈夫。まだ、乗り越えられる程度の痛みのはずよ。あの子は既に、たくさんの愛した存在を亡くしているのだもの……一人増えても、今更だわ」
まるで自分自身に言い聞かせるように語る藍華さんに、玄武は顔を歪めた。
「その為に、罪の無い朱雀に犠牲になれと? ーーなんて、身勝手なっ!」
「あら……貴方だって同じでしょう?」
藍華さんはくつくつと喉を鳴らして笑いながら、玄武を睨めつける。
「貴方の人間性は、よく知っているわ。ちっとも望んではいなかったけど、もう十年も近くにいるのだもの。貴方は、愛する朱雀の為ならば、罪の無い人間をどれ程殺しても胸が傷まない男でしょう? 自分のことを棚に上げて、私を責めないで頂戴」
「……否定はできませんが、少なくとも今の状況では正しいのは私の方です。故に、貴女のその考えは正されなければなりません」
「正すって、どうやって?」
「貴女が私兵を頼みに、朱雀を亡き者にしようとするなら、私も同数の兵をぶつけるまでです。ーー白虎」
「……おうよ。ようやく俺達の出番か?」
物陰から現れたのは、将軍である白虎率いる王の兵達。
いつの間に、こんなに兵を配置していたのだろうか。全く気配に気づかなかった。
「残念だよ。……藍華様。貴女が玄武の登場で諦めてくれれば、俺達は何も知らなかったふりをして、撤退したのに」
「…………」
「こうなったからには、青龍王第一の配下の名の元に、貴女を捕縛するしかねぇ。できれば血は流したくない。大人しく投降してくれやしねぇだろうか」
「…………ふっ」
剣を向ける白虎に、藍華さんは声をあげて笑い出した。
「やけに玄武が自信満々にしているものだから、どれだけ綿密な準備をしているのかと思ったら……その程度なの? てっきり気づかれているものだとばかり思っていたけど、その金色の目は存外節穴なのね……!」
「藍華様? 何を………っ!」
「ーー白虎!!!」
次の瞬間……白虎の腹から、血に濡れた剣が生えていた。
ぐらりと傾き、どうと倒れこんだ、白虎の後ろに立っていたのは。
「……ク……ロッ………てめえ………」
「将軍………貴方のことを、ずっと尊敬していました」
血塗れの剣を引き抜きながら、黒生さんは険しい顔で、白虎を見下ろす。
「それでも……貴方がこのまま将軍で居続けることを、許すわけにはいかないのです。許しては、いけないのです。ーー【窮奇の化身】が、将軍で居続けることなんて!」
……ああ、そんな。
そんなことって。
「……なる程。王直属の兵も、白虎の秘密を話して買収済みというわけですか。なかなか悪辣な手を使いますね。藍華様」
白虎が瀕死の状況で倒れ伏しているにも関わらず、玄武は動揺一つ見せずに、呆れたように溜息を吐いた。
「悪辣? 私は正しいことをしたまでよ。本当のことを教えた上で、『そんな瑕疵がある相手を白虎に選んだ現王と、蒼燕……どちらが仕えるに値すると思う?』と問うただけ。後は、兵達が自分で判断した結果よ」
「それが悪辣だと言っているんです。真実を知られて、周りが離れていくことを恐れていた白虎には、あまりに残酷な仕打ちだ。……まあ、それくらいで崩れるような信頼関係しか築けてない、白虎が悪いのですが」
「げ、玄武! どうしよう、白虎が……白虎が死んじゃう……!」
「落ち着いてください。朱雀。鍛えている虎人は、これくらいの傷じゃ死にません。まあ、暫くは動けないでしょうが」
「その『暫く』があれば、貴方達全員を捕縛するには十分でしょう?」
勝ち誇ったように、藍華さんは笑う。
「捕縛してしまえば、後は何とでもなるわ。そのブレスレットが、他者からの攻撃を阻害するなら、その抜け穴を探せばいいだけ。……あまりやりたくはないけど、閉じこめて餓死させれば、攻撃の範囲には入らないでしょう?」
「…………」
「さあ、形勢逆転よ。玄武。倒れている白虎を除けば、ここにお前達の味方はいない。朱雀はともかく……玄武。お前を捕らえて、傷つけることができることは嬉しいわ。お願いだから、あの人と同じくらい惨めに死んで頂戴」
「………それは、お断りします」
「お前に、拒否権なんかないわ……!」
絶体絶命の状況。
それにも関わらず、玄武は焦る素振りすら見せなかった。
「ねぇ、朱雀。ーー貴女は、初代の時代に、最も高い戦闘能力を持っていたのは誰か、知っていますか?」
「え……」
「亜人の中で、最も戦闘に特化した体を持つ最強の種族は、虎人と言われてますが……比較するのもおこがましいから、あまり知られていないだけで、真に最強の種族は別にいるんですよ」
それは……もしかして。
玄武は笑う。どこまでも不敵に。
「私は優しくないし、彼が大嫌いなもので。……当然ながら、事前に全て報告して置きましたよ。跳躍機に関しては、恐らく本人も察していると思っていたから、敢えてあのような言い訳を手配してさしあげましたが」
「……まさか」
「ここでの状況も伝わるようにしてますから、もう間もなく現れるでしょう。……ああ、ほら来た来た」
空から、大きな羽が生えた何かが降って来た。
いや、何かじゃない……あれは。
「よく見ておきなさい。朱雀。……あれが、最強の種『竜人族』の真の姿です」




