【羽無し】と混血
「………………」
「……剣士様?」
やはり、気に入らなかっただろうか。
黙りこくったままの彼の反応に、些か不安になりながら顔を上げて、目を見開く。
「……すまない……胸が、いっぱいで……この気持ちを何と称すれば良いのか、分からない」
彼は、泣いていた。
その美しい蒼の双眸を滲ませ、頬に幾筋もの涙を滴らせるその姿に、狼狽する。
「……こんなに、美しい歌と舞は、初めてだ」
心からであろう感嘆の声が、理解できない。
まさか、私程度の歌と舞で、こんな風に感動してもらえるなんて、想像もしていなかった。
「……鳥人の舞を見たのは、初めてですか? 私程度の拙い芸を褒めて頂いて恐縮ですが、他の方々の舞は私なんかより、ずっとずっと美しいですよ」
羽の有無は勿論だが、根本的に練習量からして違うのだ。
年若い鳥人女性の最大の責務は、王の妻として隣に並び立つに足る教養と、朱雀に相応しいだけの芸の能力を身につけること。
いつか、王の花嫁に選ばれる為、彼女達は日々練習に励んでいる。
私のように、森の中以外では満足に歌うことも許されない、ただ使用人とは違うのだ。
「いや……何度もあるが……」
そこで未だ剣を向けたままであることに気がついたらしい剣士は、慌てて帯剣し片膝をついた。
「……無礼な疑惑を掛けたことを、謝罪させて欲しい。私の未熟さ故に、そなたを傷つけた。そなたは確かに鳥人であったのに」
深々と頭を下げる彼の姿に、内心慌てた。
「剣士様、頭を上げて、立ち上がって下さい。貴方が謝ることはありません。全ては、鳥人らしからぬ見た目の私が悪いのです」
「……っそなたが悪い道理なぞ、あるか!」
即座に否定されて、戸惑う。
彼は、鳥人の社会において私がどのような存在なのか、知らないのだろうか。
「私は、鳥人の誇りたる羽が無いまま生まれました。外見だけでは、かつて私達亜人を虐げた人族と変わりがありません。その理由も、私の父が鳥人以外の種族だからです。同種同士での純血を重んじる三神の一族にとっては、私は恥であり、過ちの証。貴方が、そのように頭を下げる価値はありません」
初代の時代から、長い年月が経ってなお、亜人と人族との確執は収まっていない。それ故に、人族と変わらない外見の私は、それだけで時に、憎悪の対象にもなる。他種族の女中達が私に辛くあたる理由の一つとして、恐らくこれも関係しているだろう。
そして、王族である龍人以外の三神は、他種族よりも一層、同種族間での婚姻を重んじる。「朱雀」「白虎」「玄武」は、一族の中でより純粋な血を継ぐものが選ばれるべきだと考えるからだ。
私の母は、鳥人の中でも特別由緒ある血統の生まれだった。初代朱雀と同じ赤い髪を持っていることもあり、前代の王の生まれがもっと遅ければ、朱雀の最有力候補だったと噂される人だった。
叔母のように由緒正しい血統の鳥人の男性と結婚し、より純血な次代の朱雀候補を産むことが求められていたのに、母は他種族の父を選び駆け落ちをした。そして生まれたのが、種族間の身体的特質が相殺された、羽の無い私だ。
「羽無し」「人族のような見た目」「混血」
どれを取ったとしても、虐げられるには十二分な理由だ。
それなのに、渾沌の変化と勘違いされたくらいでこんなに謝罪されては、何だか申し訳ない気分になる。
「ーー混血の、何が悪い」
鋭い双眸で見上げられながら告げられた言葉に、心臓が跳ねた。
「同種間のみで婚姻を繰り返せば、個体は弱体化する。事実、純血に拘る三神の種族では、子どもが生まれにくくなっているという話も聞く。国の繁栄の為には、そなたのような混血の亜人こそが求められるべきだ。そもそも一部の種族のみが、特権的立場を欲しいままにしている現状が、歪なのだ。特権さえなければ、種族に拘る理由も無くなるというのに」
「……………」
「だいたい、王家である龍人こそ、混血の最たる象徴ではないか! 直系においては鳥人との婚姻のみで、発展して来た系譜だぞ。龍人の性質が遺伝的に優勢な為分かりづらいが、王家に属するものは皆、少なからず鳥人の血を引いた混血だ。それなのに、何故王家を批難せず、他種族の混血を批難するのか、理解に苦しむな」
「その発言は……王家に対する不敬になりますよ」
「不敬なぞであるか。事実だ」
不思議な人だ。
今まで、混血について、こんな風に語る人を見たことはない。
この村に来る以前、母と二人で旅をしていた時も、好奇と侮蔑の視線はいつだってつきまとっていたのに。
「……それより、剣士様。渾沌は、もう追わなくてもよろしいのですか。あちらの方に走り去って行きましたが」
これ以上この人といると、私が今まで培ってきた価値観が崩壊しそうだ。……とうの昔に捨てたはずの希望を、抱いてしまいそうになる。
早く立ち去ってもらう為、話を渾沌に戻すと、剣士は苦々しげに顔を歪めた。
「……追いかけたところで、もうあやつはこの森の中にはいまい。
四凶のうち「窮奇」(きゅうき)と「檮杌」(とうこつ)は戦いを好むが、「饕餮」(とうてつ)「渾沌」(こんとん)は弱者のみを襲い、強者を厭う。……逃げ足だけは速い故、これだけの時間があれば、とっくに別の地へと移動しているはずだ」
そう言って、彼は大きくため息を吐いて立ち上がった。
「やはり、私は未熟だ。……霊核を傷つけるのが精一杯だった。暫くは私を警戒し、完全に傷が癒えるまで亜人を襲うことは無いだろうが、三月もすれば、あやつはまた別の森で弱き者を襲い出すだろう」




