【羽無し】と真実
……ああ、そうか。これで、よかったのか。
理解に難しい初代朱雀の感情を、私は安堵と共に受け止めた。
こんな風に愛することもまた、一つの愛し方ならば。
きっと……私も、王を、守護の力で守れるだろうと、心から思えた。
私は、初代朱雀のように、青龍王は愛すことはないだろう。
彼女のような狂気じみた激しさは、私にはない。
だけど、もう、初代朱雀の愛し方が全てだとは思わない。
自分自身を、初代朱雀と、同一視もしない。
彼女は彼女なりの愛し方で、初代青龍王を愛し抜いた。
ならば、私は私なりの愛し方で、当代の青龍王を愛し抜くだけだ。
ーー貴方を、愛そう。
胸に抱く理不尽な憎しみごと、全部包み込んで。
否、貴方だけじゃない。
貴方がそう望むのなら、私は貴方が望む全てを……。
「……朱雀。朱雀。ごめんなさい。起きてちょうだい」
体を揺らす振動で、目を覚ました。
「………藍、華さん………?」
「起こしてごめんなさい……。どうしても、今すぐに貴女と話さないといけないことがあるの」
枕元から覗き込むのは、見慣れた優しく美しい人。
上体を起こし、失礼がないように乱れた髪を簡単に整える。
「大丈夫ですよ。……どうか、なさいました?」
「それが……」
藍華さんは何かを言いかけて、視線をあちこちに彷徨わせた。
「………ここは、玄武の結界がかかっているわよね」
「はい。そう、聞いています」
「なら……あの狡猾な男のことだから、結界を通してここでの会話も聞いているはず……」
藍華さんは、唇を噛み締めて逡巡した後、縋るように私を見た。
「……朱雀。お願い。少しだけで良いわ。少しだけ、中庭に出て来られない……?」
「え………」
「これから話すことを……私は、あの男に聞かれるわけにはいかないの。だってあの男は……きっとまた、良からぬことを企んでいるわ。6年前と同じように。その前に貴女を、玄武から離さないと」
……6年前と、同じ?
困惑する私の瞳をまっすぐに見据えながら、藍華さんはゆっくり首を横に振った。
「朱雀……玄武を信じては駄目よ。あの男は、自分の目的の為なら平気で人を傷つけられる男なの。あのにやけ顔のまま、人を殺せる男なのよ」
「……玄武、が……?」
「そうよ。だってあの男は……そうやって笑いながら、私の夫を殺したのだもの」
冷たい瞳で言い放たれた藍華さんの言葉に、どくん、と心臓が跳ねた。
「玄武が……藍華さんの、夫……蒼燕の、お父さんを……?」
「そうよ。自分が宰相として実権を握る為に、邪魔な王族を消したのは、あの男。6年前の悲劇は、全てはあの男のせいなのよっ……!」
嘘だと、思いたかった。
玄武が、そんなことをするはずがないと。
だけど、吐き捨てる藍華さんの姿には、嘘は見れなくて。
口の中が、どうしようもない程に乾いた。
「……真実を知りたいなら、私に着いておいでなさい。朱雀。あの男は、貴女にだけは真実を知られたくないはずだから、もう間もなくここにやって来るわ。もう、時間はないのよ。だから、早く、早く私に着いて来て」
突然突きつけられた真実に、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
青龍王は、何があっても、ここを出るなと言っていた。
跳躍機を壊した犯人が、何かを仕掛けるかもしれないからと。
でも蒼燕は、自分が犯人だと言っていた。
蒼燕が犯人ならば、私が結界の外に出ることは何も問題はない。
玄武は犯人を庇って、叔母の羽を現場に置いていて。
藍華さんは、その玄武が信用できないと言う。
一体誰を信じて、何を信じれば良いのか分からない。
「安心して……中庭には、王族の為の私兵を手配してあるわ。結界から出ても、賊の襲撃を心配する必要はないの。……だから、朱雀」
腕につけたままの、ブレスレットを見る。
そして、あの時玄武から言われた言葉を、思い出す。
『それは………お守りの、ようなものです。守護の力がある貴女には不要かとも思いましたが、外敵の攻撃から身を守る呪をかけてあります。ただの自己満足だとは分かっていますが………できれば、常に身につけていて欲しい』
「………分かり、ました」
ブレスレットを、反対の手で強く握りしめながら、私は頷いた。
「藍華さんと、共に行きます」
誰を信じれば良いのか、何を信じて良いのか、私には分からない。
ーーだからこそ、真実を知りたい。
このブレスレットにこめられた、想いの意味も。
「よかった……。それじゃあ、急ぐわよ。着いて来て」
私は差し出された藍華さんの手を……とった。
月が、綺麗な夜だった。
中庭まで向かう間、私と藍華さんはただひたすら無言だった。
……通常なら、配置されているはずの兵士も見えないのは、藍華さんが王族権限で人払いをしたせいだろうか。
中庭には、藍華さんの言った通り、何人かの兵士が待ち構えていた。私兵と言うだけあって、見たことがない人達ばかりだった。
「……それで玄武の話だけど……」
「ーー今日、蒼燕が、私のもとに来ました」
藍華さんの話を、敢えて途中で割って入った。
「跳躍機を壊したのは自分だと……謝りに来たんです」
その言葉に、藍華さんの顔が固まった。
「………嘘、よ」
「私も………嘘だと、今、確信しました」
蒼燕は、ただ真犯人を庇っていただけだ。今なら、はっきりと分かる。
蒼燕が、私の味方ではないと言っていた意味も。
「跳躍機を壊したのは……貴女だったのですね。藍華さん」
全ては……愛する母親を、失いたくないが為に。




